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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の、新しい日常
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変わり始めた日常08

蝋燭とオイル灯の明かりで照らされた通りを2人で歩く。



「…リューン様。すみませんでした」

レイスが切り出した。

「いや、俺のほうこそ、なんというか。当然のように話したのは不味かったと思った。ごめん」

「そんな…。私も分かっているんです。それに、私にはその、お金を稼ぐ事もできません。

でもそれで、何かあって、リューン様が居なくなってしまったら私は。

すみません、でも分かっていて…、でも…ごめんなさい」

橋の欄干に手を掛け、流れる河を見ながら肩を震わせている。


軽く溜息をつき、頭に手を乗せてやる。

「大丈夫、取り敢えず、お前に養ってもらえるまで食いつないで、その後は寝て過ごさせて貰うよ」

彼女の右手がゆっくりと俺の胸の辺りに当てられ、追って体が近づいてくる。

そっと彼女の額が俺の胸の辺りに押し付けられ、止まった。


…人通りも少ないが、通りかかる人がこちらを見て、にやにやしながら通り過ぎる。


「レイス、取り敢えず…。ちょっと恥ずかしいな」

その一言で絵面を客観視したのか、顔が赤くしたレイスが、手が届くほどの距離まで離れ、再び河に顔を向けた。


「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか」

視線は水面を見つめたままだ。



彼女が望む答えは分かりすぎるほど分かっている。

彼女自身、それを隠そうともしていない。

だが。

それに答えてやる事は。

残酷な嘘だろう。


「私は

「レイス、俺は…」

彼女の言葉を遮る俺に、少し焦ったようにこちらを振り向き、首を左右に振る。

「リューン様、すみません。いいんです。何も言わないで下さい」

静かに微笑み、再び水面に目を落とす。

…いや、水面など見ていない。遠くでも見るような眼差し。




「私は。自分はこうやって苦しみながら死ぬんだって。辛くて辛くて仕方がなかったけど、でもそのうちに楽になるんだ、って思っていました」

「今までだれも私を助けようとしてくれる人なんて居なかった。

どんなに泣いても、謝っても、痛がっても誰も助けてくれませんでした」

大きな傷で塞がれてしまった左目の辺りを、細い指先が撫でている。


「でも、あの時、初めて会ったあなたが、急に大きな声を出しました。いえ、大きな声なんていつも聞いていたんです。

でも、私以外に向けられた、大きな声でした。

何が起こっていたのかわからなくて。でも、何となく、リューン様が私を助けてくれようとしている事はわかりました。

何も言われず、次の日の朝連れて行かれて、その時にまたリューン様がいたのを見て、少し、嬉しかったんです。

でも、今までそうやって、他の人に売られて、連れて行かれて。良かった事、なんて無かった。

最初に売られた時も、連れて行かれて、着いたら男の人が居て…。それで…。まだ子供なのに…。」


ぽろぽろと涙を流す彼女の頭をゆっくりと撫でてやる。

「大丈夫。最後まで聞くから…」


嗚咽を漏らしながら頷く彼女が続ける。


話は夜半過ぎまで続いた。


妊娠し暴行され流産したこと。二度も。

何人かの手を経て、売春宿に売られたこと。

そこで気に入られた客に再び売られ、

その男の趣味で左目と左手を失ったこと。

そして男の借金の肩に、コーネリアの所に連れて行かれたこと。

連れて行かれた翌日、教育、の現場にオルビアと俺が現れたこと。


「お願いです。リューン様、私はあなたの所有物でいいんです。なんでもします。

それでもきっと今までよりはずっと…違う。

ずっとこんな日が続いて欲しい、今が一番幸せなんだって、毎日思うんです」

「だから。リューン様。私を一人にしないで下さい。近くに置いて下さるだけでいいんです。」



ハンカチで彼女の顔を拭ってやる。

「ひどい顔になってるぞ」

「…すみません」

「わかった。俺も無理はしないようにする。少し前から決めている」

「何しろ、お前を残して死んでしまったら、養って貰う計画が果たされないじゃないか」

困ったような顔をして笑う彼女に続ける。

「大丈夫だ」

もう一度重ね、彼女の頭をくしゃくしゃとしてやる。



「さぁ、帰ろう」

先導するように歩き出す。

レイスは俺の後をその手が、届かない程の距離で歩いている。




これでいいのだろう。


若干の後味の悪さを押し殺し、寝床へ歩く。

いつか、彼女は成長し、1人でも生きられるようになるだろう。

グラニスの言葉を信じるならば、それこそ稀有な存在にもなり得る筈だ。


俺は何も変わらず、返り血を浴びながらしぶとく生きるだろう。

そして返り血を浴びせ、いつか命を落とす。

そんなものだ。


自分が奪ってきた幾多の命と同様、自分もそのうちに、地に帰る事になるその時。

それまでに、彼女はもっと明るい世界に送り出してやる。

何の目的もなくただ生きてきた自分に、そこまでできれば御の字だ。




すっかり人通りの無くなった道を2人で歩く。

誰も居ない食堂をすり抜け階段を上り、3番目の扉を開けた。



いつも通り、彼女は鈍く光る髪留めを握り締めて眠っている。


俺もいつも通り、ボロ布にくるまり。すっかり慣れたこの寝床で眠る事にした。



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