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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
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10

昨日と同じように食事が用意され、やはり同じく意味を為さなかった見張りが配置される。


昨日と同じ並びで座り込む俺達。

「…どうだった?」

「まずまずじゃねぇか?やらかして死ぬような奴もじきに出るかもしれねぇが今は不安もねぇ」

「私もそうだね。というか正直拍子抜け」

ヒルダの言葉に頷きながら皆を見渡す。


「上手く行っている間はいいが、想定外の事が起きた時がまずい。大概そういう場合ってのは一気に崩れる」

その言葉に頷くヒルダ。

スライは空を見上げていた。

聞いているのか?とも思ったが…こいつはこの調子でもうまくやるだろう。

船を漕ぎ始めているクレイルに小石を投げつける。


「とりあえず明日の朝、皆にこの話はしようと思う。気を抜くなと言っても無駄だろうが、言わないよりはマシだ」

「しょうがねぇだろうな」

「まぁそんな所だろうね」

とりあえず頷いているクレイルにもう一度小石を投げつけた。


もう一つ。

そんな事がなければ申し分ないが、改めて確認する。

「ライネ、どんな状況でもとは言わないが。生きてさえいれば何とかなるんだよな?」

「なんとか、という程度なら。でもすみません、状態によってなのでなんとも言えませんが」

「まぁそうだよな。でも安心した。当面暇だろうが耐えてくれ。この場合あんたが暇なのが一番喜ばしい」

ライネがそれに笑って頷く。


最後に。念のため隣を振り向き確認する。

「これでいいよな?」

少し驚いたような表情がこちらを見上げる。


「聞いていたか?お前も気を抜くなよ?」

「大丈夫です。仕事中は手を抜くな、と教わっていますから」

そう言いながら笑う彼女に少し顔を歪め、再び視線を正面に戻した。


「じゃあ明日も宜しくな。仕事の話は終わりだ」






翌朝。


俺はラヴァルに頼みこみ全員を集めて貰った。

一段高い所に登り、大きく息を吸い込む。


「昨日と同じ作業を行う。不安は感じないというのが私見だ。それだけの技術を持った者達と肩を並べられて嬉しい。だが、どんな予想外の出来事が起こるかわからない。…あくまで戦闘中だ。大した仕事じゃなくても気を抜いて命を落とすような奴を俺は幾らでも見てきた。命の奪い合いをしている事を忘れないでくれ」

昨晩、多少内容を考えていたお陰で周りを見渡す余裕が出来た。

遠い所にいる兵達が横を向いて話しているのを観察する。

多分。毎日これ聞くのか?といった所だろう。

…仕方ない。

不愉快な気分だが、過去に逆の立場で同じような事を口走った経験もあった。

その折の指揮官。

顔も名前も思い出せないが、今更それに心の中で詫びる。


程なく、昨日と同じように1組目が出発した。









3日が過ぎた。

淡々と片づけをこなし、地図はその四半に清掃済の線が引かれており、もはや緊張感の維持が最大の目的とも思えるような状況となっている。

のろのろと動く相手の頭に剣を振り下ろす、そんな非日常が当たり前になりつつある。



しかし夕刻前の事だった。


「流石に遅いな…」

俺達と一緒に出た班が戻っていない。

一昨日辺りから殊更に濃くなっていた楽観的な空気は、すっかりと消え去っていた。



次の組が出発するべき時間を割り込んだ重い空気。

決断に少し時間を要してしまった。

次の組を待機させていたが予定通り送り出す気には到底なれなかった。


「人員の組み替えだ。探索目的で出る。…俺も行く」

こちらを振り返る沢山の視線。

この時間に出発していたもう1組には待機を指示した。

更にもう1班が行方不明などというのは勘弁して欲しかったからだ。

その1組に入っているクレイルは不満顔だったが、俺が死んだ場合に中心となる前衛を残す必要も考えていた為、いいから残れと押し切った。

…自分が加わる捜索部隊が行方不明などと言うのは尚更勘弁して欲しいが。


もうじきに暗くなる。

捜索に時間を取られて闇の中というのは遠慮したい。

それに何かがあってどこか立て篭もっているのであれば尚更早い方がいいだろう。


幸い、彼らが辿った概ねの道順はわかっている。

慣れた仲間と正規兵を合わせた10人強で早々に出発した。

この状況からか、同行する正規兵たちの表情は今迄で一番引き締まっている。



夕刻を過ぎ、じきに夜になるような時刻に差し掛かっていた。




3つ目の大きな交差路。

彼らが先程歩んだ方向へ進んでいく。

頭部が破壊された死体がそこかしこに転がっていた。

恐らく、順調に掃除を進めていたのだろう。


更に進む先、辛うじて見える距離。

ゆっくりと曲がった通りを行く。

転がった死体の数は比較的多い。

その殆どが一撃で頭を叩き潰されているようだった。


念の為、松明の本数を確認し始めた頃。

通りの先に何処かで見たような青年が弓を持って立っていた。

左後ろに立つ正規兵の1人が顔を引きつらせ、小さく何か口走っている。


「どうした?」

「あいつ、仲間です。畜生」

こちらに気付く事も無くふらふらと意味も無く歩き回る姿。

大きく深呼吸する。


「終わらせてやるしかないだろ。行くぞ」

「…はい」

後続を残して足早に近づく俺達2人の視線の先に、数人の不死者の姿が見えてきた。

先が見通せない湾曲した道で慌てて足を止める。

その中の1人がこちらに顔を向け、流石に聞き慣れつつある絶叫を発した。

先程まで正規兵の一員だった不死者、その恐怖に引きつった顔がこちらに振り返ったのはそれとほぼ同時だった。



「先頭のあいつだけ片付ける。スライ、準備してくれ!」

振り返った先で見慣れた金髪が杖を眼前に構える。



走り寄る俺達に向き直った青年。

…その手が腰の矢筒に伸び、そして矢を番えた。

全身の毛が逆立つのを感じながら更に走る。

全力で走る俺の手がその弓に明後日を向かせたのは、矢が放たれる直前だった。


目の前でその弓を足元に落とす青年が、今度はその右手で腰の小剣を掴む。

それを引き抜く前に、腰から引き抜かれた青白い刀身で首を切り落とした。




通りの先に居た数人がこちらにのろのろと駆けてくる。

その姿も良く確認するべきだった。

パドルアとは服や装備が違うが憲兵だった者たちだろう。

簡単な鎧、最低限ではあるが皆武装している。


更に最悪な事に。

どうにか見える位置にある建物、あれは恐らく憲兵達の詰め所だ。

中から更に揃いの服が数人出てくるのが見えた。

その入り口付近に転がる真新しい死体。


舌打ちしながら振り返った。

「スライ、どうだ!?」

「早くどけっての!」

その言葉に、前に出すぎている俺達2人は慌てて戻り始める。


追いかけてくる不死者に氷の槍と矢が適当にばら撒かれる。

狭い道幅、その中を駆けてくる俺達に当てないよう不死者達の頭を狙うのは効率が悪いと踏んだらしい。

しかしその制止力は必要十分だった。


「くたばれっての!」

相変わらず汚い言葉遣いと共に火球が放たれる。

とっくにくたばっているだろ、などと心の中で皮肉を言いながら振り向いた。


先程俺達が立っていた石畳が雑に掘られたへこみに変わっている。

立ち上がる火柱と散らばる肉片。

砂埃の中から衝撃を乗り切った2人がその衣服を燃やしながらのろのろ歩み出てくるが、その直後に氷の槍と矢で貫かれ崩れ落ちた。




先程の青年が悪態をつきながら瓦礫を蹴飛ばしている。

先の爆発は不死者達を片付けたが、一緒に転がっていた死体も吹き飛ばしてしまった。

どの道全員の遺体を運ぶ事など出来はしないが、確認くらいはさせてやりたかった。

必要があればその首を刎ねておく必要もあったかもしれないが。


気まずそうに頭を掻くスライに大きく横に首を振ってみせる。

まとめて吹き飛ばす、それを指示したのは俺だ。



しかし悔しそうな青年の方へ歩み寄る俺の視線の先、更に数人の憲兵が建物から出てくる。

しかめ面をしながら振り返ると、戻る道の先からも1人がのろのろと歩いてくる姿が見えた。


「おい、まだ終わっていない。3人残って後衛を守れ。行くぞ」

レイスとヒルダがあの程度は問題なく処理するだろうが、見通しが悪いため大目の人数を残す。


再び振り向いた俺は武装した不死者達を目掛けて走り出した。





片手剣と簡単な鎧。

死体となっても町を守り続けていたのだろうか。


正面の男は左腕が無い。

バランスが悪そうに歩くその頭を目掛け、走る勢いのままで右肩から剣を振り下ろす。

しかし鈍い動きで掲げた片手剣はそれを受け止め、そのまま押し返してくる。


やはり、不死者となる前の技術はある程度残っているのだろう。

先程の弓使いを見て覚悟はしていたが…。

更に動きが鈍いとは言えこの腕力だ。


押し返してくる動きに抗わずに剣を引き、腹の辺りを蹴り込んで距離を取った。

先程抜いた剣を右肩に収め、今度は腰から引き抜いた剣を上段から力任せに叩き付けた。

再び受け止めようとする剣ごとその頭を叩き割り、崩れ落ちるその体を蹴り倒す。



やはり同じように切り込みを押し返された正規兵の1人がバランスを崩し、力任せの一撃をもろに肩口に受けていた。

崩れ落ちる体の胸あたりまでめり込んだ剣、それを引き抜く不死者に走り寄って振り向く前の頭を切り落とす。


その先で鮮やかに不死者の右腕を切り落とした青年が、残る腕で首元を掴まれていた。

片腕でその体を持ち上げる不死者、その頭に右肩から振り出した剣を振り下ろす。

深くめり込み過ぎた剣から手を離して、一緒に倒れ込む青年の手を引いて立ち上がらせた。

「げほっげほっ…」

「大丈夫か?取り敢えず下がってろ」

後衛が控える先を指差し、そちらへ戻らせる。


振り返った先で正規兵の1人が、長柄の斧による一撃で不死者の頭を叩き潰していた。

その隣、1人を屠った不死者が斧の柄に手を掛ける。

しかしその腕力で力任せに引き摺られる前に斧をあっさりと手放すと、彼は予備の小剣で不死者の首を突いた。

崩れ落ちるそれを確認し、斧を回収しながらこちらを伺っている。


新手が来ていなければ今ので最後なのは彼もわかっている筈だ。

指示と言うより、何か言って欲しいというのが本音だろう。


「…手強かったがよくやったと思う。仲間の仇も討てた。残念だが、これでも上出来だろ」

その言葉に顔をしかめながら先程まで仲間だった死体を眺めている。


後衛達の後ろにも数人の不死者が転がっている。

見渡す範囲に動く者は見当たらない。




心の中で謝りながら遺体の首を刎ね、彼らの次の命が始まらないように処理する。

少し離れた所から聞こえるやり切れないのであろう抗議の声、それを諌めるスライとヒルダの落ち着いた声。

それらを聞き流しながら、転がる首を眺めていた。


再び沈黙が空気を支配する中、松明に火を灯す。

空はもう完全な黒に近い。


「…戻るぞ。少し急ごう」




今までの楽観的な空気からは考えられないが。

1班分の人員7人、捜索に出た人員のうち2人、合わせて9人が今日1日で死亡した。


その晩、俺達が野営している門には重苦しい空気が流れていた。

それはこの場で最初に野営を設営した折より余程重く、悲壮感を漂わせたものだった。


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