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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の日常02
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2人の日常23

勝ち誇った顔のミリアの前で、先程まで挟まっていた掌を抑えていた。



「痛てぇ……」

指が紫色になっている。


「今のは私が悪いんじゃないよね、多分」

「ひどいな……」

「あんなもの被って戦うの? 全然見えないでしょ」

「ああ、人によるんだろうけど。俺はちょっと無理だろうな」

「へぇ……」

聞いているのか聞いていないのか。

その兜をひっくり返し観察しながら返る生返事。



昨日の今日ではあるが、少し話をするいい機会とも思っていたが。

……完全に気を削がれてしまった。

というか。痛い。



それをあるべき所に据え付けながら、ミリアが口を開く。


「ねぇ、先生」

「ああ。それ、座りが悪そうだからその辺に置いておいていいぞ」

「あぁ、うん」

「そこの床にでも――」


「あのさ。何か話そうとしてたでしょ」

「……。」

「それくらいわかるよ。あと、あんまりいい話じゃないってことも」

「……ああ。」


その兜に手を掛けたままの彼女が続ける。


「私、何かしたかなぁ」

「まぁ。色々してるだろ」

「……迷惑だった?」

「……いや。そういう風に思った事は無いな」


「あのさぁ。多分。条件、いいと思うよ?」

「端から見ればそうだろう」

「だったらいいじゃん……」

俯きながらゆっくりと振り向く彼女。

その表情は、幾らも光の差し込まなくなったここでは読み取る事が出来なかった。


「私はさ。きっと困ると思ったし、私もそれで構わないから2番目でもいいって――」

「そういう物じゃないだろ? そんなの、きっとお前は後悔する」

「それは私の問題で――」

「お前の問題だから言ってる。お前の事は、どうでもいいなんて思っちゃいない。だから。後悔させたくない。失敗させたくない」


暫くの沈黙。

そして、俯いたままの彼女の顔がゆっくりと傾く。

ゆっくりと吐き出される溜息のような声。

「……ない」

「え?」

「もう、我慢できない」

「我慢?」


上がる彼女の顔。

薄暗い中で、はっきりと認識できない表情。


彼女がその顔を、いま入って来た扉へ向けた。

思わず、その視線の先を追う。

何の変化もないその景色から正面に戻す視線の端で、彼女の拳が翻るのが見えた。



しなるようなその右拳が、俺の顔を打ち抜く。

思わず崩れる体勢を、かろうじて右足が踏み留まらせた。

軽く遠のく意識を繋ぎ止める。



「私は。先生がどうしたいのか、って聞いてる。私の事なんていいって言ってるでしょ。

 大体。そんな先の事、誰にもわからないってば」

「ていうかお前……」

「それにね。そういうのって、きっと優しさじゃないよ」

「別に優しさとか、そういうんじゃない。ただ俺はお前が――」

「私が後悔とか失敗するんじゃない。先生は、自分がそうさせるのが嫌なだけだよ多分」



こちらをまっすぐに射抜くような視線。


そうさせてしまった事を後悔するのか。

その様を見る事を後悔するのか。

ただ本当は、自分が後悔したくないだけだったのだろうか。


いずれにせよ。

返す言葉など出てこなかった。




目の前で大きく溜息をついて見せるミリア。

今までの少し怒りがこもった口調とは打って変わった、落ち着いた声。


「あのね。私は先生が失敗しても、後悔しても。

 多分、それでも私は、あなたの事が好きだと思う」

「……。」

「だから、大丈夫だよ」

「……なぁ、ミリア」

「あーもう、なんで私こんな人……」

俯き、懸命に頭を掻くような仕草。


それを暫く続け、少し赤い顔を上げた彼女と目が合う。

少し涙ぐんだその目。

彼女は再び俯きながら顔を背け戸の方へ歩いていく。


「おい、ちょっと。ミリア?」

「もう、今日は話したくない!」

「おいっ」

半ば悲鳴のように宣言し、走り出すミリア。

それを追おうとした俺の後ろで、派手な金属音が響く。

少し驚きながら振り返る視線の先、先程ミリアが乗せた兜が床に落ちていた。

……再び振り向く戸の外でミリアはもう門をくぐるところだった。



大きく溜息をつきながら、忌まわしい兜を有るべき姿へ戻す。

そして戸に鍵をかけ、ゆっくりとグラニスの家へ向かって歩き始めた。



昨日、同じような事を言われたような気がする。

レイスは。

きっと彼女は同じような気持ちだと思う、などと言っていた。

昨晩の俺の話に、レイスも同じような事を考えていたんだろうか。


何れにせよ、毎度の事ながら自分の浅はかさに軽く落ち込みつつ。




「ていうか……」

あまり文句は言うべきでないかもしれないが。

誰も聞く者がいない庭に響く呟き。


「普通、平手だろ……」

所々が紫色になった手で左の頬をさすりながら、再び溜息をついた。


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