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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
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3

荒い息を吐きながら走る馬。

取り敢えずの目的地であるその村が見えてきた。

地図はやはり間違っておらず、幾らもかからずに到着した。

村というよりはそこそこの大きさの街とも言えるその構え。


しかしそんな事よりも、先程から数度聞こえた絶叫。

村の入り口に近づき見渡す視界の中、20人程の声の主を見付ける。

そしてその中に置き去りにされている馬車。

手前に立つ数人がこちらに振り返った。



慌てず手綱を引き、馬から降りて振り返る。

同行している皆に簡単に指示を出した。


「探してくる。とりあえず退路は確保してくれ」

「退路っつーかよぉ。…まいいや。気をつけろよな」

先頭の不機嫌そうな魔法使いがぶっきらぼうに答える。



それには答えず、のろのろと歩み寄る数人を片付けに駆け出した。

俺が手を出すまでも無く、2人の頭を事も無げに氷の槍が貫く。

膝をつく仲間達を気にする様子も無く歩み続ける正面の男。

その顔に刻まれた表情には慣れそうも無いが、その動きの緩慢さと対応は経験済みだ。


絶叫を上げるその顔。

振り上げた右腕。

腰から引き抜いた剣がそれを1薙ぎで切り飛ばす。

ゆっくりと膝を突く体を蹴り倒した。




視線を巡らす。


通りの先。

地溜まりとぐしゃぐしゃの肉塊。

恐らくあれは先程まで人間…恐らく護衛だった物だろう。

その周りに立っていた数人がこちらに気付き、ゆっくりとこちらに振り向く。


左手すぐ先の少し大きな家屋。

窓を乗り越えて数人が中に入り込もうとしている。

その家の前に、頭に手斧が突き刺さったままの男がひっくり返っている。

姿格好からすると彼も護衛の1人だろう。

そしてその近くで跪いたまま動かない剣士。

首元から何かしらの刃物であろう柄を生やしている。


護衛は4人だと言っていた。

残る1人と…ミリアはどこだ。



「早く逃げっ…いやああっ!」

左手の家屋から悲鳴が響く。

駆け寄るこちらに振り返った数人を眺めて立ち止まった。


安心する訳ではないが、その声はミリアの物ではない。

そしてその言葉の内容。

丁寧に彼ら全員を片付けている時間は無いだろう。

視線を他に向けながら着いてきていたレイスがぶつかってくるのを受け止めた。


焦って謝る彼女の肩を軽く叩き、家屋の間に視線をやる。

そしてその先から響く絶叫。

…そこにまだ生きている人間が居る証拠だ。


案外便利かもしれない、などという仕様もない感想を呟きながら再び走り出す。

視界の端で、こちらに振り向いた者の1人の頭に矢が突き刺さるのが見えた。




家屋の間をすり抜けて視線を巡らす。


背を向け、鎌を掲げた女。

十数歩程向こう。どこから持ってきたのか知りたくもないが、人間の腕を片手にぶら下げた男。


そのちょうど中間で見た事もないほど体を小さくしてうずくまっているその姿。



全力で地を蹴る足が体を押し出し、振り向くでもなく絶叫を上げる女に肉薄する。

そのままの勢いで、右肩から引き抜いた剣をその後頭部に叩き込んだ。

右手をゆっくりと下ろしながら崩れ落ちるその体を蹴り飛ばす。


こちらに視線を向けた男が、その手に持った人間の腕をぼとりと落とした。

その後ろから数人。

…指示を出すまでも無い。

その頭に次々と氷の槍が突き刺さり、ゆっくりと崩れ落ちていく。

そちらの処理は任せ、うずくまる彼女の前にしゃがみこんだ。



「おい。ミリア」

震える体がびくりと一際大きく震えた。


…ゆっくりと顔を上げる。

その端正な顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

そして見開く目。

口に出さないが…一層ひどい顔になった。


「毎度、遅くなって悪いな」

ひどい顔のままこちらを見詰めて動かない彼女の前で立ち上がり、左手を差し出す。

震えながら俯いた彼女に一歩近寄り、その手を引こうと身を屈めた時だった。

ミリアが俺の腰の辺りに抱きついてきた。


「おい、ちょっと…」

振り払う訳にも行かず、大声を上げて泣き始めた彼女に困惑する。

視界の端では流れ作業のように、先程の男に続いてのろのろと出てくる不死人に氷の槍が突き刺さっている。

取り敢えずは任せておけば大丈夫だろうが、いつまでもこうしている訳にも行かない。




左手がその髪を撫で、腹の辺りに押し付けられた顔にゆっくりと掌を回す。

動揺させないよう、ゆっくりとその体を引き剥がした。


「もう大丈夫だ。歩けるか?」

顔を伏せたまま小さく頷く彼女の手を引いて立ち上がらせる。

「よし。逃げるぞ」

俺の左手をその両手がきつく握り締めていた。



振り向く視線の先、無表情に作業を続けるレイスが頷く。

手を引いてその隣をすり抜け、皆が確保しているであろう先へ家屋の間を通り抜ける。


一度振り向く。

俯いて震えるミリアは体を小さくして必死に俺の手を握り締めている。

その更に先のレイスは相変わらず無表情に氷の槍を放っていた。


「レイス、いくぞ」

「…はい」

最後に数本の槍をばら撒いた彼女がこちらに駆けて来る。




家屋の間から通りに出ようとしたその時だった。

一瞬、空気が震えた。

その直後、轟音と窓が割れる鋭い音が響く。

一度大きく体を震わせ、更に体を小さくするミリアが左腕にしがみついた。


「あいつ。少しは加減しろよ…」

恐らく。スライが爆裂する火球を放ったのだろう。

少しはその威力の調整も出来るはずだが。

近くの家屋にでも居たらどうするつもりだ。


家屋の間から顔を出して見渡す。

概ね掃除は終わっていた。

退路の確保どころか、恐らくそのほぼ全てを片付けているように見える。


顔を出した俺に手を振ったクレイルが少し視線を動かして変な顔をしている。

…分かっている。

左腕にしがみついた彼女は相変わらず無言で俯いたままだ。

その後ろにレイスを引き連れ、彼らの元に戻った。



「…派手すぎるだろ」

「あいつらあーあーうるせぇんだよ。くそ」

その目が血走っている。余程眠いのだろうか、ひどく不機嫌そうだ。

それでもミリアについては何も触れなかった。


「リューンさん、そちらの方は?」

そして敢えてそこに触れてしまう、スライをして馬鹿と評される青年を無視して口を開く。

左肩が重い。



「掃除してここで軍の到着を待つ」

「ちょっと、本気?」

ヒルダが顔を歪めている。


「もうあらかた片付けている。このまま全部片付けて待ちたい」

「あいつら、またぞろぞろ来るんじゃないの?」

言いながら振り向いたヒルダがゆっくりと矢を番えた。

火球が作り上げた破壊の跡からのろのろと立ち上がった1人に矢を放つ。

それは吸い込まれるようにその額を貫き、不死人を再び只の死体に戻した。


「見ている限り、まとめて数十人でも現れなきゃ大丈夫だろ。もしここを出たとして見知った行く当てもないし、その先が同じようになっている可能性も否定できない」

「パドルアに戻るのは?」

「そうすると集合に間に合わない。そんな事はどうでもいいと思わなくもないが…」

グレトナの顔が脳裏に浮かぶ。

「いや、駄目だ。ここで合流する。面倒だがその必要がある」


ここで合流した上でグレトナ達と共闘する。

そこに俺が居なければ、あいつは何と言い出すだろうか。

本当に面倒くさい役割を受けてしまった。


しかし、先程から片付けていたのはその殆どがこの村の住人達だろう。

他所からぞろぞろと追加がやってくるとは考えづらい。

時折1体2体が現れても敵ではないだろう。

であれば丈夫な家屋に詰めて、発見次第それを片付ける。

自分の中でそう結論付けた頃。


恐らく同じ結論に至ったのであろう、欠伸をするスライが座り込む。

「おーし、そんじゃクレイル。建物の中全部見て来い」

「え?1人でですか!?」

「大丈夫だ、墓くらい作ってやる。その辺にな」

「ええ…。一緒に行きましょうよ」


無視して再び大きな欠伸をしているスライ。

それを見るヒルダが笑いながら歩き出す。

「わかった、私が着いていくよ。射線に立たないように気をつけて」

「え。ありがとうございます」

自分が行くという事についての疑問はないらしい。


しかしもう1人の前衛である俺は…。

ミリアは相変わらず左腕にしがみついて俯いたままだ。

指摘することは素直にやめ、歩いていく2人の背中を見送った。




「ミリア。もう大丈夫だよ?」

レイスがミリアの髪を撫でる。

微笑みかけるその声に小さく頷くミリアはしかし、その手を離そうとはしない。

困り顔の俺にレイスが笑って見せ、再び周囲の警戒のために向き直った。


「あの。……2人で大丈夫でしょうか?」

「クレイルか?2,3人位ならまとめて出てきても問題ないだろ。放っといていい」

先程から初めて口を開いた僧侶の女。

興味なさそうに答える背中に心配そうな顔をしている。

しかし当のスライはそんな事を言いながらも、彼らの行く先をじっと見ていた。


その心配をよそにそれなりの時間を要し数度の絶叫を聞くも、すんなりと彼らは戻った。




取り合えず最低限の目的は果たした。

そして待っていれば軍が来る。

合流地点が死体だらけなのは仕方ないだろう。

それが歩き回っているよりは余程ましな筈だ。



視線の先、相変わらず俺の左腕を抱き締め俯いたままのミリア。

護衛は全滅し、あの様子では当人も諦めていた筈だ。

それは……心底恐ろしかっただろう。


そしてそのミリアの護衛達。

助けられなかったが、それでも彼らはその勤めを果たした。

心から敬意を表したい。



戻ってくるクレイルの何とも言えない顔をやはり無視し、まずは皆で丈夫そうな家を選ぶ事となった。


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