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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
114/262

17

部屋を出て廊下を通り抜け、再び表に出る。

先程、皆で座り込んでいた辺りに人影が見えた。


「……ライネ?何やってんだ?」

恐らく予期せぬ所へ突然かけてしまった声。

それに驚きと少しの恐怖のような表情を見せられ、思わず一歩下がった。


「リューンさん。こんな時間に何をしているんです。ちゃんと休んでください」

「いや、眠れなかったから散歩しているだけなんだ。邪魔して悪かった」

「別に邪魔も何もありませんけど……」


なんというか。

少し気まずい空気だった。

思い返せば彼女と初めて出会った時、俺の足元にはその俺自身によってぼろ雑巾のようにされた若い騎士が倒れていた。

その彼の傷を癒したのも彼女だった筈だ。

それなりの理由もあったが、そういった最初の印象は消えない。

一人で俺を目の前にしたとき、先程のような表情を浮かべるのも無理はないだろう。

……それでも、彼女が俺の命の恩人である事に変わりはない。


「下手すればレイスと、遅れてきたスライにも襲い掛かっていたかもしれない。本当に助かった。ライネこそ早く休んだほうがいい。縁起でもないが……また忙しくなるかもわからないしな」

改めて言いたい事だけを伝え歩き出そうとする俺を、今の言葉で何か思い出したような彼女が呼び止める。


「リューンさん。所で」

「……所で?」

眉間に皺をよせ、少し考え込んでいるような表情。


「スライさん、もう少し大事にするべきだと思いますよ?」

「えっ?」

「……。」

「あぁ。大事に」

思わず少し上ずった声で答えていた。

あいつはあんな感じでいいと思う、などと適当に答えようとする俺を見つめる真面目な視線。

言葉に詰まる。


「そうするべきです。あの時もスライさんがあなたの事、背負ってきたんですよ?」

「わ、わかった……」


ライネは満足したような表情で立ち上がると、軽く頭を下げて行ってしまった。

先程のような恐怖が入り混じった顔でなかったのが救いだ。


そして。

確かに雑な扱いをしてきたが……。

なんとなく昔からああいった調子の付き合い方をしていた。

彼女がこの短期間で客観的に見ても気になる程だったのだろう。

……少し考え込む。






なんというか釈然としない気持ちでその場で立ち尽くす俺に、声をかける者があった。


「よう、何やってんだよ」

先程も聞いたような野太い声。


「あぁ、説教というか何というか」

容易に想像できるその姿を想定して振り替える。

想定通りのがっしりとした体格。

グレトナが動きやすそうな格好で立っている。

……そしてその少し後ろに、レイスがいた。


「お前、こんな夜更けに女と話し込んでるのか?」

楽しくて堪らないといった顔のグレトナ、そしてその後ろに立つレイスの何とも言えない表情。


「違う。少し文句を言われていた。というかなんでお前ら」

「お前の部屋に行ったけど居ないから探してたんだってよ。そこに俺が通りかかった。それだけだぞ?」

相変わらず楽しそうな表情のグレトナから視線を外すと、レイスが少し白けた顔でこちらを見ている。


「だから本当に違うんだって……」

絞り出すような声を上げる俺に、グレトナはますます楽しそうな顔をしている。


「なんだよ、そんな元気があるなら少し遊べって。な?」

「……。」



結局、何も言わないレイスを尻目に、この夜更けから隣国の騎士と殴りあう羽目になった。




鋭い左手の突きが牽制してくる。

顔の前に上げゆるく握った両手が、それを当たるに任せるようにして受け止めていた。

数発の後、体を捻りながら突き出される鋭い右拳。

軽く左に動きながらそれをかわし、軽く引いた右足を胴に叩き込む。

グレトナは軽く口の端を上げながら左腕でそれを受け止め、再び鋭い左拳が俺の顔を狙って打ち出される。


「なんだ?随分慎重じゃねえか」

「どうも体が重いんだよ。まぁ安心しろ、すぐ泣かしてやる」

その言葉を言い終える前に振り出されるグレトナの右足。

それを先程のグレトナと同じように左腕が受け止め、その脚が戻りきらないうちに右足を再び蹴り出す。

再び左腕を下げるグレトナ。

右足を叩き込む寸前で軌道を変え、下げた左腕の上、グレトナの頭を蹴り飛ばす…筈だったが。

側頭部を蹴り込む筈だった俺の右足を、グレトナの大きな右手が受け止めていた。


「危ねぇなおい」

「…今のは取ったと思ったんだけどな」



空には真円を描く月が明るく、その周りには星々が輝いている。

見慣れていてそれを意識する事など殆どないが、意識してそれを見たとすれば。

美しい、と感想を述べるだろう。



そして真下にはその対極があった。

大の男が2人。汗だくで薄笑いを浮かべ荒い息を吐いている。

先程から共に決定打に至る事もなく、手足の末端ばかりを痛めていた。


「だいぶ体が軽くなってきた。そろそろだな」

「さっきから一向に泣く気にならねぇぞ?」

「うるさい」

再び突き出される左拳が軽く触れる。

それを左手が掴んだ。

引き戻そうとするそれを軽くは離さず、強く引かれた瞬間にグレトナの右側に深く入り込む。

そこを狙って突き出される右拳を受け流しながら間合いを詰めた。

舌打ちを聞きながら左手で右肘、次いで右腕で左肩を掴む。

ほぼ密着している大勢から一度押して体制を崩し……自由があまり聞かないはずのグレトナの左拳が俺の顔を打ち抜いた。

それを半ば無視するように、再度グレトナの体を引きながら体を回転させて背負う。


重たい物が地面に落ちるような音。

比喩でなく事実だが。


「…どうだ」

「ずいぶん時間かかってるじゃねえか」

「負けた癖に」

「うるせぇ」

差し出す右手。

それを握る重い体を強く引きあげる。


「どうだよ。調子出たか?」

「……悪い。気を使わせた」

「明日から復帰だろ?調子も出ないうちに死なれても気分悪いしな」

「本調子ならいいのかよ。それに、こんな所で死ぬ訳にいかない」

「死に掛けてたじゃねぇかよお前……」

「……。」


すっかり体は調子を取り戻し、違和感など微塵も感じない。

このまま戦いにでも出られそうだ。





その彼らから少し離れた所。

汗だくの男2人が笑いあう不気味な様を見つめている3つの瞳があった。

1人は先程グレトナと共にここへ来て、目の前で始まった仕様もないやり取りを見せられる羽目になったレイス。

もう1人は戻りが遅い兄を探しに来たロシェルだった。


なんとなしにレイスの隣に並んだロシェルだったが、彼女もレイスと同じく他人と無為な話をするのが得意な訳でもなかった。

そうでなくともこの状況に何を述べろというのか。


2人は互いに目的の2人を眺めていたが、やがてそれにも飽きてきた。

共にすっかり飽きた頃、2人の男は握手と笑顔をかわす。

丁度それは。

それを眺める羽目になった2人が何となしに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる所だった。


そしてその直後にかかる声。

「レイス、待たせた」

「悪かったなロシェル。もう戻る」


2人は顔を見合わせ、完全に噴き出していた。







レイスが眠る部屋に登る階段。

そこに座り込み、先程無理な体勢から殴られた右目を彼女に見せていた。

俺の少し腫れた右目の辺りに細い指で触れながら、彼女が思い出したように苦笑いを浮かべる。

「あの人、ロシェルさんでしたっけ。やさしい人ですね」

「やさしい?本気かよ。俺はおっかない印象だけどな」

「あぁ。結構腫れてますよ。何しているんですか……」

「あいつ、あんな体勢から殴るかよ。普通は振りほどくだろ」


「明日、ライネさんに直して貰ってから出掛けた方がいいんじゃないですか?」

「……いや、大丈夫だ。やめておく」

「やっぱり何かあるんですか?」

「本当に何もないって。そんな事より用があって来たんじゃなかったのか?」

「……今日はもういいですよ」

そう言いながら少し呆れたように微笑むレイスが、その右腕で俺の頭を軽く抱く。

彼女の決して豊かとはいえない胸に抱かれながら、目を閉じてその腰に左手を回し、大きく長い息を吐く。



結局、彼女の口からは何も聞けていない。

しかし、じきにこの仕事も終わる。

それがどんな言葉であれ受け止めるつもりだ。

以前のように、延々と彼女を待たせたりはしない……と思う。



暫くの後、どちらともなくその手を離した。

照れ隠しに薄い笑いを浮かべながら立ち上がる。


「リューン様、おやすみなさい。また明日」

「あぁ。おやすみ。また明日な」


それ以上の会話を交わすでもなく自分の部屋に戻ると、再び寝心地の悪いベッドに軽くなった体を横たえた。



見慣れない天井。今度はそれを延々と眺めることもなく。

俺はやたらと長く感じる半日を終えた。


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