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もうじきに午後の探索に出ている部隊が戻る頃だと別れ際にグレトナから聞いた俺は、彼らが戻る門へと向かう。
そこで待機していた兵達に一連の礼を述べる間にも、通りの先に数人が見えてきていた。
戻った彼ら、次いで戻るマルト王国の兵達にも同様に簡単な礼を述べながら待つ。
日が落ちる少し前に、やっと戻ってくる見知った顔達。
その中でも最も見慣れた隻眼の少女がこちらを見た…そして。
彼女は列から外れて走り出す。
このままいくと飛びついて来そうな勢いだ。
この集団の中、流石にそれは恥ずかしい。
しかも俺は、先程まで何も出来ずにただ寝込んでいたのだ。
思わず一歩後ずさりする俺を見て当人も途中で気付いたらしい。
途中で立ち止まると振り向き、今度は抜け出てきた彼らが追い付くのを待っている。
それを見ながら、思わず顔に掌を当てていた。
結局。
レイスが俺の前に着いたのは、一緒に歩いていた彼らと同時だった。
「悪かったな。随分と休ませて貰った」
「あれ。もう大丈夫なの?」
「死にかけを休みとは言わないでしょう…」
その中で右目を潤ませる一人に視線を向けないようにしながら、呆れ顔の彼らに再度礼を述べる。
しかし程なく夕食の時刻でもあり、詳しい話は後程として一度解散する事にした。
記憶の中では死体ばかりが転がっていた城壁内の道。
一度部屋に戻るため、ゆっくりと歩く後ろを少し離れて彼女が着いてくる。
「気が付いたらみんな片付いていた。心配かけて悪かったな」
「…はい」
小さな返事を聞きながら長い廊下を歩き、先程まで眠っていたおそらくは自分に割り当てられた部屋の戸を開ける。
それとほぼ同時に、背中にレイスが抱き着いてきた。
…胸のあたりに回された彼女の右手を掴み、体の向きを変えて彼女の細い体をこちらからも抱きしめる。
逆らわず、俯くよう胸に顔を押しあてる彼女の肩が震えていた。
「悪かった。まさかあんなにひどい事になるとは思わなかった」
「…すみません…私のせいです。本当に…死んでしまったかと…」
「そう簡単にくたばりやしない。というか心配事があって死ぬに死ねない、だな」
軽い受け答えをして見せたが、顔を上げた彼女の目からはぼろぼろと涙がこぼれている。
それを指先で拭いながら微笑んで見せた。
「思い出した。あの時も泣いてたな。こうしようと思ったら腕が動かなくてな」
更に溢れる涙。
明らかに逆効果だったその言葉に、彼女は再び顔を胸に埋めた。
その肩の震えが収まるのを髪を撫でながら待つ。
今、俺の左腕が抱いている彼女の華奢な肩は、絶対的な自分の行動原理だ。
それを再認識し、胸の彼女の髪に頬を寄せた。
「なぁレイス、ちゃんと生きてるしもう大丈夫だ。泣くなって」
無言で頷く彼女の涙が収まり…涙と鼻水でびしょ濡れになったシャツを俺が着替えている頃。
それは、夕食がすっかり片付けられた頃だった。
「…まずい」
「…すみません」
粉と油で出来た携帯食を口に放り込み、それを水で流し込んだ。
隣で腫れぼったい目をしたレイスが眉間に皺を寄せながら同じくそれを飲み込む。
俺達二人は結局夕食にありつけず、残っていた保管食を口にしていた。
苦笑いしながらその様を眺める見慣れた面々。
やはり見知った仲間内で集まり、火を囲んでいた。
先程から俺が眠りこけていた間の出来事を聞いている。
あの守備兵長と思われた彼が守っていた先で領主一家と思わしき腐乱した肉塊を見つけた事。
俺たち以外にもそこそこの犠牲が出た事。
…食堂と思しき部屋に何故か大挙して詰めていた守備兵達、そこに飛び込んでしまった数名が全滅したらしい。その音に駆けつけたグレトナの班が、建物の一角ごと数発の魔法で吹き飛ばしたという。
それでも夕方には全ての箇所の探索を終えたが、当日は俺も含めた負傷者と死亡者の対応でかなり大変だったようだ。
恐らくその大変だったの筆頭であろうライネには、順番が遅くなってしまったが最大限の礼を伝えた。
当日から精神力を使い果たすまでひたすら癒しを続け、疲れ切って横になるのを昨日の夜まで繰り返していたらしい。
どう表現するか迷っているような表情の後、彼女がこう評する。
「よく生き永らえました。普通なら死んでいます」
「あぁライネ、そいつ普通じゃねぇから気にすんな。多分、殺しても死なねぇよ」
そこへのスライのひどい物言いに返す言葉がない。
「比較的丈夫なのは自覚しているけど、人並みの域は出ない程度だろ?仲間に恵まれただけだ。ラヴァルもそう言っていた」
そんな言葉を返す俺に、スライがそうだろ?とでも言いたげな顔をしている。
その顔に、珍しく楽しそうに笑うヒルダ。
「そんなおだてても、また明日から必死に働いて貰うけどね」
「わかってる。体もなまるし明日から復帰するから大丈夫だ。眠っていた分、余計に働かないとな」
その言葉に、隣からの不安げな視線も感じるが…。
そう遅くなるでもなく、再び解散となった。
レイスほか2名の女性陣は2階の少し豪華な大部屋を使っているらしい。
別れた俺たちはさっさと他の兵達と並びの2人1部屋の寝床に向かう。
病人扱いされていた関係で、俺には一人部屋が割り当てられていた。
本来はそういった事も俺が決めるべきだったのだろうか。
不満げな顔をしながらスライとクレイルが隣の部屋へ入っていく。
「こいつ、口開けっ放しで寝るから気になるんだよ…」
「スライさんこそ夜中に変な声出して起きるのやめてください。毎回こっちも目が覚めるんですから」
「知らねぇよ。お前、目なんか覚まさねぇじゃねぇか」
相変わらず仲がいい2人を放っておき、さっさと部屋に入った。
部屋に入り、明日に備えて装備を確認する。
主武装であった小手。
…左手がしっかり壊れている。潰れた感触があったので驚くような事はないが。
とはいえ、なんとか使用には耐えるだろう。忘れて左手で殴らないように気を付ける必要があるが。
次いで2振りの剣。
魔力の込められた1振りについては問題がないようだ。
問題は古いもう1振りだ。当初から予備程度に考えていたが…。
その刃はもう鋸刃のようにこぼれが目立ち、手入れをしなければ刃物として取り扱うには苦しいだろう。
肩の後ろというのも取り出しやすいが、正直動くのに少し邪魔でもあった。
山場を越えた感もある。明日からは不要だろう。
革の簡単な鎧に目を落とす。
先日更新した物だが…それなりの痛みが出ている。
結局世話になった事は無かったが、今回派手に一撃された結果、全体的にどうも歪んでいる。
まぁ大丈夫だろう。そのうちに湿気を吸って戻る筈だ。
確認を終えた武具達を余ったベッドの上に並べて眺め、それに満足した俺は再び横になった。
見上げる見慣れない天井。少し疼くような身体。
……生あくびを繰り返すばかりで一向に眠れない。
結局、数日眠っていたので仕方ないと結論付けた俺は、少し散歩する事にした。




