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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
155/262

06

彼らの口から語られる言葉たち。

そして死体から剥ぎ取った文書。




彼らはエルフ達との講和の文書を携えていた。

正確には死体が、なのだが。

その文書を広げたスライが目を見開いている。


そもそも。

スノアと南の間の戦闘は、エルフ達の領域西端の村を襲撃された事に端を発していた。

突然の襲撃で数十人が死亡し、更にその半数程が捕えられてスノア南部の都市で高価な商品として出回る所だったという。


エルフという存在。

彼らは非常に長寿であるとされるが、そもそもその姿を見る事すら滅多にない。

絵本の中でしか見た事がないそれは、ありふれた商品とは比較にならない高値で取引されただろう。

文書には、彼らを無条件に返還する旨が記されていた。

許容するかは別として、真摯な対応だ。



しかし。

俺たちにとっての問題は、その先だった。


その襲撃を行ったという、赤い月と名乗る傭兵団は、把握できる限りスノアには存在しないという。

そしてその高価な商品から足がついて捕縛された、傭兵を名乗る数名。

捕えられた彼らが、クラストの人間に依頼された旨を吐いたという事がそこに記されていた。

そしてその当人を引き渡す準備もある、と。



隣の金髪は空を仰ぎつつ、だから嫌だったんだ、などと呟き。

それを聞く俺も、自分が顔を歪めているのが分かった。


仮にこの手紙の内容が事実だとしたならば。

それを指示した者達の中に、彼の幼馴染の黒髪が含まれていない筈などない。

しかし顔色の悪いスライから目を逸らし、敢えて関係ないような話題を振る。



「で。お前らは一体なんだ? 姉弟って感じでもないが」

「それは。何か関係があるんですか?」

「興味で聞いただけだ。嫌なら答えなくてもいい。拷問して聞き出すようなことじゃないしな」

「……ですよね」


「まぁなんだ。なんて言うか。気苦労が絶えないだろ」

「……そうですね。彼女は幼馴染です。護衛で食べている冒険者なんですけど、この間も依頼主と喧嘩して――」

「ミデル。あんた本当……」

「あぁ、ごめん」

隣で睨む女の方に、少し焦りながら謝っている。


「お前は? 魔法剣とかっていうのを使うらしいな。初めて見た。結構使い手は居るのか? あぁ、これも興味本位の話だ」

「僕はあの程度ですが、本当はもっと長い剣で何太刀も浴びせられるんです。僕と違って師匠は凄いですよ?」

自分の技術に興味を持たれたのがうれしいのか、この状況下で少しはにかみながら話している。


「お前も冒険者なのか? にしちゃ随分と――」

「僕は貧乏領主の4男ですよ。残念ですが、親も僕には構わないので身代金にはなりません」

「安心しろ。そんな面倒くさい事しない」

「よかった。あまり迷惑は掛けたくないんです」


「死体になって帰れない方がよほど迷惑だろ。なんでこんな事をしている」

「うまく行けば出世できて、少しは家の生活がよくなるって話で護衛に志願したんです。それに……」

「それに?」

「あなたに言うのはおかしいかもしれませんが。本当に他国の手引きで戦争になっているのなら、それを止めさせるのを手伝いたいと思いました」

「……。」

「そんなのは。おかしい」


弱腰ながらも、正しくあるべく戦うその姿勢。

無防備すぎる人懐こさ。

立場の軽さ。

彼らを殺害する気にならない理由ばかりだった。



「彼女は本当に護衛についてきただけです。だから――」

「そのご希望に沿えるかはお前次第だけどな」

「……。」




改めて本来あるべき質問を続ける。


しかし確実なのは。

彼らは繋ぎ役の更に護衛で、大した立場の人間ではないという事。

残りの2組は先程の言葉通り別の道筋を辿っている事。

そしてその返還すると謳っているエルフ達はスノア南部のロスマレンという大きな町で保護されているという事。


口を割ったという傭兵の居場所はわからない。

その傭兵団の行先もわからない。

本当に攫った物達を返すのかもわからない。

目的のエルフ達の集落の場所もわからない。

……まして、経緯の真贋など。



「要するに。目的地もわからないままで出てきたって事か?」

「そうですね。彼らは斬り合うような戦闘はしませんし交渉の機会もないようです。僕たちは前線を避けて集落を探すつもりでした」

どこかで聞いたような考えなしのそれに、頭をかいた。

隣のスライがどっかで聞いた話だな、などとぼやいている。

調子を取り戻したらしい。



一度は脱線させた話を終いにして立ち上がる。

とはいえ少し考え込むような顔のスライと、焚火の方へ歩き出した。



「スライ。証拠なんてない。嘘だって幾らでも吐ける。大体、傭兵団なんてのは何か失敗すればすぐ名前変えるから当てにもならないだろ。そう気にするなよ」

「そういうもんか。……けどよぉ」

「そこまで手を回しているなら俺達にも何か言うだろ。仮に使い捨てにされたとしても、その理由がわからない。火種にするならもっとよく燃える奴を、よく燃える所で使う筈だ」

「……。」

浮かない顔のスライの背中を叩く。


「取り敢えず何か腹に入れよう」

「……悪ぃな」

「別に悪くない。頼りにしてる」

「やめろよ気持ち悪い」

聞きなれた言葉と苦笑いを残し背中を向けるスライ。


その向こう、焚火の方へ目を向ける。

彼らの処遇、そして俺たちの以降の行動について、皆の意見も聞くべきだろう。





縛られた彼らに、残った食事と携帯食を与える。

勿論監視しつつだが、いつかの経験則を踏まえてミデルの方だけは腕をほどいてやった。

そのミデルに、口までスプーンを運ばれる不満顔のアルメ。


「なんか照れるなぁ」

「あんた本当に馬鹿じゃないの……」

こんな状況下でなければ、恐らくは微笑ましいであろうやり取り。

半ば呆れつつ、素直に再び縛られるミデルを転がして再び皆の元へ戻った。







判明している範囲の事を説明し、皆の意見を聞く。


俺に任せるというヒルダとライネ、そしてレイス。

処理すべきと言う立場だが、どちらでも構わないというクレイル。

そして。

処理すべきだ、と主張するスライ。


「生かしておいて何か利点があんのか?」

「ないな。だが不利益被ることもないだろ?」

「あんだろ。少なくともここにクラストの人間がいることが分かるだろうが」

「国境の見回りとか、そんな感じじゃ駄目か?」


「お前最初っから決めてんだろ。そう言うなら従うけどよ、本当に甘くなったんじゃねぇのか?」

「確かに甘いとは思うけどな。ただ――」

「もう好きにしろ。後で面倒な事になっても知らねぇぞ?」

「あぁ。でもその時は助けてくれ」

「お前なぁ……」

わかりやすい呆れ顔のスライから視線を外し、話を切り替える。


「それで。この話の流れではあるが。俺は、ミネルヴは信じていいと思う」

正確には。

スライが同行している状況で、あんな事を話さない筈がないという所なのだが。

それにこの程度の情報を入手した為に引き返すのでは、流石に子供の使いだ。


「このまま進む。会えれば現在の状況を踏まえて予定通りできる範囲で交渉だ。彼らも無茶はしないだろ。下手をすればクラストからも攻め込まれる」

「はいはい。わかったよ」

軽い返事のヒルダとその隣で頷くライネ。

「ま、予定通りですね」

暗い空を眺めるクレイル。

やはり少し不満顔のスライ。


彼らの顔を一度眺め、そこで話を打ち切った。






再び交代で見張りをこなす中、俺を起こしたレイスが隣に座り込んだ。

軽く体を預けてくる彼女に口を開く。


「グレトナも俺を見て、こういう面倒くさい気持ちだったんだろうな」

「面倒くさいだなんて……」

「あいつ、目の前で俺にそう言いやがったんだぜ。信じられるか?」

「ええぇぇ?」

焚火が燃える音だけが静かに響く中、2人で苦笑いを浮かべる。


「別にあいつの真似がしたい訳じゃないんだけどな。やっぱり甘いと思うか?」

「正直に言えば、スライさんが正しいと思います」

少し困ったように笑う彼女が続ける。


「でも。あなたがそうやって理屈だけで判断しなかったから私はここに居ます。だから。困難が降りかかっても、私が絶対に守って見せます」

「そういうのは普通、俺が言う言葉だろ……」

くすくすという小さな笑い声。


「だから思い通りにして頂いて大丈夫ですよ?」

「わかった。……ありがとう」

「気にしないで下さい。私はあなたの為に働ければ嬉しいです」





太めの枯れ枝が爆ぜる音が響く。

一度振り向き、静かに眠っているレイスを少し眺める。


軽く頭を掻きながら、再び視界の中に一つも動く物のない退屈な見張りに戻った。


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