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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
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7

南の門に止まった馬車。

その戸を開け、レイスがそこに座り込んでいる。

見る範囲にヒルダ達は見えない。やはり俺達に同行するつもりなのだろう。


座り込んでいるレイスがこちらを見つけ小さく手を振る。

その後ろからミリアが少しほっとしたような顔を出した。


「帰りはあまり心配事も無いだろ。本当、セイムによく礼を言っておけよ?俺からも宜しくと伝えてくれ」

「分かったってば。先生こそ気をつけてよね。勝手に死なれるのも迷惑だよ」

「迷惑ってなんだよ。何れにせよそんな迷惑はかけないつもりだけどな」

「つもりじゃなくて約束してよ」

どこかで聞いたような話の流れだ。

馬車から降りたレイスが隣で噴き出している。


「何笑っているんだよお前は…」

「いえ、なんでもないですよ」

困り顔の俺を見ながら笑っているレイスと、不満そうな顔のミリア。


「あのなミリア、前もそうだった。あんまり心配されるといつも碌な事が無い」

「あぁ…」

何となく思い当たる節があるような彼女が顔を歪める。


「戻ったらまた顔を出す。とりあえず大人しく待ってろ。またあちこち出歩くなよ?お前はいつも危ない所を狙って飛び込んでる風だからな」

「…分かったよ。家で大人しく待つことにする」

少し嬉しそうに笑う彼女を見ながら、今の言葉の不味さを後悔していた。

待っていろ、などと言うべきではない。

それはなんというか。期待させるような言い方だ。


頭を抱えたい衝動に駆られながら辺りを見渡すと、護衛を命じられた兵達が時折こちらを見ている。

待たされている様子の彼らをいい加減に出発させてやるべきだろう。


「それじゃあな」

「うん。先生もレイスも気をつけてよね」

「ああ。気をつけてな」

隣でレイスも小さく手を振っていた。


進み出す馬車を見送り、振り返る。








再び死体の片付けに戻る足は重いが、戻らない訳には行かないだろう。

今も嫌な顔をしているであろう2人を想像してその重い足を振り出す。


その隣でレイスが独り言のように呟いた。

「ミリアも私には太陽のように見えます。本当に間に合ってよかった」

「あぁそうだな。…なぁレイス。俺にとってお前もそういう物だぞ?」

「私はなんていうか。雲とかそんな感じですね」

そう言って軽く笑う彼女の頭に手を伸ばし、くしゃくしゃと乱暴に髪を撫でる。

俺の手を掴もうとする右手をかわした。

困ったような抗議の眼差しを笑って受け流す。


「また後でな。あまり遊んでいるとあいつらに殴られそうだ」

「…はい。無理しないでくださいね」


本当の死体の片付けに戻った俺は、2人と共に気が滅入る作業を淡々と続ける。

それを終えたのはもう夜が近い頃だった。






約束通り俺達は夜間の見張りからは外して貰ったのだが、何となく昨晩篭っていた家に再び集まっていた。

特に何をする訳でもないのだが。

先程火の入った食事まで支給されおり、ここ数日では格段に快適だ。


しかし先程までの作業ですっかり気が重い男3人は、言い出した当人である俺を筆頭にさっさと眠る事にしていた。

残る女三人が話し込む声を聞きながら横になる床。


レイスが微笑んでいる顔を思い出す。

そして、この所の考え込むような顔と態度。

何を考えているか少しは想像がつくが、当人が何を言っても手を離すつもりは無い。

…当然だろう。

漏れ聞こえる3人の声。

時折混じるレイスの遠慮気味な声が、やけに耳に残っていた。








翌朝早朝。

昨晩も客は現れなかったようだ。


準備をする兵達を眺めている俺たちの元へラヴァルが現れた。


「昨晩は十分休めたか?夕方には現地に着く。長い一日になりそうだな」

「堪らないですね。マルト王国の軍も?」

「その予定だ。何れも街の門を閉鎖して回る。どこかで落ち合えるだろう」

「分かりました。すんなりと行けばいいのですが」

「それはやってみないとわからないだろう。…ところでお前、演説は好きか?」



一刻後。

立ち並ぶ兵達の前、一段高い馬車の上から今回の作戦についての抱負、自己紹介、更に仲間の紹介をさせられる。

何だこれは。


しかし。

突然現れて指揮を取るという俺は彼らにとって異物であり、なおかつその異物に指揮されるのだ。

それに見合う働きを見せないといけないが、こういった場合の立ち振る舞いも重要なのだろう。

頭にでは分かっているのだが。


緊張に時折詰まる言葉と途切れる思考。

思わず視線を落とす。

こちらを見上げる見慣れた右目。その右手を強く握り締めている。

落ち着かせようとしているのだろうか、その顔が懸命に笑って見せている。

…そうだ。何を恐れる事がある。

ある種の割り切りが緊張を振り払う。


「…何れにせよ、俺も前線に立つ。俺は戦場には職位も何も意味がないと思っている。気に入らない事は言ってくれ。話によっては逆に従わせて貰う。そしてあんた達を1人でも多く国に戻す。…だから。短い間だが、俺に従ってくれ」


こちらを見詰める沢山の視線を見返す。

遠慮がちな拍手を得た程度だが…十分だろう。

こんな事をするのは初めてだが、それがこんな局面だとは。

あの英雄のような、部下達を鼓舞し、考えなしにでも従わせるような話し方。

ああいったものはいつか身に着くのだろうか。

ラヴァルが改めて俺を紹介している様を見ながら考えていた。








先ほど動き始めた軍。

俺達は列の中央より少し後ろに付いている。


列の中での位置もあり、何となくその雰囲気は軽い。

「リューン様、素晴らしかったですよ?」

「やめてくれ。出来ればもう二度とやりたくない」

「苦しそうだったもんな。俺の名前噛むんじゃねぇよ」

「しょうがないだろ。なら自分で言ってくれよ」


緊張の欠片もないやり取りを暫く続けてはいたが、皆じきに到着するウルムの事を考えていた。


そんな雰囲気がなくなった頃。

ウルム付近に到着した。




ラヴァルは、当面は様子見しかしないのでお前が指示を出せ、と言っていた。

どんな前評判なのかは知らないが、失敗しないとでも思っているのだろうか。

眉間に皺を寄せながら列の先頭で外周を回り始めた。

列とはいっても100人を超える大行列に、振り向くたびに気が重くなる。


数体の不死者と遭遇するも、適宜処理を行いつつ大き目の門に辿り着いた。

彼らは予想以上に出歩いていない。

わずかな知性とは聞いていたが、あの状態でも自分の居場所は街の中などと考えているのだろうか。



大きめの両開きの門。それを挟むような頑丈そうな城壁。

脇に小さな扉が付いている。

封鎖するには申し分ない状況だ。

こちらに反応していないが見える範囲に数人の不死者がふらふらと歩き回っている。


「さて。始めるか」

振り向く視線の先。

見慣れた仲間。その後に正規軍所属の各職業の人員が続く。


俺達は予定通りの作業を始めた。



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