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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
160/262

11-1

リューン達が目的のエルフを探して森の中を彷徨っていた頃。



その西の国境を超えた先の森。

目の前を歩くミデルの背中を眺めるアルメは、静かに後悔していた。


すっかり見慣れてしまい気付かなかったが、それは随分と大きく広くなった。

昔から正義感に突き動かされやすいその背中。

冒険者などという生き方は、その調子では禄でもない事に足を突っ込むのが間違いない。

そしてその彼がそんな道を選ばなかった事に安心していたのだが。

先日の1件から、結局その道へと入り込んできてしまった。








山岳地帯で開放された2人。

ほぼ国境沿いを歩いてきたが、本来はこんな辺境の国境を散歩するあのような警備部隊などそうはいない。

なんとなく2人とも、先日の彼らがそういった物ではない事に気が付いていた。

ワイバーン云々などとも言っていたが、恐らくあれも嘘だろう。

だからと言って何ができるでもなく。

彼らはただ順調に、故郷の町へと戻る事となった。


そこでの報告で、別に出発した使者達は何れも何者かの襲撃を受け、1組は全滅、もう1組は1名が生き残り、森の際でそれを発見したエルフ達に渡すことにかろうじて成功していた旨を聞く。

依頼主も含め知る由もないが、彼らも他人の手を経由しつつその目的は果たしていたのだが。


当然報酬などなく。

むしろその文書をどこの誰ともわからない人物に奪われたなどという顛末に、さんざ文句を言われる始末だった。

しかし今回の件はギルドを経由しない、南部の都市ロスマレンの文官であるミデルの叔父から出た隠密めいた仕事だった。

生きて帰ったこと自体は喜ばれている事、もしこれが明らかになれば叔父当人も責を負う可能性がある事。

その2点により、文句以上の罰則はなかったが。

これがランクの制限などがついた通常の仕事であればとても払えないような違約金でも取られていただろう。




翌日、再び顔を合わせた2人。

「ミデル。約束通り昼ごはん奢ってよね」

「約束してないよね。そんな事よりさ、冒険者のギルドに行きたいんだけど」

「……何しに?」

「登録だよ。で、少し情報収集」

「あんたさ、本当に死にたいの?」

「そんな訳ないでしょ。でも気になるんだよ」


呆れ顔のアルメを引き連れたミデルは、ギルドで淡々と登録を済ませている。

その間、暇潰しに依頼の張られた掲示板を眺めるアルメ。

そこに見知った仲間の声がかかる。


「よう。調子どうだ?」

「最悪。失敗して帰ってきた所」

「あぁそうか。でも生きてただけ良かったじゃないか。また護衛だろ?」

「運が良くてね。危ない所だったけど」

そう、運が良かった。

彼らの気分次第ではあのまま殺されていたかもしれない。

その彼らが間に合わなければ、その前にトカゲに食い殺されていただろうが。


「命拾いした所か。そういうのって続くからな。暫く護衛の依頼、やめておいた方がいいんじゃないか?」

「何も食べずに生きられるならそうするけどさ」

軽口を叩きながら眺める一枚の紙。


南部の小さな村への荷物の輸送の護衛。

特に変哲もない、よくある依頼の内容。

訝しげな表情の男がそれを眺めながら再び口を開く。


「似たような南部の村への護衛、この間も見たような気がする」

「前線への補給?にしちゃ国境まで遠そうだけど」

「最近、エルフとやり合ってただろ? 一旦正規軍は引き上げてるけど、あいつらがあの辺りまで入り込んでいるって噂だ。相当苦戦したらしいぜ。絵本の中から出て来たような奴らの癖に、森の中で一方的に弓で――」

結局会う事のなかったその存在、そしてそれへのいい加減な噂話を聞き流しながらも。

なんとなく、これはまずいなどと思ったアルメが振り向いた先。

そこには。

軽く下唇を噛んだミデルが立っていた。




ランクの制限もないその依頼を受けるミデル。

仕方なく一緒に依頼を受けたアルメ。


「一緒に来てくれないかと思ったよ」

「行きたくないに決まってるでしょ。あんな所への輸送の護衛が何件も出るなんてそうそうない。絶対おかしいって」

「……ありがとう」

「戻ってきてから礼言ってよね。あと、絶対に私の指示に従うように。いい?」

「わかったよ、先輩」

「取り敢えず、昼。」

「あぁ、そうだね……」








アルメが眺める背中。

大きく感じるそれを眺めつつ、そんなやり取りをした事を思い出していた。


「ねぇミデルさぁ」

「なに?」

「家、大丈夫だったの?」

「あぁ……。ちょっと。いや、色々言われたけど」

ミデル・ディヘンは小さな農園の領主の家の4男だった。

領主と言っても、家族と働き手が食べるので精一杯な家なのは知っていたし、両親が彼を自立させようとしていたのも知っていた。

流石にそれが冒険者だとは思わなかっただろうが。


「大変だねぇ。うちはそういうの無かったから」

返す軽口。

アルメは貧しい農具店の娘だった。

近所のディヘン家は大切な客であり、命綱ともいえる存在である。

とは言え貴族然としているでもない貧乏領主の4男と、近所の農具店の娘。

そんな彼らが幼年期を共に遊び過ごすことに疑問は無いだろう。

彼らの場合には少しその距離感が近く、期間も長かったが。


何れにせよ。

彼女は小柄ながらも器用さと俊敏な体で自立できる道を選び、彼は未だその道を探していた。


「前にも言ったでしょ。僕が心配してるって」

「あんたのは何だか有難味がないんだよねぇ」

「そっか。残念」

「もしかして気にしてる?」

緊張感のないやり取りをしながらも、アルメの視線は鋭く辺りを眺めていた。

そもそも。

現れた護衛対象の中年の男からして胡散臭い。

荷物は幌の中で、何を運んでいるのかもわからない。

出発して暫くの折、食い物か何か?などとカマを掛けた所、明らかに不愉快そうな顔で無視された。




あの文書の内容を思い出す。


公然とはされていない、今回の戦争の発端。

エルフ達を襲撃したという傭兵達は最終的にどこにいるのか。


そして国境から本当に少し離れた村への物資の輸送。

正規兵への補給でないとすれば、これは誰の腹に入る物なのだろうか。


嫌すぎる程、幼馴染が求める何かに近いとしか思えなかった。


とは言え。

それが何か確定するような要素などない。


このまま予定の村で荷物を降ろし……余計な心配をしていた事を笑いつつ、皆に駆け出しのミデルでも紹介するような雰囲気であれば、などという希望を抱いていた。


出発して2日後。

その希望はあっさりと崩れ落ちるのだが。









鬱蒼とした森の中を歩いていた。


先頭を行く男はそれなりの使い手に見える。

腰の中型剣と左腕の小型盾。

器用に斬撃を受け流すのだろう。

盾に刻まれた傷跡は、それなりの数の死線を潜り抜けてきた事を物語っていた。


それと対比するように、斜め後ろを歩くミデルを振り返る。

彼は体力もあり技術力もそこそこだと思うが実戦の経験はほぼ、ない。

それを眺める彼女当人としては。

護衛の対象よりも彼を守る必要がある。

要するに、足手纏いと捉えていた。


役どころを確認した彼女は、胡散臭い依頼主に声を掛ける。


「ねぇ。まだ結構先?そろそろついてもいい頃だと思うんだけど」

「今日中には着く距離だ。黙って歩け」

その冷たい言葉に言い返す。


「今日中?だったらさ、そろそろ一回休憩入れようよ。私、腹減った」

その言葉に、最後尾を歩く弓使いが賛成の声を上げる。

やむなく面倒くさそうに休憩を告げる馬上の依頼主。


護衛4人と依頼主、そして幼馴染の足手纏いがその言葉で足を止めた。




辺りを確認しながら小枝を集めて回る。

「ほらミデル。その辺にもあるでしょ」

「こんなに要らないんじゃないの?」

「余るくらいでいいの。ついでに辺りの地形を確認するように」

「流石だね先輩」

「あぁ面倒くさい……」


そうは言いながらも、そこまで気分が悪い訳でもなく。

一度、皆と距離を取って2人で話したかった。


「もうすぐ目的地だって言ってたよね?何か手掛かりでもあればいいんだけど」

「あのさ、念のため確認だけど。もし何かあったらさっさと逃げてよね。悪いけど守って戦える状況じゃない場合もあるから」

「自分の腕の程度はわかってる。様子を見て逃げるよ」

「あんたは無理しそうだからなぁ。私1人だったら大概逃げられるから。本当、頼むよ?」

念を押しつつ戻った所で、いちゃついてるんじゃないなどとからかわれながら火を起こす。

隣で、ただの幼馴染ですからなどと余計な説明を始めるミデルの足を踏み潰した。


少し同情するような目を向けられつつ、昼を少なめに腹に流し込む。

依頼主の言う事が事実であれば、何かあるならこの後、若しくは今晩辺りだろう。



再び動き出す馬車。

それを囲む護衛達。

念の為その最後尾に着き、辺りへの注意を最大限に高める。



そして太陽が頂点を通り過ぎた頃。

相変わらずの森の中の道を抜けた。


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