3
ルシアが愛おしそうにレイスの頭を撫でている。
隣でそれを眺めながら口を開く。
「ルシアさん、長い間世話になりました。でも遠くに行く訳じゃない。また来るから」
「別にあんたは来なくていいよ」
「ひどいな……」
そうは言いつつも、別れ際に優しく肩を叩くルシアに頭を下げた。
先日シャルトルが言っていた10日を目途に、同じような日々を過ごしていた。
養成所に向かい、レイスと分かれ剣士の養成所に向かう。
必死に立ち向かってくるセイムの相手をしつつ時折現れるミリアと話し込み、
気を使っているのか毎日遅めに戻ってくるレイスとリンダウ家を経由して戻る。
そんな毎日の中で再度シャルトルと日程の確認を済ませ、ルシアにそれを伝えつつ。
引っ越しの当日。
最初に呼ぶと宣言したスライを約束通り呼び出していた。
「なぁ。これってただの手伝いって言うんじゃあ……」
「言ってた通り最初だろ?」
「お前さぁ……」
大した荷物はないが、実質1人でその全てを運ぶには少し量が多かった。
ルシアの伝手で借りた簡単な荷車に荷物を運んで行く。
先程からずっと文句を言っているスライは、そうは言いながらも休みなく荷物を運び出していた。
ルシアとの挨拶を済ませ、荷物を積み終えた荷馬車を転がしていく。
見慣れたこの道も、以降はそう通らないだろう。
少しの感慨を感じながら荷車を押す。
……隣で歩く金髪の顔は流石に不満げだ。
それに困ったような表情で謝るレイス。
「本当にお前には勿体ねぇな」
「なおさら居て貰わないと困るだろ」
「自分で認めてちゃ世話ねぇよ……」
「うるさい」
暫くの後。
工事中といった雰囲気が全く無くなったその屋敷の前に荷車を寄せた。
一息ついている俺達の前で扉が開く。
扉から出てくるなり眉間に皺を寄せる中年の女性。
スカートの丈が踝まである使用人らしい服と、恐らく標準の組み合わせなのであろう真新しく少し可愛らしいエプロン。
それがひどく不似合いで、思わずその姿に顔を歪める。
その後ろから出てきたレイスと同じくらいの年頃の少女の同じ服装に、歪んだ顔を少し緩ませた。
しかしそんな俺の前に立ちふさがるサイズの大きなエプロンが言い放つ。
「そんな所に置くんじゃない。これからここのご主人さまがいらっしゃる。荷物は裏から運んでくれ」
少し歪んだ顔のまま固まる俺。
後ろで笑い始めるスライ。
そして焦った表情でエプロンに駆け寄るレイス。
少し遅れて。
そう言われても仕方がないであろう、自分の成りを確認していた。
荷物は取り敢えず適当に2階に運び、後で整理する事にした。
玄関左手の広間に並ぶ真新しいテーブル。
取り敢えずの感謝として何か飲み物でもと考え、スライも含めそこに腰掛けた。
名前も未だ聞いていない使用人たちに、何か飲み物の準備ができないか聞こうと思っていたのだが。
「大っ変失礼致しました!」
「いやいや、普通、荷車を押してくるようなのが主人だとは思わないだろうから」
「いえ、わたしの不注意でした。本当にすみません……」
「いやぁ……」
ひたすら頭を下げる巨大なエプロンにため息をつきつつ、その後ろの並ぶ残り2人に目を移す。
そのやり取りをただ眺めるシャルトルに声をかけた。
「なぁ、出来れば紹介してもらえるとうれしいんだが」
「終わるのを待っていました。もう宜しいですか?」
「……あぁ。宜しいから頼む。本当に。」
再び溜息をつく。
「では順に紹介させていただきます。こちらが――」
最初に紹介されたのは巨大なエプロンだった。
ベルタという名の彼女は年の頃は俺の少し……いや、結構上だろう。
その腕と胴回りは、先程別れの挨拶を済ませたルシアを彷彿とさせた。
上背もそれなりに高く、その気の強そうな顔で未だ申し訳なさそうに頭を下げる。
もう本当にいいから、などという言葉に改めて頭を下げられた。
続いて俺より少し年下あたりであろうアンナ。
赤みの強い黒髪で、それ以外にさして特徴もない。
体格も普通、宜しくお願いします、などという声も印象に残らない。
支給されたのであろう服とエプロンも、所謂普通の立ち姿で特段の特徴もなく。
さして興味を引くでもなく、その視線はその隣へ移る。
最後に紹介されたのがこの中で最年少であろうエステラ。
恐らくレイスと同じくらいの年頃で背格好もよく似ており、髪の色も彼女と同じ黒だ。
しかしその目つきは先程から俺を刺すようで、睨みつけているようだ。
時折俺から外される視線が隣に座るレイスに向き、そこにはそういった感情は感じないが。
どこかで恨みでも買っていたのだろうか。
いずれにせよ。
彼女たちに自分とレイスを簡単に紹介し、俺は?などというスライを無視して早速ながら飲み物の用意を依頼した。
頭を下げて去っていく彼女たちを眺めながらシャルトルに聞く。
「なぁ。別にどうでもいい事なんだが。4人て言ってなかったか?」
「予算の都合です。しかし3人でも十分でしょう」
「また適当だなおい。所で予算って……」
そう聞く俺に、やはり無表情にシャルトルが答える。
「彼らの購入費用です」
「……。」
要するに奴隷なのだろう。
王都であればコーネリアの所なのだろうが、確か彼らはミネルヴとのコネクションを得たばかりの筈だったが。
……教育期間などと言っていたのも彼らの所での物なのだろうか。
視線を向けた先のレイスは俯き、軽く唇を噛んでいた。
その背中を軽く触れるように叩いてやる。
上げた顔がこちらを見詰め、少し考え込むような笑顔を浮かべて再び振り返った。
相変わらず無神経に続く言葉。
「幾らかはましだろう、との伝言付でした」
「……そうかもな。もういい」
用は終えたとばかりに帰ろうとするシャルトルを止める気にもならず。
まだ数日はここに留まると言う宿泊先が書かれた紙切れを残し、彼は出て行った。
窓の外を眺める。まだ昼過ぎといった所か。
恐らくじきに現れる別の客に備え、幾らかはましであろう仕事として簡単な昼食を頼んだ。




