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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
152/262

03

予定通りの順調な道のりを進んでいた。


強いて言えば。

パドルアで支給された地図はそれなりに古かったようだが、出発前に宿で確認した折に間違っている個所も確認できた。


結局、初日の雑な待ち伏せ以外に何か危険な目に遭う事もなくただ揺れる視界の中。

馬の蹄の音と馬車の車輪の音、あとは風の音くらいしか聞こえてはこない。

比較的見通しのいい森を抜け、道が土から少し固い物へと変わりつつある所で一度休憩をとる事にした。




隣で馬から飛び降りるスライが口を開く。

「ま、予定通りってとこじゃねぇか?」

「そうだな。ここから山向こうに超えて東で、あとは適当に探すしかないからな」

「適当ねぇ。本当に見つかるもんかね」

「探すさ。あいつらだって生きてるんだ。流石に痕跡なしに生きるなんて難しいだろ」

「ヒルダなんかそういうの得意なんじゃねぇか?」

視線をやった先。

話を聞いていなかったらしいその当人がこちらに振り返り、訝しげな顔をしていた。




簡単に用意した昼食を飲み込みながら、目の前に広がる丘というには少し急な山を眺める。

迂回してきた東側は、とても馬車では進めないような雰囲気を醸し出していた。


同じように山を眺めるクレイルがこちらに振り返る。

「しかし。これでうまくいったとするじゃないですか。でも、行き来はこの辺りからしかできないですよね」

「あとはマルト聖王国の方から回れば行けるな。一応。それが嫌なら山越えだ」

そりゃご苦労な話ですよね、などという気の抜けた返事を聞きながら再び食事を続けていた。


「恐らくは。」

珍しく自分から話し始めたライネに、全員が食事の手を止め注目する。

自分でも驚いたらしく、全員の視線を浴びて緊張したのか結局沈黙しているが。


「なんだよ、気になるじゃねぇか」

半笑いのスライに促され、再び口を開くライネ。


「恐らくは。この山のお陰で彼らは私たちと縁を切っていられたのでしょう。でも、今まで縁を切っていた彼らが、何故今更スノアと戦闘状態になっているのかが疑問です」

それは。

この光景を見てやっと思い当たったが、尤もな疑問だった。



仮にスノアがエルフ達を傘下に収めたとして。

その行為に、あまり意味があるとは思えない。


仮にクラストと事を構えるとして。この険しい山の向こうから遥々攻め込んでくるなんて非効率だ。

肥沃な土地があったとしても、スノアは元々緑が多い地であり、その必要も感じない。

東へ横断し、マルト王国へ侵攻する? 山を抜けた狭い間口で袋叩きに合うだけだろう。


しかし。

エルフ達が逆にクラストの味方となった場合、こちらには大きな利点がある。

山など越えなくともスノアと接した国境。そして森の多いスノアの地は、エルフ達にとって戦いやすい地だろう。

山脈の逆側で接したマルト聖王国とも、少なくとも現在の関係は良好だ。

その他には――


「……。」

自らの言葉によって引き起こされたような沈黙に、顔を歪めるライネ。

皆、彼女の言葉に思いを巡らせているのだろうか。


「この残りって食べていいですか?」

「あぁ、それ私も狙ってた!なんだか手を出しづらい雰囲気だったから」

鍋を指さすクレイルと、それを阻むヒルダ。

そしてがっくりと肩を落とすライネ。

……思い違いだったようだ。




兎も角。

先程とは変わって固い地面を踏みしめながら坂道を登り始めた。

荷物が満載という訳でもないが、流石に馬車が重そうな馬への負担を考え、レイスは馬車から降ろしている。


「何だかお荷物みたいです……」

わざとらしく悲しそうな顔をするレイスを後ろに乗せたヒルダ。

本当は騎手の前に座るべきだろうが、まず早駆けする見通しもないのでそのまま座らせていた。

馬の疲労の点からいっても、恐らくは体重の軽い2人が同乗するのが効率的だろう。


先程とは変わった馬の蹄の音。

少し派手な音になった馬車の車輪。

再びそれだけを聞きながら道を行く。


道は曲がりくねり、時折群生している木立を避ける獣道のような、道なりの道だった。

幸いというか当然というか、起伏が緩やかな場所を進んでいるため崖のような場所はない。






それは。

日が傾きかけてきた頃。

先の分からない曲がりくねった道に、そろそろ野営場所の見当をつけ始めるべきかもしれない、などと考えていた折だった。


俺達が立てる音、確かにそれ以外の音が聞こえた。

馬を少し列の前へ進ませる。


「ヒルダ、聞こえたか?」

そういった事に敏感な弓使いに声をかける。


「リューン様、この間の……」

しかし顔を歪めるヒルダの後ろ、レイスが代わりに返事を返した。

そこへもう一度響く、先日パドルアの街中で聞いた叫び声。

町の中へ突然舞い降り、結構な被害をもたらした大トカゲ、ワイバーンのものだった。


「数が分からないな。1匹なら問題ないんだろうが」

そんな言葉を残しつつ、後ろのスライに少し前進するよう手招きをし、更に馬を前に進める。


「クレイル。もしあれと出会ったらだが――」

「リューンさん、すみません、俺はワイバーンって見た事がないんです」

当然だった。

騎士だろうと、冒険者だろうと、恐らく普通はあんな物に遭遇することの方が少ないはずだ。

先般聞いた情報によると、この所ではそうでもないようだが。


「あぁ、あのな。羽の生えたトカゲを想像してくれ。大きさは――」

「聞いた話だと結構大柄なんですよね? これだと苦しいかもしれません」

そんな事を言いながら、腰の剣の柄を軽く叩いて見せる。

その察しの良さに感心しつつ、ある程度でも知っているならそう言えなどと顔を歪める。


思い出したように馬車へ近寄り、そこからあまり好みではない大斧を取り出して背中に背負っておく。

「それで戦うんですか?」

「いや、俺たちは囮で止めは魔法だな。手持ちの獲物で片づけるにはあいつらはでかすぎる」

「あぁ、成程――」

そんな締まらない会話の中、再び響く咆哮。

その距離は、先程よりだいぶ近い。

しかし。


顔を歪めるクレイル。

「聞こえました?」

「聞こえた。くそ。進んだ先で食べ残しを見せられるのも不愉快だ。行くぞ」

「ですよね」

薄笑いを浮かべる彼から視線を外して振り返る。


「レイス、馬車に戻れ。誰か戦っている」

その言葉にヒルダが手綱を引き、そこからレイスが飛び降りる。

少し不安そうな顔を浮かべる彼女に言葉を続けた。


「助ける。先行する。とどめ」

端切れの説明ではあったが、充分だろう。

しぶしぶ頷くレイスを確認して再び振り向く。


「行くぞ」

「わっかりました」

調子のいい声を聴きながら手綱を振り下ろし、加速する馬の上で前傾する。





出会った事を不幸とするのなら、これはその中の幸いだろう。

先程の咆哮の主の居場所は、そう先ではなかった。

2度ゆっくりと曲がった道の先、少し開けた土地。


視界に飛び込んできたのは、2匹のワイバーンに対峙する2人の人間だった。

背を向けてはいるものの、その大トカゲに向かって走る事を拒否する馬。

それから飛び降りつつ、背中に背負った大斧を振り出した。

倣い馬からやはり飛び降りるクレイルが、腰の長剣を引き抜く。


「こっちだ!来い!」

叫びつつ、大斧を構えながら駆けだした。

今俺たちが先行した距離を考えれば、短時間で残る4人は追いつくだろう。

それまで気を引けば充分だ。




こちらに視線を寄越す生き残り2人。


金属製の胸当て、中型剣を持った青年。

皮の胸当てを身に着けた女。こちらは素手に見えるが。

彼らの少し先には、何人分かわからない死体が転がっている。

恐らくは彼らの仲間だろう。




先日の折と同じ、わざとらしい怒号を発しながら走る。

大トカゲの方は食事が増えたくらいにしか考えていないのかもしれないが……いずれにせよ。

その1匹がこちらに振り向いた。

意味があるのかはわからないが、それと目を合わせたまま全力で走る足。




あのトカゲにも社会性があるのかはわからないが。

彼らの中でも割り振りが決まったらしい。


並ぶ俺とクレイル。

そして名も知らない2人。

それぞれが、ワイバーンと対峙する事となった。


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