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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
116/262

19

相変わらずお喋りな短槍使いと並び、もう馴染みつつある石畳を歩いている。

残す1区画の探索に出ていた俺たちは、昼を迎える少し前には拠点へ向かって歩んでいた。


「明日からはあっちの手伝いっすね。その後は大工ですもん。給料安すぎっすよ。リューンさんはどれくらい貰えるんすか?割に合わないって思う事多いから俺も冒険者になろうかなぁ。そしたら――」

「やめとけって。冒険者になんかになったら、もうまともな仕事になんて就けないから」

「そういうもんすかね。そしたらずっと冒険者やるんすか?ほかの仕事しようとした事とかないんすか?でもその腕ならほかにも――」

「クレイルって午後の班の奴いるだろ?普通にやったら俺はあいつに負けるぞ。残念だけどそんなに言われる程のものでもない」

「へー、あの人すごいんすね。でもなぁ――」

捲し立てるような調子で延々と喋る彼との話に疲れ、少し歩くのを早めて会話を切り上げる。




今朝方到着した工兵部隊は、即日その作業を開始した。

その作業。

腐敗が進みつつある死体の回収。

そして……処分。


処分などと言うのにはいささかの抵抗もあるが、しかしそれはその表現がふさわしい内容だった。

町の外も含めて広い場所へそれを集め、燃やす。

ただ、それだけだ。

そこに係わる精神的苦痛や労力を除外しその結果だけを見れば。処分と言うのが適切だろう。


先程から時折すれ違う兵達。

台車に遺体を集め、広場にそれを積み上げている。

それが黒い煙をあげる光景。


そしてその独特な臭いに、不愉快な記憶を思い出す。


それは俺がまだ少年とも呼べる歳の頃。

家を失くし行き倒れていた俺は、しがない傭兵団に拾われた。


幾つもの戦場を駆け抜け、生きる為、金の為に命を奪い、餌のような食事を啜った。


俺達が制圧した小さな町。

小規模な戦闘の後に逃走した兵達。

見捨てられた住民達の死体。

商品となる生き残り達。

雇用主である正規兵の命で、解体した家屋の木材と混ぜ合わされた積まれた死体に火をつける。


その光景に、何の感情も、何の感慨も感じなかった。

目的など何もない、生きるために生きる屍。

名前を呼ばれ振り返った先、俺の教育係だった男がこちらを見ながら鼻で笑う。

「ったく気持ち悪ぃな。普通はもう少し嫌そうな顔ぐらいするもんだ」


暫くの歳月の後、突如生まれた感情。

捉えた商品に手を出す彼等と響く悲鳴。

侮蔑と、途方もない怒り。

俺は彼を含め近くにいた数名を殴り倒し、そのまま傭兵団を抜けた。

彼等にとっては突然の災害のように迷惑な話だったろうが……。


思い出したくもない記憶を揺り起こす、その臭い。




相手を変えて再び話し始めた短槍使いの声が、俺を現実に引き戻す。



俺はもう。

あの頃の何もない自分とは違うと、胸を張って言える。

大分時間を要したが……俺は生きる目的を見つけた。

思い出し笑いにも似た暖かい感覚が、意識に纏わりつくその不愉快な呪縛を振り払った。





昼前の拠点内。


大幅に増えた人員の為、大規模な食事の準備が進んでいた。

屋外に広げられた簡易的なテーブルで食事の準備をしている兵達。

それに混ざって何かの皮を剥いているスライとクレイル。


その更に向こうではマルト王国の兵達が撤収の準備を進めていた。

彼らとは明日の早朝でお別れとなる。

先日のグレトナの言葉通り、以降は残ったとしてもやる事は死体の片付けしかない。

他国の兵にそこまでの尻拭いをさせる訳にはいかないという事だろう。

その彼らには、今晩は少し豪華な食事を彼らに振る舞う予定になっている。

普通の町での安い食事にも劣るかもしれないが……それでも気持ちは理解して貰える筈だ。




大きな建築物はこの大所帯になると非常に使いやすかった。

守備兵達が宿泊していた部屋に少し人数を詰めればあらかたの人員の収容が可能で、

それ以外の部屋も使えば全員に屋根付の寝床を用意できる。

そして、その寝床には充てられていないホールを目指して足を進めていく。



地図を見下ろしていたラヴァルが、ゆっくりと歩む俺の足音に顔を上げた。

「おおリューン、戻ったか」

「すみません、自分で行く必要もなかったかもしれませんが」

「その通りですね。何故あなた自らが出向いているのですか?」

長い黒髪。相変わらず少し汚いような物を見るような視線。

今回の件に俺を引き摺り込んだミネルヴ本人が、わざわざここまで出向いてきている。


「自分で見ないとなんとなく安心できないもので。ですが、一応今ので終わりました」

「……ご苦労でした。この後時間は?」

「時間? 特に何もありません。強いて言えば工兵たちの手伝いをすべきかと思っていましたが」

「それには及びません。あなたは依頼した内容を果たしたと認識してます。先程ラヴァルからも、あなたは必要十分に働いた旨の報告も受けました」

ミネルヴの後ろ、軽く笑って見せるラヴァルに軽く頭を下げる。

そして目の前で少し考え込むミネルヴ。


「なんです? 何かあれば言って頂ければ」

「これからグレトナ・プレストウィップに親書を渡しに伺います。少しですが話もしたいのです。悪いのですが同行して頂けませんか?」

同行する事自体は構わないのだが、なんとなく話し辛い所に利用されているのは俺にだってわかる。

しかし同行して、それが果たして彼らの利益になるのだろうか。


「構いませんが……その内容で俺を連れていくと、却って嫌がりそうな気がします」

再度の思案の後、ミネルヴが口を開く。

「何も喋らなくても結構です。差支えなければご同行頂けませんか?」




ミネルヴを先導して歩く長い廊下。

窓の外、食事の準備が佳境に入っている様を眺めながら通り抜ける。

マルトの兵達がまとまっている一角、その奥に見慣れた巨躯を見つけた。


「グレトナ! ちょっといいか!?」

その声で辺りを見渡すグレトナに、ここだと大きく手を振ってみせる。

それに気付いた巨躯が俺に視線を寄越し、すぐ後ろに立つミネルヴを見た所で軽く眉をしかめた。


「よぅ。なんだ?明日の準備もあるからな、俺はこれでも忙しい。手短にな。長話なら夜にしろ」

「わかってる。用があるのは俺じゃない」

こちらだけを見ながら話すグレトナに、すぐ後ろを顎で指す。

恐らくそれはわかっていた事だろうが、再び厳しい顔に戻り体の向きを変えた。


「なんだ。頼まれた事は済ませた。ラヴァルさ……殿にも伝えたぞ?」

「プレストウィップ公。親書を持参している。これを兄上にお渡し願えませんか?」

ミネルヴが差し出す蝋付けされた少し厚い封書。

それを調子が狂うとでも言いたげに受け取る。


「わかった。渡せばいいんだな?」

「……以降の停戦に係わる件が内包されています」

「そこだけ聞く分にはいい話なんだろうけどな」

その言葉に露骨にミネルヴが顔をしかめるが、グレトナはそれを無視するようこちらに視線を戻しながら言葉を続ける。


「大体、何でこんな話するのこいつ連れてくる必要がある。こういうのに巻き込むんじゃねぇよ」

「おいおい、何も巻き込まれてないから大丈夫だ。停戦するんだろ?いいじゃないかよ」

一応の助け舟であるその言葉に頭をかきながら少し困った顔をし、しかし軽くため息をついたグレトナは再びミネルヴの方へ向き直った。

「とにかく渡すのはわかった。それでいいな?」

「よろしくお願いします。あと、意向は理解しました」


俺はその持って回ったようなやり取りを、興味なく眺めていた。





「リューンさん、ありがとうございました」

「いや、本当に何もしていませんから気にしないで下さい」

そう言いつつも、改めて先程のグレトナの表情を見る限り、個人的な交友関係をちょくちょくと利用されるのはあまり気分のいいものではなかった。

少なくともグレトナはそう感じていた筈だ。


そんな事を考えている俺を尻目に、肩の荷が下りたとでも言いたげに大きく溜息をついたミネルヴが口を開く。


「報酬の件ですが――」



現在、パドルアの貴族が多い区画にある空き家の1つを改装するよう手配している。

帰着時には間に合わないが、そう時間はかからないので改めて使者を送る。

また、残念ながら本当に何もしないでよいという訳にはいかない。

今の予定ではギルドを管理指導する立場の1人となり、彼らへの支援や情報工作などの面倒を見る事となる……と言っても殆どやる事はない。


俺が一番どうでもいいと思っていた”役職”は、中級の騎士という何とも感想を述べにくい物だった。

クレイルが中級に満たない立場であることを考慮すればそれは凄まじい報酬なのかもしれないが、級の違いが何を示すのかもわからない。


さして興味もなくそれを聞く。

その反応に、流石に少し違和感を覚えたらしいミネルヴがそれを表情に出し始めた頃。

「ミネルヴさん。その家は、近くに安い飲食店があるんですか?」

「……は?」

「いや、だから。近くにないと不便だな、と」

「不便? 食事は使用人が作ります。そういう答えでよろしいですか?」

少し自分の顔が赤くなるのを感じた。

当たり前だ。……まして定食店など。


右の掌で顔を覆う俺に、他に質問はないかなどと聞いていたが、何がわからないかもわからない俺は、もう大丈夫などと答えてやり過ごす。

結局、マルト王国の兵達と同じく明日にはここを発っていい事を確認し、その場を離れた。

…ただしクレイルは本来王都付の立場でありここに残るという。



もうじきに夕食の時間となる。

クレイルへの挨拶と、仲間たちに明日の出発の告知をしに行かねばならない。


少し足早に、皆を探し始めた。


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