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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート
146/262

9

ミネルヴ達が家を訪れた3日後。

もう朝と呼ぶには遅い時間。

俺は鏡の前に立っていた。



急ぎ取り揃えた小奇麗な服。

自らの姿に顔を歪めながら振り返る。


「どうだ?」

「ふふふ。やっぱり似合わないですね」

「ここは一応褒める所だろ?」

「えぇと。素敵ですよ?」

「お前なぁ……」


とはいえ、自覚もしていた。

似合わない小奇麗な服装。

少し走り回ったら破れてしまいそうなズボン。

恐らく拳を突き出せば肩辺りが破れるであろうシャツ。

その頼りない手触りに溜息をついた。


「所で。やっぱり普通は反対するよな。こういう時ってなんて言えばいいんだ?」

「流石にそれは私に相談する話じゃないですよ……」

尤もな言葉を述べながら、顔を歪めるレイス。

近すぎる距離感に、自然にそんな事を聞いてしまった。

当人はそう言いながらも首を傾け、それらしい言葉を考えてくれているようだが。


「悪い。大丈夫だ、自分で考える」

「……そうですね。でもきっと、思うままを話すしかないと思いますよ?」

「わかった。ありがとう」

「頑張ってきて下さい」

そっと胸に添えられる、彼女の傷だらけの右手。

自身の望みでもあるとはいえ……その胸中には複雑な物も抱えているだろう。

しかし今更のその考えを喉の奥に飲み込み、伸ばされた彼女の右手を握った。


「じゃあ、行ってくる。いい子にしてろよ?」

「何言ってるんですか……」

苦笑いを浮かべる彼女の髪に一度触れ、振り返った。




その足はリンダウ家に向かっている。

ミリアと。……その両親、そして生意気な弟が待つそこへ。


しかし、こうも家の距離が近いのはどうなのだろう。

もう少し考えたいとも思っていた俺の目の前には、もうその目的地があった。


大きく深呼吸し、その戸を叩く。

出てきた使用人は苦笑いを浮かべながらも、丁寧に客間に案内してくれた。

その苦笑いの意味を問いただしたい衝動を抑えつつ、案内された客間でその高級そうな椅子の脇で突っ立って待つ。

程なく開いた扉に体を固くする俺の目の前に、ミリアが出てきた。

こちらを見るなり吹き出している。


「いやぁ、びっくりするほど似合わないね。体格の問題なのかな」

「しょうがないだろ、急ぎで正装って言ったらこれ売りつけられた」

「服は間違ってないよ、ただ似合わないんだってば」

「どうしろってんだよ……」

苦笑する俺の周りを一周まわり、満足そうに頷くミリア。


「うん。まぁ大丈夫だよ。もう来るからちょっと待ってよね」

「なんて言うか。緊張するな」

「先生ってさ、緊張とかするの?」

「するに決まってるだろ?俺をなんだと思ってるんだよ」

「うーん……」



そんな気の抜けるようなやり取りをいつまでも続けられる訳もなく。

とは言え、だいぶ緊張も紛れた。

それは。

扉を軽くノックする音が響いてもなお、顔が引きつらない程度には効果的だった。


程なく開く扉。


少し厳しい顔をしたミリアの父親、次いで母親、そして弟の方。

促され坐する父親の正面。


俺の姿を見たセイムの顔が緩んでいるのが視界の端に見えた。

俺の隣に座るミリアが、それと対照的にひどく神妙な顔をしたまま口を開く。


「お父さん。前に話した――」

そのお父さん、という言葉でセイムの顔がさらに緩む。


「分かっている。初めまして、ミリアの父親です。子供たちが大変世話になっております」

「失礼しました。リューン・フライベルグです。世話なんて事はありません。逆に私も色々と学ばせて頂くような事ばかりで。実際に私は、つい先日まで依頼を受けそれをこなす毎日を――」

そう話し出した俺の前に手を広げて見せる。


「あなたの事も含め、大体の事は2人から聞いております。今回、騎士の任命を受けたと言うお話で。おめでとうございます」

「いえ、それも自分の実力ではなく行き掛かり上の話で、私には勿体ないような話です。」

「そんな事はないでしょう。お礼が遅くなってしまいましたが、先日も娘の命を救って貰ったと。……本当にありがとうございます」

目の前で深く頭を下げるその姿に、慌てる。


「やめて下さい、毎度毎度間に合ったとは言えないような状況で、逆に申し訳ないくらいで――」

しばらく続く礼と賛辞、それに対する謙遜じみた否定。


一通りの。

探り合うような、体裁を整えるような。

そんなやり取り。


それがひと段落したところで。

今ここに来た目的を口にする。


「所で。今回ここに来させて頂いたのは他でもありません」

「……。」

まるでその先を待つような沈黙に、更に言葉を続ける。


「娘さんを、頂きたくここへ参りました」

「……娘はどうしようもない跳ね返りで。本人を目の前に言うのはなんですが、一時は本当に手に余るとも思った程でして――」

予定通りの言葉に、穏やかな笑みを浮かべながら話すミリアの父。

以前、恐らくは彼女たちと初めて顔を合わせた折、確かに前情報はそんな話だった。

「――それでも大事な娘です。しかし色々なお話を伺う限り、それに反対する理由も思い浮かびません」


心の中で疑問符が浮かぶ。

普通、ぽっと成り上がったような者を娘が連れて来たら反対するものだろう?

もっと言えば、レイスが今も家で帰りを待っている事。

今までの俺の稼業。

彼らに許し難い事をした組織、彼らと縁が切れたとも言い難い。

……それともこの後で何か言われるのだろうか。

想定外の事態に、必死に考え沈黙する俺の目前で、頭を下げるミリアの父の言葉が続く。


「娘を、宜しくお願いします」

「……は?」

つい出た間抜けな声に、訝しげな顔を返される。

慌てて言葉を続けた。


「あ、ありがとうございます。彼女にも直接言ったような言葉ですが。絶対に後悔や失敗した、なんて思わせません。幸せにします。……こちらこそ、宜しくお願いします」

再び頭を下げる両親、慌ててこちらも頭を下げる。


反対しても無駄だと思われるような前提がある故なのか、それとも。

……視界の端。

セイムが視線を逸らしながら、こちらに親指を立てて見せていた。

何と言うか。恐らく周到な根回しがあったのだろう。

心の中で生意気な、などと表現していた事への詫びと改めての礼を忘れないように、などと考えつつ。


一際、深く頭を下げた。







そして。

一際、深いため息をついた。


あの後続いた、柔らかい雑談のような話。

後日改めて食事でもなどという話でそれは締めくくられ、今俺が立っているのは随分と久し振りな気もするミリアの部屋だった。


相変わらず可愛らしい構成のそれに、先日レイスの選んだ棚をミリアも一緒に笑っていた事を思い出すが、今はそんな事を考える場じゃないだろうなどと思考の外にそれを押し出した。


「あいつ。今度礼を言っておかないと」

「あいつ?セイム?何かしたの?」

俺より余程緊張していたらしいミリアの目に、弟は全く映っていなかったらしい。


「かなり根回しが為されていた風だ。絶対に反対されると思っていた」

「でも良かったでしょ? それとも反対されたかったの?」

「いや、そういう訳じゃないけどな」

「それならいいじゃん。しかしセイムがねぇ……」


少し考え込むようなミリアの頭にそっと掌を乗せる。

「いずれにせよ。改めて宜しくな?」

「え。あぁ……。こちらこそ……」

俯く彼女の肩をそっと抱き寄せた。

やはり何の抵抗もなくそうされる彼女の肩を軽く抱く。

そして。


部屋の扉が何の前触れもなく開く。


「先生、うまく行った――」

などと言いながら顔を出した弟の方の顔が、凄まじく歪む。

言葉の続きはどうしたのだろうか。

それに振り向き、俺からは見えないミリアの顔。

恐らくは。あまり見られたくないような表情なのだろうが。


「ノックくらい……」

俺の手を振り払うようにして歩き始めたミリアと、慌てて戸を閉めるセイム。

そして廊下を全力で走る足音と、がっくりと項垂れるミリアの後姿。

そこに小さく響く、俺の乾いた笑い声。




こんな調子ではあったが。


それは。

憮然とした表情でこちらに振り返る、彼女の人生における岐路を過ぎた一歩であり。

今も家で待つ、片腕の少女の願いが叶う為の一歩であり。

俺にとってはここ最近の変化を勘案すれば数歩目であったが。


俺達は。

肩書きを手に入れてから行うべき、などと考えていた新しい道を歩み出した。

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