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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
115/262

18

翌朝早朝。


正門に集まる2国の兵たちを前に、一段高い台の上に立っていた。


ラヴァル曰く。

指揮者が倒れていたのだから復帰の報告くらいはすべき、との事だった。

体調は良好だ。

しかしその調子が外れてしまうような気分を振り払い、大きく息を吸い込む。


「先ず、先行きの不安を抱かせた事を詫びる。先日の折、俺の班は2人の犠牲の上に自分までも傷を負って倒れた。その他にも両国で死者が8名出たと聞いている。

その犠牲を乗り越え、この街を死人共から完全に取り返すには、あと幾ばくかの皆の助力が必要だ。

俺も今日からは前線に復帰する。倒れていた間の仕事を取り返すつもりだ。

……山場は超えたと考えているが、もう少しの間、俺に従ってくれ。皆の力を貸してくれ」


まばらな拍手。

遠巻きに眺める仲間の少しにやけた視線。

そこに並ぶ、昨晩俺の顔を腫らしてくれた一際体格のいい男と、その隣の赤いローブを着た魔術師。

2人が盛大に吹き出しているのが見えた。


解散を告げ、少し肩を落として段から降りる。

結構うまく喋れたつもりだったのだが。

「リューン様、この前よりもずっと上手ですよ?」

遠慮がちなレイスの言葉に、もうやめてくれと答えるのが精一杯だった。



気を取り直し、昨日確認したラヴァルの配置とさほど変わらない組み合わせで午前の部隊を送り出す。



俺はその中に自分を含めていた。

場合によっては以降は指揮だけというやり口も考えたが、未だ今回の作業には加わった事がない。

ほぼ同様の作業を先に立ち寄った村で行ってはいたが、念のため再度感覚を掴みたかった。

必要であれば午後の部隊にも加わる事も構わないが、このままではその加減もわからない。


「レイス、行ってくる。ちゃんと休んでおけよ。午後はお前達が出るようになる」

その言葉に少し心配そうに頷く彼女へ苦笑いを見せ、門を出た。


人員の配置を見て、少し不安要素がある箇所に自分を配置するつもりだったのだが。

スライの班がその当人を入れて3人だけの構成となっていた。

もう多数で囲まれる懸念も無く不安も感じないが、その他の班の人数が基本5人である事を考慮してそこを選んだ。

……決して昨晩言われた事を気にかけている訳ではない。


「あんだよ、お前一緒に来るのか?」

「嫌かよ。敵の前に押し出すぞ?」

「お前本当にやりそうだもんな……」

「流石にやらないだろ……」

やはりどうしようもないやり取りに、正規兵の2人が苦笑している。


「よし。さっさと行こう。うまくすれば昼前には戻れる」

「おう。こいつ、殺しても死なないから盾にしようぜ」

どうも大事にする気が湧かないが。



淡々と家屋を1軒ずつ確認して回る。

時折遭遇すると聞いていたが、先日のようにそこかしこで遭遇する状況ではない。

しかし慣れない他人の家屋へ盗賊のように侵入し、そこに誰もいないかを確認するというのは、比較的勇気のいる作業だった。

何しろ普通の生活空間の中で、ふと開けた扉の向こうに彼らが立っている可能性がある。


しかしひたすら開く扉の先で転がる腐乱死体を幾度も眺め続けると、もはやこの街に俺たち以外に立っている者などいないのではないかというような気分になってくる。



それは恐らく20軒目あたり。

内部を確認した家屋の前の石畳に、大きく刷毛で丸を書いて再び缶に放り込む。

その缶を手に、立ち上がった時だった。


「うおおっ!」

スライともう1人が中を確認していた建物の2階から、金髪の半ば悲鳴のような声が響く。

そして続く、聞きなれた絶叫。


冗談ではない。

先日助けられておきながら、今度は礼に彼の死体を運ぶなどというのは勘弁だろう。

その家屋に駆け寄り、扉を引いて建物に飛び込む。

頭上で硝子の割れる鋭い音が響いたのはその直後だった。

反射的に少し身を屈めた俺のすぐ後ろに、ばらばらの硝子と一緒に中年の女性が降ってきた。


べしゃり、というあまり気分の良くない音に振り返る。

地面に叩きつけられながらも、のろのろと立ち上がろうとするそれに近づき、起き上がる前にその頭を切り落とした。


窓を見上げた。

「おいスライ! 大丈夫か?」

「くっそ脅かしやがって。頭きてこいつでぶん殴ってやった!」

窓からこちらを覗き、大切な筈の杖を構えるその姿。

それを見て俺は悟った。正確には再認識したと言うべきか。

この程度であれば、間違いなく大事にする必要がない。

それは昨日のライネの言葉とはまた意味が違うのだろうが。


「あんなもん落としやがって。危ないだろ」

「んな事言ったってしょうがねえじゃねぇか」

階段を下りてくるその憮然とした表情に吹き出した。


「あんだよ?」

「いや。やっぱりお前、剣使えよ。余ってるぞ?」

「だから俺は魔術師だって言ってるだろ……」

苦笑いしながらもう何度目かもわからないやり取りを終え、再び淡々と予定の範囲の家屋を回る。



歩き回らない死体ばかりを確認しながら、冒頭の言葉通り俺たちが再び門をくぐったのは昼前の事だった。





少し安心したような表情のレイスの隣でまっとうな食事を口に運ぶ。

先に食べ終えたらしい彼女がその様を横からずっと眺めている。


「なぁ。あまり見られていると食べづらい」

「大丈夫です、気にしないでください」

笑顔を返す彼女に、斜め前を小さく指さして見せる。


「……ほら、あっち見てろって」

斜向かいに座ったクレイルが、隣に並ぶスライに皿の肉を奪われる所だった。

それを奪い返そうとするクレイル。

悪乗りしたヒルダが、やはりクレイルの皿から肉を1枚抜いているのを俺は見逃さなかった。

結局、軽く微笑みながら再び戻る彼女の視線。

それに困った顔をしながら食事を終えた。





午前の部隊が好き勝手なやり方で休憩し始める中、午後の部隊を順に送り出す。


「クレイル、気をつけろよ」

「無理です。何かあったらスライさんのせいですね」

……食べ物の恨みは恐ろしい。

スライへの食べ物の配布で怒らせたことがあったような気がする。

そのどうでもいいような記憶を払いのけ、やり取りに笑っているヒルダに話しかけた。


「ヒルダ、彼女を頼む。お前に頼むのが一番間違いなさそうだ」

「大丈夫。レイスは恩人だからね。命に代えても守るよ」

これ以上ないような言葉を返されつつ、しかし共に同行するクレイルからの悲しそうな抗議にも似た眼差しを無視して彼らを送り出す。


「レイス、気をつけろよ。近づかれなければお前は負けない。分かってるな?」

「大丈夫です。リューン様こそ本当に無理しないで下さい」

「いつも無理なんてしてないって」

「……。」

その場にいる全員から何を言っているんだとでも言いたげな視線を受け、苦笑いしながら自分が合流する班の方へ向かった。



自分が合流する班。

戦力に不安がある訳ではない、という前置き付きで午後の部隊にも混ざる事にしていた。

寝込んでいた負い目と、必要以上に休んだために有り余った体力が俺にそうさせていた。


やはり基本的に4人から5人で人員が組まれている。

恐らくその割り振りは彼ら自身が一番よく理解した戦力の均等な配分なのだろう。

そしてその恐らく一番脆弱であると思われる班に加わらせてもらう。

本音を言えばレイスと同じ班に加わりたい所だが、流石にこの流れで我儘を言うのは……客観的に見て有り得ないと考えた結果だった。





つい先程歩いた道から外れ、また違う区画に差し掛かった。

「戦った相手ってどういう奴だったんすか?」

「大斧とでかい盾持った奴だ。あいつら馬鹿力だから大物扱わせると厄介だ」

「俺もあの日、当たり所が悪かったらしくて槍掴まれて大変だったんすよ。ほんとあいつら馬鹿力で、槍持ったまま振り回されそうになって――」

「長物は一撃で仕留めないと厄介だよな。その一撃で取れれば一番楽だが」


「でも、怪我して少しよかったっす」

「……?」

「あのライネさんて人、すっごい優しいんすよ。リューンさんは寝てたからわからないかもしれないすけど、俺は奥さん貰うならあんな人がいっすねぇ。よかったら紹介して貰えませんか?俺、人にあんなに優しくされたの――」

「ちょっと……。悪いけど俺からは無理だな」

やたらと喋る若い短槍使いとの会話を打ち切るように、1軒目の扉に手をかけた。



淡々と作業を進め、不死者と遭遇することもなく作業は順調に進む。

何軒確認したのか数えるのをやめて久しい頃。

これで最後にしよう、などと言いつつ扉に手をかける。



それはさして特徴があるでもない家だった。


再び神経を集中し、扉を開く。

散らかったテーブルの置かれた部屋、続く隣室を確認して階段を上る。

1部屋目のさして荒れた様子もない雰囲気に扉を閉じ、隣の扉を開けた。



窓際に置かれたベッド。

そこに横たわる年配の女の遺体、その胸に刃物が突き刺さっている。

そしてそこに覆い被さるように倒れ込んでいる、恐らくはその夫であろう遺体。

確認すると、その胸に自ら突き立てたのであろう小ぶりな包丁が突き刺さっていた。

……握られた2人の左手。


男性の見開かれた眼をそっと閉じる。

この小振りな刃物では、命を落とすまで相当に苦しかっただろう。

それを知っていたかはわからないが、恐ろしく勇気のいる作業だった筈だ。

年老いた勇者の救いの無いその光景に、頭を掻きながら大きく溜息をつく。



降りてこない俺を探しに来たらしい、先程の短槍使いが部屋に入ってくる。

「どうしたんすか?」

「ああ……悪いな。特に何もない。そろそろ戻ろう」

声をかける先、無言でその光景を眺める彼の肩を叩いた。



門を出る折とは真逆に、黙って歩く青年。

「気にするな。だけどこの先、お前の手がああいう人間を守るかもしれない。頑張ってくれよな」

「……はい」


重い空気を湛えながらも、本日2度目の帰還を遂げた。





時折怪我人は出るものの、1人の犠牲者を出す事もなく探索作業は順調に進む。


各部隊が実際に回った範囲を確認して地図に書き加え、それが町のほぼ全体を網羅する頃。

本国から、工兵の部隊が到着した。


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