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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
101/262

4

比較的しっかりとした家屋を選び、皆で上がり込む。


1階の開口部は閉じ、扉の後ろには念の為に適当な什器を置く。

近隣の家屋から適当な食料を拝借し、皆は2階に上がってそこからの見張りについての話をしている。

そしてその1階。

腕にしがみついたままだったミリアを長椅子に座らせ、隣に座り込んだ。

結局すがるような顔でこちらを見上げるばかりで離さず、左手を握られているままだ。


流石にこのままの状態で打ち合わせに混ざるのは気が引けるので、ここで彼女が落ち着くまで待つ事にしたのだが。

先程、レイスがそのまま上に行こうとするのを引き止めた。

しかし少し首を傾げて迷うような仕草の後、お願いしますという言葉を置いて行ってしまった。



2階のばたばたとした音を聞きながら隣に視線をやる。

相変わらず俯いたままのミリアが握り締める少し汗ばんだ左手。

まだ時折震えているその手を握り返してやる。


「ミリア、本当にもう大丈夫だ。いまここに居る連中は腕が立つ。もっと言えば、あと数日で正規の軍がここに来る」

しかし恐らく、俺の隣で体を小さくしているミリアが聞きたいのはそんな言葉ではないだろう。

一度大きく息を吸い込んだ。



「怖かっただろ」

少しこちらに向けた顔が小さく頷く。


「遅くなって悪かったな。あの時もそうだった。…いつも少し遅い」

小さく首を左右に振るミリアが口を開いた。

久々に聞くその声はひどく小さい。


「そんな事ないよ。私、もうだめだと思ってた」

「ああ。そうだろうな」


「先生、この間、ごめん」

「何がだ?別に殴られてないぞ?」

「…違う。もう会わないとか。少し生意気だったかも」

「生意気なのはいつもだろ。それに…そういうのとは違うと思うぞ」


「そうかもね。でも、ごめん」

「まぁ気にしてないから謝るなよ」

「ありがとう。いつも」

「気にするな。色んな人から頼むって言われている」


「先生は?」

「何が?」

「先生は心配だった?」

ミリアは再び俯いて唇を噛んでいる。

その視線が俺の左手を見詰めていた。


「心配していないと思うのか?だったらこんな所まで来てない」

再びあげた顔が俺を見詰めている。


「あと、…ごめんね」

「なんだ?そう謝るなって言って――」

疑問とそれに続く言葉を言い終える前。


ミリアが首元を目掛け、抱きついてきた。


「ちょ、おい…」

「ごめんね」

「だから謝るなって」

耳元の浅い息遣いと押し付けられた体の重さを感じながら、引き剥がすべきか迷う手を彼女に添えた。

しかしその柔らかさに離した手は空中を泳ぎ、結局色々な事を諦めてその手を下ろす。


「でも本当、間に合って良かった」

その言葉に、すぐ横にある顔が頷く。


どれだけ経っただろうか。

階段に足がかかる音。

首に回した手を解くミリアが恥ずかしそうな顔でゆっくりと離れ、静かに隣に座りなおす。



降りてきたレイスがこちらに振り向いた。

ミリアの両手がその膝の上にあるのを確認して口を開く。

「ミリア、落ち着いた?とりあえず何か食べよう」


隣でゆっくりと立ち上がるミリアがもう一度振り向く。

その顔は憔悴しているが、先程までのようなひどく沈痛な顔ではなかった。

「先生、ありがとう」

「よかったな」

「…うん」


歩み寄ったレイスが差し出す右手。

それを握るミリアと2人が階段に足を掛けたその時。


レイスがこちらに向けるその白けた視線。

思わず抗議の視線を返す俺に悪戯っぽく微笑む。

その後ろで何も知らないミリアは俯いているが、やはり先程までのような震える様子は伺えなかった。

2人がゆっくりと階段を登って行く。




思わず天を仰ぐ俺の視線の先、薄汚れた天井。

溜息をついて前に向き直る。


以前レイスに、刺される心当たりがあるのかと言われたことがあったが。

心当たりが出来たなどと考え、しかしこの状況でわざわざ2人にするな、などと心の中で文句を言う。

そしてやはり一応は説明しておこう、などと結論付けた所で2人の友情を考え、情けない悩みは再び振り出しに戻った。

何となくレイスは察している様子だが。


誰もいない部屋に再び響く深いため息。



立ち上がり、皆が待つ2階への階段を上り始めた。





「すまない。待たせた」

「おう。お前、朝まで見張りな」

「悪いとは思っているんだ。勘弁してくれよ……」

干し肉をかじりながらスライが眠たそうな顔で笑っている。


「とりあえず、すぐに食べられる物を拝借してきたよ。軍が来るまでの繋ぎならその辺の借り物で十分だろ?」

やはり干し肉を咥えたままのヒルダが窓の外を眺めながら言う。


人の家から持ってきた物に手をつけるのに抵抗があるのか、俺が僧侶の女と呼んでいたライネはそのやり取りを少し不服そうに眺めている。

これから先、アレンの所の汚れ仕事をこなす筈の彼女はこの調子で大丈夫なのだろうか。


クレイルは流石に限界なのか部屋の隅で座り込み、壁に寄りかかったまま大口を開けて眠っていた。



「レイスたちはあっちか?」

2階のもう1室を見る俺に、頷くスライが答える。

「とりあえず少し寝かせてやりたいって言ってたぞ。お前よりよっぽど出来てるな」


「まぁとりあえず食べておきなよ。暫くは私が見張るから」

やはり窓の外を眺めるヒルダに礼を言いつつ、テーブルの上に雑に並べられた硬い肉を口に放り込む。



「なぁ。正直、軍を動かして云々ってほどの話だと思うか?言い方は悪いが正直そこまで手強いとは思わない」

「そうか。俺は寝る」

眉間に皺を寄せるスライ。


「この程度、他所の国の軍まで引っ張り出すことか?」

「俺は寝るから代わりにそこで寝てるの起こして連れて行けよ」

「少しでいいから聞いてくれよ…」

「あーわかったよ。でもな、正直分からない事ばかりだ。他に何かあるんじゃねぇか?」


「数が多いとかか?」

「それもそうだが、例えばもっと強いのが居たりするとか」

「私もそれは思いました。今日見た者の中だけでも武器を持っている者と、素手でただ掴みかかろうとする者がいましたよね?」

結局食欲に負けたらしいライネが干し肉をかじりながら言う。


「確かに個体差が大きい可能性はあるよな。…結局分からない事だらけだ」

「とにかく少し休ませろ。少し寝てからなら付き合うからよぉ。後で今日倒した奴でいいからよく見に行こうぜ」

言いながらスライは、もうその場で横になろうとしている。


「わかった。悪いが後で宜しくな?」

掛けた言葉への返事は無かった。



皆に無理をさせ過ぎている。

あの強行軍の後で死体と戦闘だ。

つい先日も似たような事に付き合わせてしまった。

あの時はスライもクレイルも完全に目的が一緒だったが、今回予定を前倒してここに来ているのは我が侭に他ならない。

窓の外を眺めるヒルダも先程から時折欠伸をしており、ライネも干し肉を噛みながら今にも眠ってしまいそうだ。


「ライネ…さんも先に休んでくれ。少し先が長い。ヒルダ、まだ大丈夫か?」

「じきに限界だね。先に昼寝でもして貰った方がいいかもしれない」

「いや、見張りを代わろう。先に少し休んでくれ」

「あーいやいやリューン、あんたが先に少しだけ休んだ方が都合がいい。そこの、暫く起きないと思うから」

そこの、と言われているクレイルは相変わらず大口を開けたまま完全に眠りこけている。

交代で前衛を確保するのであれば確かに正論だ。


「そうさせて貰う。すまないが無理はしないで起こしてくれよ?」

「あぁ私は無理しない主義だからね。いや、もうしないってのが正しいかな」

自嘲的な笑いを浮かべながらヒルダが答える。


「わかった。そうしてくれ」

「はいはい」

ヒルダはやはり先日の事を気にかけている様子だ。

その折の事情を知っている身としては、あまり気にやまないで欲しいとも思う。

恐らくレイスもそうだろう。

あの時には殺してやるとさえ思っていたが、今回パドルアを出てからの彼女の尽力は見ているこちらが痛々しい程だ。

しかし気にするなというのは本人も無理だろう。

今はその好意を素直に受け取る事にする。



欠伸を噛み殺しながら再び立ち上がり、レイスたちが篭っている部屋に向かう。

ノックに返事が無いその扉を静かに開けると、ミリアは薄汚れたベッドで眠っており、レイスもそこに寄りかかるようにして眠っていた。

取り敢えずは大丈夫だろう。


静かに扉を閉め、元居た部屋の床に横になる。

一度巡らす視線。

ライネがテーブルに突っ伏して眠っている。

視線に気付いたヒルダは少し笑いながら手を上げて、任せろとでも言うようだった。

それに甘え、閉じる瞼。


いつまで意識があったのかもわからない程の時間で、俺は眠っていた。


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