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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
112/262

15

沈んでいた意識は、身体中の鈍い痛みで呼び戻された。


どれほどの時間が経ったのだろうか。

窓から覗く景色はまだ明るい。

…如何程の時間も経っていないように思える。


ひたすら重い体に輪をかける鈍痛が、起き上がるという行為に多少の勇気を求めている。

いまだ覚め切らない意識からはその勇気も湧かず、ぼんやりと見慣れない天井を眺めていた。



ここはおそらく、この建物に侵入した折に俺達が確認して回った守備兵達の部屋だろう。

俺達という言葉に後ろめたい気持ちを思い出す。

一緒に回った2人は、ただの肉塊へとその姿を変えていた。

彼らの事を考えると…いつまでもここで寝転がっている訳にもいかない。


ひどく重い体を動かしにかかる。

左手を目の前に掲げてみた。

潰れていたはずの指は真っすぐに伸び、なんら不自由なく動く。

次いであちこちで折れていると思っていた筈の両腕。…こちらも素直に動いてくれた。

後でライネに礼を言わなければ、などと考えながらゆっくりと上半身を起こし大きく息を吐く。

体のあちこちが痛むが、動かないような場所はなさそうだ。


問題なく動く身体。

そして、少しの違和感。

その違和感の正体は、すぐに判明するのだが。


俺が首を傾げ始めたころ、ゆっくりと部屋の扉が開いた。

少し疲れた顔のスライが部屋に入った所で悲鳴じみた声を上げた。


「うわっ!なんだよお前!」

「…なんだよって。そんなに驚くなよ」

「驚くに決まってるじゃねぇか。大丈夫かよ?」

「あぁもう大丈夫だ。どれくらい寝ていた? 早く戻らないと…」

その言葉に呆れた顔をしながらスライが答えた。




「どこに戻る気だよ。お前、もう3日間眠りっぱなしだったんだぞ?」

「……は?」

「は?じゃねえよ。大変だったんだ。そもそも俺がここにいる時点で気付けよ…」

目を見開いて呆然としている俺に、スライが説明する。



まず状況。

グレトナの言葉通り、あの日のうちにこの城壁内は完全に確保されていた。

町の外周の各門を閉鎖していた部隊が入れ替えられ、拠点をここに移し、今は逆に町の中の各家屋の調査が進められているという。

時折遭遇する不死者達を片付けつつも事は順調に運んでいるらしい。

現在総指揮をしているのはラヴァルで、グレトナを始めとするマルト王国の連中もそれに文句を言うでもなく方針に従っているという。


そして俺自身について。

両腕と右足、ついでに腰骨まで折れていた。

それよりも体の中身に損傷があったらしく、放っておけば当然あのまま死んでいたらしい。

それをライネの癒しで一命を取り留めたという。

負傷者は他にも当然いた訳で、彼らにも対応した上で更に連日その精神力の限界まで癒しを施され、

その結果が、打撲程度の痛みだけが残るこの状況との事だった。


心からの感謝と同時に、あのまま命を落としていれば自分も不死者の仲間入りをしていたかもしれないことを考えると、背筋がうすら寒くなる話だ。

…勿論、自分の事ではない。

恐らくその折には、一番近くにいたであろう彼女を襲っていたであろう状況が、だ。


そして、見渡す視界に彼女は居ない。


「スライ。悪いんだが…」

「レイスか?本当に大変だった。あのな…」

俺が意識を失った後、泣き喚くレイスの声を聞いたスライの班が現地に到着して俺を確保したらしい。

彼女は俺が死んだものと思ったらしく、お願いだから首を飛ばさないでくれと言って俺にしがみ付いて離れない。

それを引き剥がして確認してみれば瀕死の状態で、彼女を怒鳴りつけてライネの所まで運んだという事だった。


「…悪かった、というか。ありがとう」

「やめろよ気持ち悪い。それは構わねぇんだけどよ。お前ゲロ臭くてなぁ…」

スライがその顔をひどく歪めている。


「そりゃ悪かったな。本当に」

「それでそのレイスは今、町の掃除の班に出てる。そのうち戻るだろうから顔見せてやれよ。放っといてもここに来るだろうが」

その言葉に顔を歪める俺に、さらに呆れた顔のスライが続ける。


「安心しろよ。クレイルとヒルダを一緒に回らせてる。あの爺さんは分けて配置したかったらしいが俺から頼み込んだ」

「今はラヴァルが指揮を?」

「そうだ。お前が寝込んでいて、その上が居るんだから当然だろ」

「…なんていうか。本当に礼を言う。ありがとう。スライ」

「だから気持ち悪いからやめろって。俺よりも他に色々礼を言う所があんだろ」


「わかった。あちこち頭を下げに行かないといけないな」

「ま、精々頭下げるといい」


もう一度心の中で見慣れた金髪に礼を言いながら、安物のベッドから立ち上がる。


やはり体中が鈍く痛む。

しかし…魔力で無理に治療した挙句に全く動かしていなかった体が軋んでいる、というのが正しいのだろう。

違和感はその程度の話で、おそらく不具合と呼べるものは抱えていない。

自分の事ながら呆れつつ体を軽く動かすと、俺は部屋を後にした。






ラヴァルを訪ねてホールへ向かう。

置かれた大きなテーブルに広げられた地図。

それを眺める姿を見つけ、声をかけた。


「ラヴァルさん。すみませんでした。もう大丈夫です」

「ああ。もういいのか?」

「はい。明日から前線に戻ります」

「…死に掛けていたと聞いたが?」


「ほぼ完治しています。問題ないですね」

「仲間に救われたな。連れ帰ったのもお前の仲間だろう?」

「そうですね。頼りにしてます」

「うちに欲しい位だな」

軽く笑うラヴァル。

しかし俺を拾って戻った当人は、少なくともヴァンゼル家の名が付く所にはどれだけ呼ばれてもそれを聞き流すだけだろう。


再び地図に視線を落とし、その上で指を滑らせる。

「今度は家屋も含めてた再捜索を行っている。ここまでは済んでいる。今日は……」

地図に視線を落とす。

極めて順調に事が運んでいる証拠に、毎日の捜索済み範囲は結構な速さで広がっている。

更に数日後には本国から工兵という名の、死体片付けの増員が到着するとの事だった。

一通りの説明を受けて顔を上げると。

…後は頼んだ、とでも言うように歩き出そうとしていた。


「ちょ、ちょっと待って下さい」

「なんだ、わからない所があるか?」

「ここまで進めた物を途中で受け取るのは…」

「だからここで武勲を立てさせてやると言っている。お前が全て仕切った。それでいいな?老兵は静かに消えるものだ。もう勲章なんぞ、うんざりだしな」

そう言って笑いながら、歩き出すラヴァル。


返す言葉もなく。

結局、言いたい事を一方的に言われたままで一人残されてしまった。








誰もいないホールでただ地図を眺める。

なんというか。

いいように言いくるめられた感も無くはないが。


大きくため息をつく。

おそらく今の自分がやるべき事である、明日からの人員の配置と探索の範囲を考え始めた。


しばらく思案を巡らす俺のもとへ、離れていても聞こえるどすどすという足音が近づいてくる。

そして随分と久しぶりな気もする野太い声がホールに響く。

「ラヴァルさんよ、明日からはもう少し……おいなんだ。もう大丈夫なのか?」

地図から上げる視線の先。

濃紺の鎧。大柄な体と押しの強そうな顔。

マルト王国の騎士、グレトナが笑っていた。


「お蔭さまで大丈夫だ。情けない所を見られた」

「誰だよ縄解いたやつ」

「今回は縛られてないだろ…」

「だから言ってやったんだ。縛っておくと喜ぶって」

また勘違いされるような事を…。


「明日には復帰できそうか?家の数が多くて人数が全然足りてない」

「俺は大丈夫だ。今からでもいい程度には休ませて貰ったと思っている」

「まぁ生きていて良かったな。せっかく用意させた報酬も台無しになる」

報酬。

これを終えればパドルアでの騎士・貴族としての生活を与えられるという話だった。

本音を言えば、命懸けで働かなくてもよい事以上の望みもなく、騎士階級などもどうだっていいのだが。


「確かに。死んでいたら報酬も階級も必要ない」

「払う側はそれが望みだったかもしれないけどな」

「…否定できないな」

先ほどのラヴァルの顔を思い出す。

まさかあの老騎士が、そんな事を考えていたとは思いたくないが…。


「安心しろ。あの爺さんは本音でお前に功績やりたかったみたいで随分と心配していたぞ。なんとなく成り上がった奴は叩かれる。武勲でもあればそのあたりだいぶ違うが、死んでりゃ世話ない」

そう言いながらグレトナが再び大きく笑う。


「…しかし面倒くさい世界だな」

「本当、面倒くさいぞ。俺もそのうちに殴り倒してやろうと思う奴がいくらでもいる。そういう世界だ。覚悟しろよな。あぁそうだ。面倒くさくなったらうちに来いよな?」

何度目かの誘いに苦笑する。


「グレトナ。所でお前たちはいつまでこれに付き合うんだ?」

「なんだよ、事がすんだらさっさと帰らせるつもりか?」

「いや、そういうんじゃない。単純に…」

「冗談だ。だが、もうじきに俺たちは戻る。クラストも工兵なんかの増援が来るんだろ?…ここに居ても、手伝えるのは死体の片付けになりそうだからな」

流石に顔を歪めている。


「そうか。またゆっくり話でもできるかと思ったんだけどな」

「まぁいいじゃねぇか。うまくすりゃ、お前が遊びに来られるようにでもなるだろ。…そんな事よりだな」

「……?」

「今晩、暇か?」

目の前でその両拳を構えてみせるグレトナ。


「…いや。あまり気が進まないな」

先程目覚めた折の気分がそれを制止する。


「あぁそうかい。まぁしょうがねぇ。気が乗ったら声かけろよな」

ひどく残念そうな声を出すグレトナにひとしきり詫びた。



暫く地図を眺めながら簡単な打ち合わせを終え、仲間の元へ戻るグレトナと共にホールから出た。


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