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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート
141/262

4

食事を終え、出された飲み物を口にしながらスライの一通りの文句を聞き流していた。

それがひと段落した頃、遠慮のない雰囲気で戸を叩く音が響く。


玄関に行こうと立ち上がった所で先程の赤髪の使用人が横を通り過ぎ、追い抜かれた。

そりゃそうだ、などと頭を掻いている部屋に、聞き慣れた輸送ギルドの女の遠慮のない声が聞こえる。

そしてそれを諌めるミリアの声。

その辺りで会ったのだろう。


「よう、騎士殿。祝いの酒をお持ちしたぞ?」

「お前以外は酒なんか飲まないだろうが」

「仕方ないなぁ」

「なんで開けてるんだよ……。無理に飲まなくてもいいんだぞ?」

「いや、ちょっとだけ……いいだろ?」


結局。

出された飲み物を一息に飲み干したオルビアは、皆の呆れた視線を受け止めながら手酌で始めた。


「おいおい。注ぐくらいするって」

「いやいや、騎士殿にそんな事はさせられません」

「……面倒くせぇ」

「なんだって?」

「いや、なんでもない」

「大体お前、騎士殿もいいけどな、さんざ貯めた借りも返さずに引退するのか」

白けた視線のオルビア。


「これから却って大変そうな雰囲気もあるからよ。別に――」

「それにお前、これから毎日、口あけて空でも見て過ごすのか?」

あっさりとスライの言葉に被せられたオルビアの言葉は、まぁ考えた事がない話では無かった。

とはいえ生活基盤が整った今、それはこれから考える話だ。


「取り敢えず借りはちゃんと返すって」

「あぁそうかい。まぁ期待しないで待つか」

そう言いながら手元の器に残る酒を煽る。


まともな会話を交わす事もまだしていない使用人達にも聞こえているだろう、オルビアの不遜な態度。

その後も何度か言葉を挟もうとしたスライは、全ての発言を遮られ空気と化した。

困った顔ながらも少し楽しそうなレイスとミリアがそれを眺めている。



自分で持ってきた祝いの酒を水でも飲むかのように消費し、段々と言動が怪しくなってきたオルビアを放置して、レイスとミリアは家の中を見て回ると言って席を外した。

流石に見飽きたのだろう。



残された古い3人が囲むテーブル。

一度息を吸い込み、やっとまともに発言するスライ。

「で、お前。結局あの子どうすんだ?」


髪をかき上げながらオルビアがそれに同意する。

「私も気になっていた。あれ、お前の方ばかり見てるけど大丈夫なのか?」


2人の視線を受けながら事もなげに答える。

「これから2人とも背負っていく。この間、決めた」

その言葉に、2人が揃って口を半開きにしている。

余計な事を言い出される前に更に続けた。


「色々あったけどな。さんざ悩んだ結果だ。もう悩まないと思う」

そこまで言い切って手元の器を口に運び、中身がない事に気付いてテーブルにそれをそっと戻す。



「お前、本気か。いや、そういうのってよくあるんだろうけど。……あるのか?本当か?」

少し意味が分からない言葉を並べるオルビアに淡々と答える。

「あるとかないとか、そんな事はどうでもいい。俺もあいつらもそうしたってだけだ。占い、本当に外れたな」


「俺も何か言った方がいいか?」

「いや、別にいい」

「とりあえず。まとめて2人から見捨てられないように気を付けろって所だなぁ」

「いいって言ってるだろ……」

同じように手元の空の器を覗き込み、それをテーブルに置くスライ。


暫くの沈黙。

それを破るように空きの器をもって立ち上がり、厨房の方へ向かい始めた所で足音に気付いたらしい赤髪が再び歩いてくる。

彼女は軽く頭を下げながら無言でそれを受け取り、厨房へ戻って行った。




「何もしないでいいなんて言っていたが、本当にそんな事あると思うか?」

視線を泳がせた先のスライが、申し訳なさそうに答える。


「さっきの話じゃないが。口開けて空見上げてても飯食わせて貰えるなんてぇのは、流石にねぇと思うぞ。

 あいつは言い方は悪いが手駒が欲しいんだろ? よくわからねぇ仕事が下りてくるんじゃねぇか?」

「やっぱりそう思うか? ……戦争行けとかじゃなければいいんだけどな」

「流石に前線はねぇだろうな。そんな事言ったらお前、辞めるだろ?」

「あぁ、さっさと縁を切るな」

「なんでこんな扱いづらい奴を囲ってんだかなぁ。あぁ、コネか」

「それも事実だろうけど目の前で言うなよ。情けなくなるだろ?」

3人で苦笑いを浮かべている所に、若い2人が戻る。



「先生さぁ。もう少し家具とか置こうと思わないの? 何あの部屋」

確かに俺の部屋には、備え付けられていた無駄に大きなベッド、武器、旅の荷物、着替えの類。

その程度しか物がない。


「別に必要な物もないからな。取り敢えず何か預かってやろうか?」

「そういう事じゃなくってさぁ……。レイスの部屋は少しはマシだよ?」

少しはマシなどと表現された部屋の主は、顔をひきつらせてミリアの方を見ながら何か言いたげにしているが。


そんなやり取りの中、スライが立ち上がる。

「それじゃ、俺はそろそろ帰る。夕飯の準備もしないといけねぇ」

「今日は助かった。ありがとう」

「やめろよ気持ち悪い。まぁ今度夕飯でも食わせろ」

「そうだな。落ち着いたらみんな連れて遊びにでも来てくれ」

「本気か?あいつら連れて来たら多分後悔するぞ?」

そんな話をしつつ、笑顔を浮かべながら出ていくスライを見送る。


空はもう夕暮れ時になりつつあった。


振り向いた視線の先。

オルビアが手元の器を再び空ける所だった。

再びそこへ酒を注ぎ、空になった瓶を振っている。

欠伸をしながら気だるそうに口を開いた。

「泊まっていってもいいか?」

「……床なら」

「冷たい奴だな」

「冗談だ、客間で良ければ。けどそれ以上飲まないでくれ。最初に頼むあらためての仕事が掃除になるだろ」

「そりゃあ流石に悪いな。あぁ、面倒くさい……」

自分が持ってきた酒を全て自分で片付けたオルビアが、言葉通り面倒くさそうな仕草で立ち上がる。


「なんだよ結局帰るのか?」

「そこまで野暮じゃない。しかし面倒くさいんだよなぁ……」

だらしなく大口を開けて欠伸をしながらよろよろと歩き始めた。


「おいおい……」

歩み寄る視界の端で、レイスがしょうがないといった表情で頷いて見せている。

それに大きく溜息をつきながら、オルビアの腕を掴む。


「大丈夫だって。この程度」

「いや、駄目だろお前。……荷車もあるしな」

「あぁ。じゃあもう、それでいいや」

送って行くと言うより、運んでいくというのが正確だろうか。


「ちょっと行ってくる」

「ええぇ? いいのそれ?」

「大丈夫。そんなに遠くないから」

顔を歪めるミリアに、何か間違った答えを返すレイス。

一応間違ってはいないし、実際心配されるような事もないのだが。

そのやり取りを視界の端で見ながら、新しい家を後にする。






「借りが減っていくだろ?」

「この程度で減ると思うお前がわからん。それに沢山あるから大丈夫だ」

「どれだけだよ」

そんな軽口を叩いているうち、酒臭い声は返って来なくなった。


本当に荷車に座り込んだオルビアをのせ、人通りの少なめな道を歩く。

荷車の上で眠りこけるその姿に時折すれ違う人間が苦笑いしているが。

いつも通り体の線が強調されるようなこの服装で背負えば、尻近くまで足が丸出しだ。

この時間にそんな調子で背負って歩くのは流石に気が引ける。

苦笑いされる程度ならまだこちらの方がましだろう。




……彼女に世話になった事は多い。

そもそもパドルアに居着いた理由も彼女の仕事を継続的に貰えたからだ。

護衛の仕事をギルドに依頼として出す前に声をかけて貰ったりした事が何度もあった。

付き合いの長い仲間というより、少し疎遠な姉とでも言った所だろうか。

そして姉と言う単語に、戻りを待っているであろうミリアとその弟を思い出す。


「いや、弟は勘弁だな」

苦笑いを浮かべながら一人事を呟きつつ、枯れ木が刺さっている鉢の影から鍵を取り出した。


「おいオルビア、着いたぞ」

「水買ってきてくれ……」

「またかよ……」

自力でベッドによろよろと歩く家主。

その近くに中身が満たされた水差しを置く。


「それじゃあな。帰るぞ?」

「ああ……そうだ、忘れていた」

「? なんだ?」

「色々と良かったな。おめでとう」

「……ああ。これからもよろしくな」

眉間に皺を寄せながら軽く手を挙げるオルビアの前で振り返る。

一度振り返る先、大きく欠伸をするオルビアに苦笑しながら家を出た。



もうすっかり暗くなりつつある帰り道を行く。


空の荷車が、ことことと頼りない音を立てていた。


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