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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
161/262

11-2

太陽が傾き始めた頃。

相変わらずの森の中の道を抜けた。


突然広がる視界。

左右に広がる背の低い茂み。踏み固められた道。

森の先だと聞いていた村はもう少しの筈だ。

目的地に近い事が分かり広がる安堵の雰囲気の中、更に辺りに気を配る。

見通しは良い。

仮に待ち伏せがいるのであれば相手はこちらに気付いているだろう。


そんな懸念を打ち砕くかのように。

暫くの道のりの先、数軒の家で構成された村が見えてきた。

煙突から上がる煙。

のどかな雰囲気。


しかし。

不釣り合いな武装した男4人が道端に立っている。

その異様な取り合わせに先頭の護衛の男が振り返った。

馬上の依頼主が苛立ったように声を上げる。


「あれが荷主だ。何か問題があるのか?」

「……。」

護衛はその突き放すような物言いに、諦めたように再び前を向く。

仮にその時点で立ち止まれば、彼は命を落とすことは無かったのだろうが。


武装した男たちとの距離が縮まる。

再び馬上の男が声を上げた。


「待たせたな。少し時間がかかった」

「いや、充分だろうよ」

そのやり取りに、護衛の男が再び振り返る。


「で。村で荷物降ろすのか?」

「いや。ここで大丈夫だ」

答えたのは馬上の依頼主ではなく、待っていた男のうち1人だった。

その答えついでに、腰から引き抜いた剣が護衛の胸を貫いていたが。


目を見開きながら巡らす視界の端で、馬車上の依頼主が放った短剣が弓使いの首元に突き刺さるのが見えた。

先頭の護衛の男が口から派手に血を吐くのを見ながら舌打ちする。




状況は絶望的だった。

相手は4人。依頼主を入れれば5人。

こちらは2人減って3人。

うち一人はミデルだ。


口封じにしても、もう少し脈絡くらいがあっても良さそうなものだが。

馬車の反対側に居る両手剣使いは逃げ出すだろうか。

そうならない事を祈りながら、彼女は叫んだ。


「ミデル、踏ん張れ!」

「えっ?」

締まらない声を、出すか出さないかの彼の腰あたりに1歩目、そして肩口に2歩目を継ぐ。

そして跳躍する彼女は、馬車の上へと舞っていた。


空中で引き抜く腰の後ろの長小物。

馬上の驚愕の表情にそれを叩きこむ。

派手に返り血を撒き散らす先程まで依頼主だった男。


そして再び巡らす視界。



両手剣の使い手がこちらを一瞥して走り出す後ろ姿。

やむを得ないだろう。

自分たちが逃げれば、残った彼は1人で4人を相手にする事になってしまう。

逆に残ってしまった自分たちは堪らないが。


元居た位置でこちらを見上げるミデル。

早く逃げろと言った筈だったが。


そしてこちらを見上げる男4人。



何れにせよ。

「ミデル!早く!」

先日と同じ言葉を吐き出し、男たちの前に立ち塞がるよう馬車から飛び降りた。

残念ながら。

その先日の様に命拾いする事は無いだろうが。


恐らくは予想外だったのであろう動きに、獲物を構えなおし距離を詰める男たち。

右端の男が両手剣の男を追うように駆けだした。

止める必要も、その術もないだろう。

しかし相当に実践慣れしている雰囲気の3人に気圧されるよう、じりじりと後退していた。


背後でミデルの掛け出す音は聞こえない。

……何をしている。

心の中で悪態をついていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


悪態をつかれているミデル。

その当人は当人なりに焦っていた。


戦いになるかもしれないという覚悟はあった。

その場合、命を落とすかもしれない事も勿論覚悟の上だった。

しかし、逃げ切って欲しい幼馴染は目の前で明らかに分が悪い戦いに挑もうとしている。

彼女はさっさと逃げろなどと言ってはいたが、残念ながらそんな事は出来ようも無かった。


彼はその幼馴染の言葉を打ち消すよう大きく息を吐き。

腰から歪な模様が刻まれた剣を引き抜くと、彼女の隣へと歩を進める。


後でしつこいくらいに文句を言われるだろう。

そういった折の彼女の顔を想像し、しかし今を切り抜けられなければそんな顔をされる事もできない事実。

握りなれたその剣を一度強く握りなおした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



何故か隣に立つミデル。

向かいに立つ殺気立った3人。


やり合えば、恐らく勝ち目はないだろう。

余程の幸運に恵まれなければ、自分1人が逃げ切るだけでも相当に難しい。

その上さっさと逃げて欲しい幼馴染は、何を勘違いしたのか自分の隣へと並んでいる。


仕方なく。

幼馴染への最後になるかもしれない言葉を紡ぐ。

「ミデル。逃げ切って。敵討ちとかそういうのは――」

「時間、稼げる?」

「……は?」

予想外の返答。

もっとごねるような言葉を予想していたが。


何れにせよ。

目の前の3人は、こちらがゆっくりと話している時間を待つ事などなかった。

今から逃がすのは難しいだろう。

距離を詰め始めた彼らを見て即座に駆け出したアルメは、いつもより派手に回転しつつ長小物を振り回す。


当てるつもりなどない。

当然、倒せるとも思っていない。

突飛な動きでその足を止めさせる程度のこけおどしでいいのだ。


とは言え、彼の言う時間を稼ぐのも数秒が限度だろう。

本来ならば、その数秒で逃げて欲しかったのだが。



回る視界の中に突き出される長剣。

左の小手がそれを受け流す。

しかし反撃など出来ようもない。

恐らくは来るであろう別の追撃をかわすため、右に跳躍した。

その先で上段から振り下ろされる剣を受け止めきれず、鈍い音を立て手を離れる長小物。

そして崩れる体制。

その場でただ倒れる訳にもいかず、地面を転がりながら受け身を取って立ち上がる。


先程こちらも距離を詰めたのが幸いし、一連の中で再びミデルの前へ戻ってこられた。

まあ。

次はないだろう。


すぐ後ろに立っているミデルを感じつつ悪態をつく。

「だから逃げろって言った――」

「足元に滑り込んで。行って!」


背中に囁かれた指示。

3人相手でその足元に滑り込め。

……正気の沙汰ではないが。

しかし普通に考えればこの場を切り抜ける方法などない。


アルメは考える事を放棄し、頷きもせず再び駆け出した。

無謀と思いながらもその数歩で姿勢を下げる。

気の触れたような突撃に集まる視線と、こちらを向く彼らの武器。

それを遮るよう、無意味だと思いつつも防御の姿勢を取る自身の両腕が視界を遮る。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ミデルは剣を腰高に構えた。

全ての精神力を剣に注ぎ込む感覚。

薄れ始める意識。

駆けだした彼女の背中。

その彼女に迫る獲物達。


刹那。

横薙ぎに払われる魔力の刀身。


その長さは彼の身長の何倍程だろうか。

所謂剣の長さの常識を全否定するような長さの赤い刀身が、目の前を半月様に一気に薙ぐ。


男たちの獲物が、その目の前に差し出されたアルメに振り下ろされる寸前。

彼らは3人纏めて、腹上辺りで上下に2分割された。


空を仰ぎひっくり返るように落ちる男たちの上半身。

倒れこんでくる残った下半身を、慌てて押し返すアルメの姿。

それを眺めつつ。


ミデルの意識は泥の中へと沈んでいった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




アルメは。

目の前で広がる光景に、流石に動揺していた。


指示通り、腰を下ろすように足から滑り込んでいた。

構えた両手の隙間からも感じる、明らかな死。

そしてそれを、一瞬の赤い輝きが遮った。



次に彼女の視界に入ったものは。

驚いたような表情を浮かべ、仰け反り、自身の上半身を落とす男たちだった。


落とすという表現が正しいかは兎も角。

流石に気分のいいものではない。

何しろ、目の前の男の下半身がこちらに倒れてくる。

噴き出す血で染まったそれを必死に押しのけながら立ち上がった。


「ミデル!ちょっとあんた!」

助かったという事実はあったが、そういう奥の手は事前に話しておくべきだろう。

しかし。

彼女の抗議の声に返答は帰らない。

振り向いた視線の先、彼は地面に突っ伏していた。


先程の怒りは置いておき、慌てて駆け寄る。

口の端に笑みを浮かべた彼は、ぐったりとはしていたが傷がある訳でもなく。

汗ばんだ額の汗を拭ってやり、一度辺りを伺った。




足手纏いと認識していた彼から扇型に広がる切断面。

男たちの左右の茂みまでもが綺麗に刈り取られていた。

昏倒している幼馴染に驚嘆しつつ。

しかしある程度の経験を積み重ねた彼女の思考は、その次を考える。



もし口封じの為に自分たちを襲ったのであれば。

空を仰いで驚いた顔を張り付けたままの上半身たちを一度眺める。

こいつらが戻らないとなれば、間違いなく追撃が来るだろう。


悪態をつきながら馬車の馬具を切り落とす。

まさか彼を背負って歩いて逃げる訳にもいかない。


「よっこらせ!」

緊張感のない声を上げながら、馬に跨った。


自分より頭一つ分大きい見慣れた足手纏い。

否。力不足な勇者を背負いつつ。

落としてしまわないか心配もしたが、案外うまく乗れた。

むしろ1,2度はわざと落としてやろうかとも思ったが、そんな風に遊んでいる暇がない事くらいは流石にわかる。


左の茂みの先から断末魔の声が聞こえた。

それを発したのは先程の両手剣使いの物か、それを追った者の物か、今はそれを確かめている場合ではない。


馬の手綱を引き、今来た道へと反転した。

最後に全体を軽く見渡し、馬の腹を蹴る。



恐らく。

護衛の生き残りが馬に乗って逃げたとわかるだろう。


流れる景色と、必死に回る思考。

こんな所にクラストに雇われたという渦中の傭兵達がいたとして、討伐隊や正規兵による捕縛が行われていないという状況。

これはもしかすると織り込み済みの事なのではないか、という懸念。

織り込み済みの話であれば、町に戻るのは危険かもしれない。

彼らが自分たちを消そうとしたのは、此処に居ることが公然となることを避ける為だったのだろうか。

もし何かしらの外力があるのであれば、行方不明の冒険者の探索など行われないだろう。


ロスマレンに居る彼の叔父を訪ねるべきだろうか。

それとも、もうこれは他国へ逃げるような事態なのだろうか。



先日彼女たちを開放する折、説教を垂れた男とその仲間達を思い出す。

気分は良くないが概ねの経緯を知っており、しかも殺して然るべき自分達をどうでもいいなどと言って解放して見せた者。

しかし、その人物がどこにいるかなどわかる訳もない。



馬上のアルメは大きく首を振る。

先も大事だが。

まず今、逃げ切らないとその先は不要になる。


彼女は一人悪態を突きながら、肩に掛かった幼馴染の力の抜けた腕を強く握りなおす。

そして視線を前に向け、再び急かすよう馬の腹を蹴った。







再び場面をリューン達の元へ戻す。

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