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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート
147/262

10

あの日から、数日が過ぎていた。


直近で比較的長期の旅に出る事になるため、ミリアはその後で越してくる事にさせた。

文句も言っていたが、使用人達しか話す相手もいない所へ越してきても仕方がないだろう。

とはいえ両家の距離も近いため、こちらに来る折に少しずつ荷物を運びこんでいる。

勿論、俺が留守の際でも出入りに制限などない。

この件を終えて此処へ戻った頃には、恐らく彼女の部屋は荷物でしっかりと埋められているだろう。


そしてそういった事とは切り離した毎朝の日課。

ひたすら拳を打ち付ける、裏庭に突き立てた丸太の一本は哀れな姿となりつつある。

追加したもう一本は素手に限定しているのでそうでもないのだが、最初の一本目は小手を身につけての打撃で、削られ、へこまされ。

……もう、じきに倒れるだろう。

この調子でいくと、裏庭は切り株だらけの絵面になってしまいそうだ。

以前より使用している中型剣は勿論、鍛錬用として申し分ない大斧の方も適当に振り回しており、段々と体に馴染みつつある。

もし仮に鍛錬自体を騎士の仕事と定義するのであれば。

俺は、比較的優秀な騎士だろう。


そして恐らくはそんな事はどうでもいいであろう2人。

高価そうな本を読みふけるレイスにちょっかいを出すミリアを連れ出し、荷物の移動を手伝ったりしつつ。

じきに出発するまでの期間を、そんな調子で過ごしていた。




そして今。

再びミネルヴから仕事についての詳細を聞いていた。

俺の隣に座るレイスと……今回はスライを呼んでいる。


ミネルヴはその姿を見て軽く目を細めたものの、いつもと変わらない風で説明を始めた。

と言っても大筋は先日聞いた内容から逸脱することもなく。

エルフ達の集落の各首領に親書を渡して回る、という内容である。


流石にレイスと2人でそんな所まで行く訳にもいかない。

ここへ連れてきたスライにも同行して貰うつもりだった。


「お前の護衛かよ……。何で連れてこられたのかって思ってたけどよぉ。長期になると俺は高ぇぞ?」

不満顔の彼が面倒を見ている子供たちの世話も、近所の人間への簡単な礼だけは済まないだろう。

その言葉は恐らく俺に言ったつもりなのだろうが、正面のミネルヴが顔を軽く歪めていた。


「あと。出来るならクレイルも同行できませんか? 俺はギルドの仕事から離れ過ぎていた。間違いない腕の人間を今から探す訳にもいかない。費用もかからないでしょう?」

費用も掛からない、という所を聞いていないらしい騎士はその言葉に少しうれしそうな顔をした後、振り返るミネルヴの視線にすぐさま元の引き締まった顔に戻った。

彼女のお守りは、比較的手が掛かる部類なのだろうか。

比較すれば、こちらの方が気楽な旅路になるとでも思ったようだ。


「わかりました。本人も乗り気なようですから。あとは北に向かって頂いた折と同じ2名に同行して貰うつもりです。不足ならば丁度いい護衛を雇用して下さい。しかし青天井という訳にもいきませんのでそのあたりはご理解を。……この屋敷にも随分と費用が掛かっているのです」

そこを言われると言い返す言葉もないが。

それよりも。


「もう声をかけているんですか?」

「そうですね。実力に不安が?」

「そりゃあ……ありませんが」

あの2人が同行するとなれば非常にありがたい。

今ここに居る面子に、丁度足りない能力を持っている。


しかし。

結局、彼らの組織との縁が切れそうにない事実に顔が歪む。

仮に俺が拒否しても、頭の上で繋がっていればそれは難しい事だろう。


「わかりました。面子は少し相談します。経路の指示は?」

「特にありませんね。目的が最優先です」

「最優先ね……」

軽く溜息をついた。

それを終えれば隣国と正式に事を構えるつもりなのだろうか。


「おっかねぇなぁ……」

隣で金髪がぼやくその言葉に、ミネルヴが少し目を伏せる。


「それでも。緩やかな死を待つよりは建設的だと、私はそう信じています」

自らに言い聞かせるようなその言葉。

その思考の根拠や動機も色々な物があるのだろうが。

最早野望とも取れるそんな世界に巻き込まれても、手の中の2人だけは生き残って貰わなければならない、などと考えていた。

勿論、自分自身もその最前線で戦う羽目になって命を落とすなんていうのは勘弁だが。


「わかりました。とはいえ、私は国家よりも――」

「あなたの物の考え方は私も分かっているつもりです。しかし少なくとも今、あなたは騎士です。軽率な発言は控えるべきではありませんか?」

「……失礼しました」

釘を刺されつつ。

そんな不謹慎な手駒でも欲しいというのが彼らの現況である事は理解した。




ミネルヴ達を見送る隣。

細かい説明もなくここへ連れてこられたスライが面倒くさそうな顔をしている。


「なぁ。本当に俺、雇って行くのか?」

「暇だろ? 付き合えよ。お前がいれば幾らか安心だ。報酬もそれなりに出るだろ?」

「そりゃどうも。だけど金じゃねぇ。あいつの頼みだと何か面倒事がありそうな気がすんだよなぁ」

……確かに。

この所、ミネルヴが関わった話は結果的に毎度厄介事となっていた。


彼女の絡む最初の仕事、隣国への護衛の折には当人とレイスが攫われた。

そしてやっと辿り着いた隣国ではその隣国の正規軍に襲われそうになり。

その後向かった北の街では……まぁこれは予定通りだろう。

俺自身が死に掛けた事を除けば。


「まずければ戻って構わないって話だ。それに、あいつの面倒は見てやるんだろ?」

「わかったって。しっかしこの面子じゃ昔と何も変わんねぇな。余所の国にまで出かける羽目になるとは思わなかったけれどよぉ」

「本当、随分と偉くなったもんだ」

「当人が言ってりゃ世話ねぇだろ……」

そんな事を言いつつも。

早めに行くべきだろ、などとぼやくきながら去っていくその背中。

それを眺めながら、ミネルヴの言葉を思い出していた。




結局、最後はどうしたいのか、という俺の問い。

その核心を聞くような質問に、軽く眉を顰めるミネルヴはこう答えた。


「まず南については最悪、双方の不干渉が約束されればそれで構いません。その後は隣国であるスノアとオレンブルクですが、それは成り行き次第です。その後で南と再交渉ですね」

成り行き次第と言うのは。

……友好関係を築きたいなどと言う事では無いだろう。

彼女は。この国は。

全てを掌握したいのだろうか。


現在の国力の低下を鑑みればそれが難しいという結論に行き当たるが、例えば他の1国でも掌握できればどうなるだろう。

各国家間の力が低い水準で均衡している現状が変われば、他の国家も黙ってはいない筈だ。

場合によっては全国家を巻き込んだ戦争ともなりかねない。

そもそも、その動機はなんなのだろうか。

スライをして手伝ってやりたいなどと言わせる相手が、くだらない野望に憑りつかれている事もないだろうが。




とはいえ。

それを想像し険しい表情を浮かべていたのであろう俺の顔を、心配そうに見上げる見慣れた右目。

「大丈夫ですか? 怖い顔をしていますよ?」

あるべき物がないその左肩のあたりにそっと右手で触れ、笑顔を作って見せた。


「悪いな、大丈夫だ。正直、今回の件では命の不安はあまり感じない。別の余計な事を考えていた。とりあえず戻ろう、ミリアもほったらかされて不機嫌になってるだろ」

「……えぇ、そうですね」

安心するように苦笑いする彼女を連れ、再び家の中へと戻った。


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