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俺は再び夜の通りに出た。


夕刻の騒ぎのせいか、この時間になっても人通りは多い。

しかしその内訳は昼間のそれとは少し違う。

その大半が憲兵や冒険者、それらに食事を提供するもの、そしてその犠牲となった者への対応をするもの。

いずれにせよ、何かしら今回の件に繋がる糸がある者だった。


ランプが照らす薄暗い道を通り抜ける。

行く先は、先程大斧を担いで全力で走った区画。

それほど時間はたっていないが、随分と前の事のように感じてしまう。


ひたすら歩みを進ませる先。

それがつい先ほどの出来事である事を再認識させる光景が現れる。


先程俺の目の前で大穴だらけになった爬虫類の死体は、憲兵とその手伝いに寄越された冒険者たちに切り刻まれ、もう元の形がわからない状態になりつつある。

場所が場所だ。

今晩中に片付けろという迷惑な命令でも出ているのだろう。

そしてその様を眺める、その場所を構成する人間たち。


半ば呆れ顔でそれらを見渡し、目的の人物を探す。

少し疲れた顔で憲兵に何か説明しているその姿を、大した時間も要さずに見つけた。


「だからさっきも言ったでしょ!いきなり空から飛んできたんだってば」

「飛んできてその後は?」

「塀を乗り越えて走って逃げて、そこで向こうから来た知り合いがその場で片付けた」

「それでその人は?」

「……だからさぁ」

大きく溜息をついているその肩を叩く。


「よう。説明しといてくれて助かった。幾らかは手間が――」

「せんせぇ……」

少し泣き出しそうな顔で彼女が伸ばす左手を握ってやる。


「もう何回も同じこと説明させられてさぁ……」

「すみません。こちらも指揮系統が混乱していまして……」

「さっきギルドでも同じ説明をした。それにその知り合いってのは俺だ。必要なら明日こっちから出向くぞ?」

「いいんですか?助かります。ではお名前をこちらに――」

差し出されるよれよれになった紙にサインし、それを返す。


「じゃあ、明日こっちから出向くから今日はもう勘弁してくれよ」

何か言いたそうな若い憲兵を置いて、ミリアの手を引きその場を離れた。



取り敢えずこの近くにいるのもどうかと思った俺の足は、先日彼女に景気のいい一撃を頂いた屋敷へと向かう。



「はぁ……疲れたよ。同じ事聞かれるの3回目だよ?それ以外にも近所の人がみんな聞きに来てさぁ」

「いや、悪かった。却って面倒な事をさせた」

「いいよ。少しは楽だったんでしょ?」

「ああ。結構違ったと思う」


「……あの後、大丈夫だった?」

「時間帯が悪かった。通りを歩いていた人間だとか、丁度準備に出ていた娼婦なんかが――」

軽く振り向く視線の先。

少し暗くなった顔が俯いている。

彼女は。俺のように誰でもふとした拍子に死ぬ前提で物を考える人間ではない。


それに。

そもそもこんな話をしに来たのではない。


「だけどお前のお蔭ですぐに次に行けた。犠牲は最小限だったと思う。よくやってくれた」

「……そう、かな?」

「それで助かったのが何人もいるだろ。ついでに言うと、スライもそれで助かった」

「あの人、何かやらかしたの?」

「そうなんだよ……」


軽く笑って見せながら先程の出来事を話しつつ、茂みの中にある鍵を探す。

軽く土を払った鍵を差し込むと、いつになったら住めるのかもわからない新居に入り込んだ。



目の前に鎮座する相変わらず不愉快な甲冑。

先日のように兜が落ちる事は。……今日は無いだろう。

とは言えこれを目の前にしているのはどうかと思い、右手の扉、応接間である筈の部屋に入り込む。

概ね整備が終わったその部屋。

壁際に恐らく後日配置されるのであろう、少し高価そうな椅子とテーブルが無造作に並べられている。


「――それで結局、俺達もさっきまで手続きばかりで。対応していたギルドの人間も大変そうだった」

「そっか。そっちも大変だったんだね」

「大変なんて事でもないけどな。怪我もしてない」

「そういう問題?」

苦笑いする彼女。


何となく場を取り持つための会話。


お互い、いつまでもそんな空虚な話には用はないだろう。

一度軽く息を吸い込んだ。



「なぁ。なんでこっちに走ってきた?」

「え? なんて言うんだろう。えーと……」

「……。」

「分からないけど。多分、そっちに行けばその。先生が来るような気がした」


「……なんだよそりゃ」

「何となくだよ。なんでかって聞かれてもさぁ」

「来なかったらどうするつもりだった?」

「そしたら私はあれの夕飯だったよね」

少しおどけたような表情で天井に視線をやっている。


それが俺に起因するものなのか。

それとも俺がすんでの所でその命を拾っているのか。

それは分からないが。彼女は何と言うか。

死、という物に愛されている。

改めてそれを理解した。


しかしそんな事は織り込み済みで。

今となっては大した意味など持たないのだが。




「なぁ、ミリア」

「なに?」

「俺の所に、嫁に来い」

「……え?」

驚くような表情。

少し口をぱくぱくとさせた彼女が正気を取り戻したように話し出す。


「ちょ、ちょっと。それ、今の流れで言う事?」

「悪かった。確かにおかしいかもしれない」

「おかしいでしょ!だって散々、後悔がどうだとか、この先がどうだとか――」

目の前で少し困ったような表情で捲し立てる彼女の表情に、苦笑いしてしまう。


「――ちゃんと聞いてる? あぁ、やっぱりもう一発殴ってやる!」

軽く握った右手に彼女が視線を落とす。


「今度は本当に本気で――」

そんな事を口走る彼女の肩を両手で掴み、引き寄せる。



その先の言葉を口にはさせなかった。



暫く塞がれたままの口。

ゆっくりと、力が抜けたように垂れさがる彼女の両腕。


やっと離れた口を半開きにして固まっている。

視線を落とす先、両手が……なんというか。広がっている。

やがて思い出したように俺の胸にその手を添え、俯きながら軽く突き放され、少し離れる体。


「……ずるいよ」

「殴るか?」

「もういい」


俯く彼女の肩に添えていた右手を、彼女の顔に運ぶ。

視線を落とす彼女の顔に触れる掌が、彼女の顔をゆっくりとこちらに上げさせる。

俺を見つめる少し潤んだ茶色掛かったその瞳が、落ち着きなく動いていた。


「色々言って。引き延ばして悪かった」

「……」

「でも、2番目とかそういう事はもう言うな。分かって貰えないかもしれないが、俺は順番だとか、そういう物は無いと思ってる」

「……」

「でも、大丈夫だ。後悔だとか、失敗だとか。そんな事は言わせない」

「……うん」


「それに大体な?」

「……?」

「お前、一人にしておいたらいつも助けに行かなくちゃならない」

「……そこなの?」

顔を歪ませる彼女に笑って見せる。


「俺の所に来い」

「……。」

相変わらずその目があちこちに動いている。


「ミリア?」

「は……はい。うん。大丈夫」

「あのな。真面目に話してるぞ?」

「先生。その、何か飲んでない?」

「なんだよ」

「あ、あれぇ。別に熱はないね……」

右手を俺の額に当てながら視線を再び下げて行く。

その様を見ながら軽く息を吸い込んだ。


「おい。」

「は、はい。」

「返事は?」


「あぁ。うん、えぇと……」

「……。」

「お、お願い……します。」

「……こちらこそ。よろしくな」



苦笑いしながら、彼女の両肩を再び掴み抱き寄せる。

抵抗するでもなく引き寄せられる身体。

すぐ目の前にある彼女の瞳を見つめると、慌てたように視線を泳がせている。


「ミリア。」

「……う、うん」


その瞳がゆっくりと向けられ、しっかりとこちらを見つめた。

一度大きく息を吐き。

そして、瞳を閉じる。

また余計な事を口走る前に、再びそれを塞いだ。





こそばゆいが。

俺も彼女の事は好きだ。

その思いに応じる為でもあり。

俺の一部ともいえる彼女の希望でもあり。

俺もその重さを背負うと決めた。



多分。いや、今更そんな言葉は不適切だろう。


絶対に。

抱えるこの手を離す事はない。


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