2人の日常22
結局、午後から養成所に向かう事にした。
見慣れた道のりを歩き、魔術師の養成所へ向かう。
良く座り込んで居た階段を登る所で丁度、出てくるグラニスと鉢合わせした。
「グラニスさん。こんにちわ」
「いい所に来たな。レイスよ。昨日、本が届いたぞ?」
「この間のお話のですか?」
「そうだ」
嬉しそうにこちらを向くレイス。
「悪い。どういう話だ?」
「すみません、実は魔術の本のお話を先日グラニスさんとしていたんです。物を動かすような類の魔術をもう少し学びたいと言ったら、王都から取り寄せて頂けると」
「あぁ、なるほど」
所で。
それは、一体幾らなんだ。
喉元まで出かかった言葉を止めきれず、それを口から吐き出そうとした所だった。
「リューン、悪いが値段が値段でな。読むのであれば私の家にして欲しいのだが」
「家だとかそういう問題なんですか。ちゃんと払います……」
絶望的な顔をする俺にグラニスが笑う。
「別に構わんさ。蔵書の一つになるだけでそこまで高価な物ではない」
先程とは矛盾する言葉。
気遣いと言うか、彼女へ掛ける期待なのか。
2重の意味でその払いを諦め、頭を下げた。
結局。
その本が読みたいと言うレイスは、本人不在のグラニスの家でその本を読ませて貰う事となり、
彼女の居場所には関わらず暇を持て余した俺は。
いつも通り、剣士の養成所で暇を潰す事となった。
体格の劣る少年に、先日ここを訪れた少年兵を思い出しながら細身の剣を勧める。
腕力を持て余す力任せの一撃を払いのけ、力押し以外の技術を学ぶよう諭す。
そんな事を繰り返しながら、次第に夕暮れ前となる土の上。
こちらもいつも通りなのだが。
突き出される少し大ぶりな右拳を、右に引き込みながら周り込む。
必然的に背中を向くような格好になるセイム。
その背中を、後ろで待っていたロランの方へ突き飛ばす。
「くっそ。遊ぶなよ」
「なら早く遊べないくらいになれ。欠伸が出るぞ?」
「うわぁ……。むっかつく」
振り向き再び勇敢に立ち向かってくるセイムは結局。
数度の打ち合いの後、無言になった。
「すみません、じゃあ宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げるロラン。
「ああ。暗くなるまでだからな。早くかかってこい」
それには答えずに踏み込む少年。
予想外に素早い踏み込みと、そこから繰り出される数発の軽く牽制するような左拳。
構えた両手に当たるに任せ、次の手を待つ。
軽く下がるように見せかけた体勢から、やはり鋭い右足が振り出される。
弧を描くその軌道を左腕が掴み……軸足を払って土に叩きつけた。
「牽制するのはいい。蹴りは止めにもう少しとっておけ」
頷きながら再び構えるロラン。
相変わらず悔しそうにこちらを眺めるセイム。
そして。
養成所の建屋から出た所で手を振る人物が見えた。
以前、よくレイスがああやって手を振っていた。
尤も。比較するのが無駄に思える程度に控えめにだったが。
そんな事を考えていた俺の脇腹に、恐らくは止め用に取って置いたのであろう蹴りが突き刺さる。
「っ!!」
声にならない声を出しながらしゃがみ込んだ。
「ちょ、リューンさん、大丈夫ですか?」
「先生さぁ、いつもどっか見ててやられるよね……」
ひどく心配そうな声と、ひどく呆れるような声。
「悪い、今日はもう終わりにしよう……」
「本当さ、なんで俺の時は余所見しないわけ?」
「してても、お前には負けない」
「今、後ろから蹴っていい?」
「いい訳ないだろ」
脇腹をさすりながらのろのろと立ち上がる所にかかる、今度はその姉の方の言葉。
「先生ってさぁ。いつもよそ見してるよね」
「……もうその話は終わった」
「はぁ? まぁいいけど」
すぐ隣で、ほら、とでも言いたげな顔のその弟。
「何しに来たんだ? 弟の迎えか?」
「え。勘弁してよ気持ち悪い」
気持ち悪い呼ばわりされている弟は、さっさとその友達と歩き出していた。
「気持ち悪いとか言うな。大事にしてやれよ」
「一体何? そんな事よりさ。家、できたの?」
「いや、まだ2階にも上がれないし、できても暫く住まわせて貰えないらしい」
「ねぇ、中見せてよ。1階だけでもいいからさ。表から見ると大体完成してる風に見えるんだよ」
「俺は昨日見た所だから今度にしてくれよ。何が悲しくて毎日あんな所」
「いいでしょ、その時にも見せてくれればいいんだから」
滅茶苦茶な事を口走りながら伸びてくる右手を、俺の左手が躱す。
そして。
いつかと同じように服を掴まれ、溜息をつく。
「……分かった。少しだけな。レイスも迎えに行かないといけない」
言いながらその手を払い、先を行くセイムに声をかけた。
「ってことだ。お前も行くか?」
その言葉に顔を歪めるセイムが手招きをしている。
「なんだよ?」
「先生さ。俺に、死ねって言ってるなら行くけど。出来ればやめておきたいかな」
ひどく力強く説明するセイムと、それを笑うロラン。
結局。
2人とは別れ、少し早足のミリアの後ろをとぼとぼと歩く。
昨日のレイスとのやり取りを忘れている訳もなく。
進ませる足は少し重かった。
「先生さ、大出世だよね。普通もう少し喜ぶと思うけど?」
「色々あるんだよ。鎧とか」
「鎧? なにそれ」
「後で説明する」
「先生。この間、あそこで会った時さぁ」
「……。」
「……あの時からは進むのは早かった。結構、あっという間に出来るもんなんだね」
「出来てないけどな」
「ああ、そっか」
何とも言えないやり取りをしながらも、目的地に到着する。
片付けを終え、今まさに帰ろうとする大工たち。
そしてシャルトル。
「よう。少し中見せてくれ。鍵はどうすればいい?」
「鍵はそこの植え込みの中です。所でそちらの――」
「余計な事言うなって言ったろ?ちゃんと鍵はかけるし、長居もしない」
「わかりました。よろしくお願いします」
相変わらずの完璧な礼と無表情な顔。
背を向け去っていく彼の背中を見送る。
「余計な事?」
「あいつ。いつも余計な事ばっかり言うからな。ほら、見るならさっさと入るぞ」
「ああ、ちょっと待ってよ」
扉を開き、昨日となんら変わらない薄暗いホールに入り込む。
そこで相変わらず不愉快に鎮座する鎧。
「鎧って、これ?」
「ああ。」
言いながら、昨日は触れなかった大斧に手を伸ばす。
引き抜いたそれは当然のことながら重心が先端に偏っており、お世辞にも扱いやすいとは言えない代物だった。
軽く構え、首を傾げながらそれを戻そうと振り向く。
振り向く正面に、甲冑の面があった。
流石に少し驚く俺の顔の正面で、それを被ったミリアが顔の部分を覆う面をがばりと開く。
「わっ!」
少しおどけたような顔が、開かれた兜の中で楽しそうに笑っている。
……昨日も含め、俺はこいつの所為でそれなりに悩んでいた筈なのだが。
素早く右手を伸ばし、その楽しそうな顔の中央にある鼻をつかむ。
「いやー、1回被ってみたかったんだ――んわわ……」
顔を歪ませながらのけぞり、逃げようとするミリア。
そしてその右手が。勢いよく面を閉じた。
「いてっ……!ちょ、痛い!」
逆にそこに手を挟まれ、悲鳴を上げる。
……再び開かれる面。
そこには勝ち誇った顔が収まっていた。




