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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
111/262

14

一歩下がっていた正規兵二人が隣に並んだ。


「長いな。距離に気をつけろ」

「あれは痛そうですね」

「痛いで済めば儲け物だろ」

「せめて腕の一本くらいにして欲しいよな」

軽口を交わしながら念の為、私見を伝える。


「囲むぞ。レイス、頼んだ」

後衛の魔術師に声を掛けながら左右に広がる。

今まで俺が立っていた場所を通り抜ける氷の槍、それを掲げた盾で弾きながらそのまま歩みを進める不死者。

それを囲むように距離を詰めた。


レイスに視線を送り、彼女がその手を止めた瞬間。

一気に距離を詰めた。


後ろに目でもついているのか、それに合わせてこちらに大斧を振るう巨体。

その速度に、大斧が振り回される範囲に入る寸前で思わず足を止めてしまう。


大斧と盾を同時に扱っていたのだ、元々腕力にも優れていたのだろう。

しかし動きの鈍さを付け込む当てにしていたのだが、不死者となり鈍くなった筈の動きは増された腕力によって逆に鋭くなっているようにさえ思えた。

風を切る音を立てながら目の前を通り過ぎる大斧。

その斧が左前で長剣を構えていた青年に伸びる。

彼はその突拍子もない動きに対応しきれず構えた長剣ごと、上半身を吹き飛ばされた。


飛び散る肉片となった彼の足が崩れ落ちるよりも前に、残る数歩を一気に詰めて行く。

予想以上に早く戻る大斧が横薙ぎに迫るのを姿勢を下げてかわした。

床に着いた掌も前進する力にし、更に間合いを詰めながら腰の青白い刀身を引き抜く。


手首を返しながら切りつけるその手元。

少し華奢な青白い刀身は、魔力が込められていたらしい大斧の翻る柄によって今までにない勢いで弾き返された。

その重量の差で、もう少しで俺の手から離れてしまいそうになる。

舌打ちしながら再びこちらに戻る大斧の圏外へ大きく飛び退いた。

再び目の前を大斧が通り過ぎる。


右手が少し痺れていた。

この馬鹿力が、などと心の中で毒付いている俺の視線の先。


目の前の守備兵長。

その先で無表情にこちらを見詰めるレイス。

そしてその更に先。

先程通り過ぎた扉のひとつがゆっくりと開いた。


その扉から、小奇麗な服装をした子供がゆっくりと歩み出てきた。

その胸から小剣の柄を生やしている。

俺を見詰めていたレイスがその視線の動きを見て、下げていた腕を上げながら振り向く。

あっちは任せて大丈夫だろう。


再び目の前の守備兵長との間合いを詰める。

もう腕を落とすなどという回りくどい事は止め、その巨木のような胴体に右の拳を突き立てる。

胴体をへこまされてなお体を捩って繰り出された大斧の柄が、半歩下がった俺の目の前を通り過ぎた。

再び踏み込みながら体重を乗せた一撃で脇腹を打ち上げ、少し体勢を崩す守備兵長の動きを見る視線の端。



レイスが腕の周りに氷の槍を浮かべたまま、目を見開いてその子供を見詰めている。

そのレイスにゆっくりと歩み寄る子供。

背中から刀身の大半を突き出したまま悲しそうな表情を貼り付け、その小さな手をレイスの華奢な腕に伸ばしていく。


「おいっ!何やってんだ!」

思わず叫びながら駆け出していた。

姿勢を下げ、目の前の大きな盾の脇をすり抜ける。


すぐ後ろで斧を振りかぶったであろう守備兵長に、もう1人の正規兵が長柄の斧を叩きつける音。

そしてそれに続き、恐らくは大斧が彼を屠ったのであろう音。

それを背中で聞きながら足が床を蹴る。



目を大きく見開いたままのレイス。

その華奢な腕を、目の前のやはり華奢な手が掴んだ。

力が抜けたようなレイスを力任せに引き倒す子供。


それを、全体重を乗せた右足で蹴り飛ばした。

泣き出しそうな顔でこちらを見上げているレイスから視線を外し、のろのろと起き上がるその子供の頭に右肩から引き出した剣を叩き込む。



振り返る視線の先に大柄な不死者が迫っていた。

そしてすぐ目の前で倒れ込んだままのレイス。


大斧を振り上げながら踏み込んでくるそれに立ちはだかるよう、走るように前に出た。


「早く起きろ!」

振り返った視線の先のレイスが焦りながら立ち上がっている。

そして再び正面に向き直る俺の目の前で予想以上に早い踏み込みで横薙ぎに振られる大斧。

体を仰け反らせながら、それをぎりぎりでかわす。


一体何をしているのかわからないが、彼女は大丈夫だろうか。

しかしとてもではないが振り向けるような状況ではなかった。


それでも、恐らく彼女の助力がなければこいつを屠る事は出来ないだろう。

逃げることも考えるが……素直に逃がしてもらえるだろうか。

逃げる先で足止めなど喰らえば本当に終いだ。


そして。

連れて来た2人を犬死にさせてしまった。

特に長柄の斧を使っていた青年。

俺がこちらに外れてしまわなければ、つまり彼女を見捨てていれば。

彼が命を落とす事はなかったかもしれない。

過ぎた事態にそんな仮定など意味はない。

心の中で詫びるが、しかし彼らの後を追う訳には行かなかった。


次の一撃をやはりぎりぎりで右腕の小手が受け流す。

腕が外れてしまいそうな重さだ。

もう、そんなに時間も稼げないだろう。

まして1人でこいつを倒せるとも思えなかった。

「盾を奪う。潰せ」

「……はい」


弱々しい返事を背中で聞きながら、まだ力がしっかりと篭る左腕をこちらに振られる斧の柄に叩きつける。

魔力で強化されている小手に守られながらも、その中で指が潰れる感触。


突き出される大型の盾、そのへりに再び左の拳を叩きつけてそれを押しのける。

開かれた両腕の中に姿勢を下げて踏み込み、歯を食いしばりながら痺れる右腕で腰から剣を引き抜いた。


青白い刀身が、盾を持った左腕の肘から先を切り飛ばす。

そして。

俺はその伸び切った姿勢のまま、力任せに振られる大斧の柄で冗談のように跳ね飛ばされた。



目が追いつかないような感覚と共に吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられる。

間合いを限界まで詰めていたのが幸いした。

もう少しでも離れていれば柄ではなく斧の方で胴体を2つにされていただろう。

それを幸いと呼べるかは分からないが。


まるで力がこもらない体がずるずると崩れ落ちる。

堪えようとした足は、全く言う事を聞かなかった。

だらしなく足を前に投げ出したまま座り込むような姿勢で、こみ上げる物を押さえきれず足の間にぶちまける。


咳き込みながら力なく見上げる視線。

大斧を片腕で構えなおすそれが、こちらから視線を外し、レイスの方に向き直ろうとしている。


待て。

駄目だ。

続いて込み上がる物を喉の奥に飲み込んだ口が叫ぶ。


「まだだっ、来いっ!」

虚勢でしかないその声は、しかしその視線をこちらに戻すのに十分だった。


視界の端で、やはり泣き出しそうな顔をしたレイスが右腕の上に柱のような槍を浮かべる。

そしてその前で器用に片腕で大斧を振り上げ、こちらに迫る姿。


あと数歩で俺にその斧が振り下ろされる距離。

彼女が居なければ…できる範囲で死ぬ準備を始めていただろう。


大斧が振り下ろされる事は無かった。

彼は背後から首元に一抱え程の風穴を開けられて膝をつき、そこで2度目の命を終えた。


床に転がる弾け飛んだ頭。

兜は何処かに行ってしまっている。

それは、恐らく彼が守っていたのであろう扉の先をじっと見つめていた。





再び胃の中の物を吐き出す俺の元へレイスが駆け寄ってくる。

「リューン様……ごめんなさい、本当にすみません」

彼女の右手が俺の頬に触れる。

咳き込んでしまい、答えるのに時間がかかってしまった。

ついでに言うと…少し意識が濁っていた。


「何やってんだ、お前が死んだら困るだろ」

口の中の臭いを吐き出すように唾を吐き、再び咳き込む。


レイスは必死な顔で、しかしどうしていいか分からないのか、その華奢な右手で俺の左肩を掴んでいた。

少しその右目が涙ぐんでいる。


「泣くなって。俺よりも…あいつらに…」

先程軽口を交わした彼らは、すでにただの血溜まりに姿を変えていた。

…命を落とした彼等に俺がしてやれる事は何もないだろう。



感傷にも似た感情を振り払い、再び視線を彼女に戻す。

頬を伝うその涙を拭おうと伸ばす右手は、少し動いた所で言う事を聞かなくなった。

動かした右肩がひどく痛む。恐らく何処かしらが折れているのだろう。

残念ながら、痛むのは肩だけではないのだが。


「あぁくそ。痛え…」

思わず悪態が口から漏れる俺の視線の先でレイスの泣き顔がゆっくりと暗くなる。

彼女の顔だけではない、視界全てが暗かった。


「大丈夫…から…安全を…て…」

口も言う事を聞かない。


痛みを別にすれば、しかしそれは決して死を覚悟するようなものではなく、少し安心して眠りに落ちるような感覚でさえあった。

目の前の彼女の右目が一際大きく見開かれ、何かを懸命に口走っている。


それが叶ったのかさえもわからないが。

彼女を安心させてやる為に懸命に笑顔を浮かべながら、俺の意識は遠のいていった。


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