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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
153/262

04

並ぶ俺とクレイル。

そして名も知らない2人。

それぞれが、ワイバーンと対峙する事となった。



隣に立つクレイルから離れ、挟むような状況で少しずつおびき出す。

時折威嚇の声をあげながらも有り難いほどこちらを深追いしてくれるそれに、斧をちらつかせながらじりじりと後退していた。


大トカゲの方もただ威嚇し続ける訳などなく。

増えた餌を腹に収めようと伸ばされる、大きく開かれた口。

それを大斧の柄が受け止め、半ば弾き飛ばされるように数度の跳躍ほどの距離を下がらされる。

ある種予定通りの動きではあったが、一撃の重さが人間の繰り出すそれの比ではない。

そう長い時間は持たないだろう……が。

それも予定通り、大した時間ではなかった。



狙いすまされた矢が、俺の目の前のワイバーンの首元に突き刺さる。

それは、隙を作るためでもなく。

気を引く為でもなく。

まして、到底倒し得る物ではなかった。


それは。

彼らを屠れる、俺の最強の武器の到着を教えていた。




もう、俺に用はないだろう。

目の前で怒りの咆哮をあげる大トカゲが俺から軽く注意を外すのと同時に、残るもう一匹に向かって走り出した。

走り出した背中で、恐らくは大トカゲに氷の槍が突き刺さったのであろう肉を裂く音を聞く。



この所の鍛錬で体に馴染みつつある大斧を構えなおした。

こちらから目を背けたままのもう一匹の大トカゲ。

全力で走りながら跳躍し、その長い尾の中腹へそれを全体重を乗せて振り下ろす。


魔力で強化されたその斧の先端は尾を貫通し、固い地面へと深く縫い付けた。

絶叫をあげながら振り向く大トカゲ、そして足止めという取り敢えずの役割を終えた斧を手放し、再び距離を取る。


足止めしたそれへの止めを期待しながら、軽く振り向く俺の視界の端。

……助けようとしている2人の戦力には期待していなかったのだが。


小型の中型剣を構えた青年がその刀身に左手を当て、何かを唱えた。

魔術的な意味合いであろう模様が描かれたその刀身が鮮やかな赤い光を帯び始め、長さまでもが一際伸びたように見える。



思わずそちらへ視線を戻していた。

怒りの咆哮をあげながらこちらへ頭を向けていた大トカゲの首元へ、その赤い刀身を翻しながら突進する青年。

振りかぶった1撃がその胴を深く抉り、紫色の血を噴出させる。

そして青年は、鮮やかな光が消え去った刀身と共に再び距離を取った。

尾を地面に縫い付けられ、更に先程の1撃ですっかり動きが鈍くなった大トカゲ。


それがただの肉塊に変わるのに、そう時間はかからなかった。






スライがこちらへ駆け寄ってきた。

「おいおい。ありゃ魔法剣だ。実物、初めて見たぜ」

「なんだそれ」

「剣に魔法かけるって事だな」

「いくらなんでも大雑把すぎるだろ……」


そんな話をしながら、何とか生き残った2人の元へと歩み寄る。

しかしその魔法剣とやらの使い手、そして仲間であろう女もその表情は暗い。

当たり前だ。

辺りに散らばる、少なくとも先程までは彼らの仲間だったのであろう死体。

そんな風景の中、明るく礼など言える訳などない。


しゃがみ込む青年、その傍らに座り込む女。

俺にしてみれば余程後者の方が興味深かったが。

勿論、女としてではない。

皮の胸当て。腰に吊った長小物。そして……俺の物よりかなり華奢だが、体躯に似合わない金属製の小手。

どちらかが真似をしていると言っても差し支えない程に装備が似通っている。




うつむいたままの青年に声をかける。

「大丈夫か? 月並みだが……命あっての物種だ。間に合わなかったのは悪かったが、少なくともお前たちは死なずに済んだ」

「……はい。おっしゃる通りです。この場合、まずは礼を言わないといけませんね」

「長い仲間だったのか?」

「長くはありませんが気の合う連中でした。僕が至らないばかりに」

「あんたのせいじゃないでしょ」

先に立ち上がった小柄な女が、青年にぶっきらぼうな救いの声をかける。

しかしその視線は俺の小手を見詰めていた。どうやら同じ事を考えていたらしい。


再び青年に視線を戻すその端。

スライが死体の1つを見詰めていた。


ゆっくりと立ち上がる青年が、その右手を差し出しながら口を開く。

「僕はミデル・ディヘンと言います。危ない所を――」

その言葉を青年が言い終える前に、視界の端の女がこの馬鹿、などと小さく口走るのが聞こえた。




スライの視線の先、死体の服には紋章のようなものが描かれていた。

そして恐らくは本名を名乗った事に対するその言葉。

何が起きているのか、そこに考えが至るのに時間は要さなかった。




長い髪を後ろで縛った小柄な女、彼女が視界の端に入っていたのは幸いだった。

反射的に、姿勢を下げるその女へ向き直る。

スライが声をあげたのはそれとほぼ同時だった。


「クレイル、スノアの人間だ!」

「「えっ?」」

気の抜けた声をあげたのは、今自己紹介をしたミデル本人とクレイルの2人だった。

理由はそれぞれにあるのだろうが。

しかし、流石にその先の顛末までを見ている余裕はなかった。



姿勢を下げた女が、溜めたばねを開放するように回転しながら跳躍する。

そしてその回転から突き出される右足の踵。

体格差を補って余りあるだろう威力の乗った1撃、それを体を捻って交わしながら着地際を力任せに蹴り飛ばす。


着地しながらも器用に両手でその足を受け止める女はしかし、大きく態勢を崩しながら叫ぶ。

「ミデル!早く!」


早く逃げろ、の略だったであろうその言葉は手遅れだった。

既にそのミデルの後ろに回り込んだスライ。

そして未だ締まらない顔のクレイル。

あの2人に囲まれ、そう逃げられる物ではない。

そうでなくても恐らくはヒルダが矢を番え、こちらに視線を向けている筈だ。




改めて左足を前に出し、女に向かって構えなおす。

顎元へ引き寄せた右拳。

深目に下げた左腕は、動きが予想できない相手の行動を極力視界の中へ納める為だった。

目の前で全く同じ構えを取る女に、降伏を呼びかける。


「この状況だ、諦めろ。素直に捕虜になれば命までは――」

最後までその言葉を言う前に、低い姿勢で一気に踏み込んでくる女。

それに合わせて突き出す左拳。


突進を躊躇させる為の軽めの打撃だったが。

しかし、女はその左腕に飛びついてきた。

……凄まじい早さだった。


予想外のその動きに対応できず左腕に絡みつかれる。

背後に回られるのを避けるため軸を捻り離れようとする俺の顔と胸に、女の足がかかる。

一瞬で左肘を完全に極められ、しかもその左腕で女をぶら下げてかろうじて立っている状況だった。


レイスの悲鳴に近い呼び声が聞こえる。

それを掻き消すように、ぶら下がった女が叫んだ。

「こいつの左腕、元に戻らないようにへし折られたくなかったら――」

しかし。

脅しとしては、少し弱い。


こちらは高位の神官を連れており、骨の1本などはすぐに治ってしまう。

大体、ここからどうやって2人で逃げるというのか。

腰の長小物で俺の首でも掻き切らなかったのは、失敗したのか、人質にしたかったからなのだろうが……。

そもそも、このままの態勢で俺を歩かせでもするつもりなのだろうか。

いずれにせよ俺は。


その極められた左腕を少し振り上げ、女を地面に叩きつけた。



多少は迷うと思ったのだろう。

そこに付け込んで態勢を変えるつもりだったのかもしれない。

驚いたような表情を張り付けたまま固い地面に叩きつけられ、大の字で気絶した女の首元にナイフを突きつける。

左肘の痛みを堪えつつ、声をあげた。



「ミデルって言ったな。降伏しろ。それとも1人で頑張るか?」


先程自己紹介のついでに右手までを差し出した青年。

彼が刃渡りのやけに短い剣を足元に置いて見せるのに、幾許の時間もかからなかった。


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