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1-1

 反射的に伏せた頭の上で、矢が通り抜けるのを感じた。


 こちらを見て習い、護衛対象である依頼主がすぐ脇で地に伏せている。

「そのまま荷物の陰で伏せてろ」

 声をかけながら腰に差してあった投げナイフを3本引き抜き、矢が飛んできた方向に狙いもせずにばら撒いた。


「お前もその中で伏せていろ、絶対に顔を出すな」

 荷馬車の荷台で眠っている筈の少女に声をかけ、同時にすぐ脇の林の中に飛び込む。

 揺れる視界の中、状況を確認した。




 少し離れた場所で焚き火を囲んでいた若い4人組の1人の首に矢が刺さっている。

 魔術師の少女だろう。その肩をつかみ、革の鎧を身に着けていた青年が何か叫んでいる。

 もう一人の胸当を身に着けた青年が、大剣を構えながら林に向かって一直線に走り出す。

 あれでは的だ。立ち回りを見て彼らを当てにするべきではないと判断した。




 交代での見張りの時間に、周囲を少し歩き回っていたのが幸いした。

 多少は周囲の地形を把握している。

 森の中の一本道の小さな広場様の平地、自分達が休憩していたのはこの広場だ。

 外周をこのまま回り込めばどちらかには接近できる。

 こちら側の樹木は根があまり地面から飛び出していなかった筈だ。それなりの速度で走れるだろう。

 飛び道具の狙う先から、同時に切り込んでくる事はない。

 残りの敵がいるのは射手と同じ方向から直交方向までの範囲だろう。


 体勢を立て直し、先程の射手のいた方向を目指して走り始める。

 この木立の中で走る人間に矢を当てる事はできまい。


 長剣を持った男が目の端に映る。

 こちらは外見上は素手だ。

 長獲物は木立の中では不利と読んだのだろう、少し開けた場所で待ち構えている。

 こちらは相手が何人なのかもわからない上、残りがどこにいるかもわからない。

 せいぜい最初の射手くらいだ。

 1人相手に時間はかけられないと判断し、一気に距離をつめる。


 男はこちらの接近にあわせ、上段に構えた長剣で斬りかかってくる。

 それでいい。こちらも立ち止まる気はない。

 大型の小手が火花を上げ、長剣の軌道を逸らす。

 いくらも速度を殺さずに軌道を変えられた剣、それにバランスを崩す男の鳩尾に右拳がめり込んだ。

 くぐもった声をあげ、くの字になる男の後頭部に鉄の塊のような左手を振り下ろす。

 ぐしゃり。

 鈍い音と何かが潰れる手ごたえ。

 恐らく、いや間違いなく致命傷。仮に息があっても戦闘継続は出来ないだろう。



 確かめもせず更に走る。

 先程の射手であろう男がこちらに向かい矢を引き絞っている。

 木立に阻まれ狙いきれず矢を放てない様を見ながら立ち木の間を縫って距離を詰め、恐怖に引きつった男の顔が見える所にまで距離を詰める。

 そこでやっとただ接近を許すよりは放った方が幾分かはよい事に気づいたようだが……既に遅かった。

 最後のチャンスであったであろう矢が放たれ、それが近くの樹木を掠めて鋭い音を立てる。

 慌てて次の矢を引き絞る寸前の男の脇腹を右拳がえぐり、驚愕と苦悶の表情を浮かべる男のこめかみに左の拳をめり込ませた。

 腕に伝わる衝撃から追撃は不要と判断し、再び脚を走らせる。



 木立の隙間から、4人組の1人、若い金髪の女僧侶が、魔術師の少女の首に手を当て、

 必死に癒しの祈りを捧げているのが見えた。

 高位の聖職者ならば兎も角、あの致命傷では彼女の様な駆け出しにはどうにもならないだろう。

 その先で大剣の青年が男2人と切り結んでいる。

 大したものだ。防戦一方の時間稼ぎで十分だが、太腿に矢が刺さっている。

 ……恐らく均衡は保てまい。

 焦燥感と彼の仲間達の無力さ、そこへの軽い怒りを覚えつつ視線を自分の正面に戻した。




 木陰から別の男が斬りかかってきた。

 振り下ろされる刀身を左腕が受け止め、右拳、次いで解放された左拳が男の胸板を打つ。

 骨が砕ける感触を確かめ、少し先で大剣の青年を狙う射手へと肉薄する。

 全くこちらに気付かず暢気に狙いを定める男の後頭部に拳を打ち込み、脅威を排除した上でやっと大剣の青年に合流した。


 前後から敵を挟撃できる状況だ。

 明らかに不利な状況を理解した1人が、逃げようとするその背中に大剣を突き立てられ倒れる。

 残りの1人に肉薄するがまさにその命を奪う寸前に男は戦意を喪失した。

 持っていた剣を足元に捨て膝を付き、ぼそぼそと降伏を申し出る。


 足元の剣を蹴り飛ばすと、大きく息を吐いた。




 あがった息を整えながらあたりを見渡す。

 これで全員なのか、それとも一部は逃亡したのか。

 場合によっては加勢が来るのかもしれないが、わからないがひとまずは乗り切ったようだ。

 背中に派手に大剣を突き刺された男が苦しそうに呻いている。……もう長くはあるまい。

 気が進まないが止めをさしてやり、残る男に尋ねる。

「仲間は何人だ?」

 しかし、俯いたまま何も答えない。

 大剣の青年に見張るよう促し、依頼主と奴隷の少女の安全を確認する事にした。




「相変わらず見事なものだ。」

 先程まで命の危険に晒されていたにも関わらず、意にも介さない様子で軽口を叩く。

 体の線が出る黒い細身の服と、見事なプロポーション。

 長い金髪をかき上げながら依頼主オルビアは飄々としている。

「そんな事より、もう出発するべきだろ。また襲撃を受けるかもしれない。あと、あれは片付けるぞ」

 その回答に満足そうな顔をしながらオルビアは踵を返し、荷台の積荷に傷が無いか確認し始めた。


 俺も荷馬車の上、王都から同行している奴隷の少女が傷を負っていないか確認する。

「大丈夫です、何もありません」

「そうか、よかった。俺も大丈夫だが……」

 魔術師の少女の方に視線をやると、仲間の青年がその肩を抱きながら泣き崩れている。

 それに習いそちらを見た少女が目を細めた。

「悪いがここからは歩くようになると思うが、歩けるか?」

「はい」

「そうか。出来る範囲で構わない。辛ければ早く言え。いいな?」

 隻眼・隻腕の少女が荷台から降りるのに手を貸してやる。

「ありがとうございます……」

 無表情に礼を言う彼女に問いかける。

「もうすぐ町に着く。この距離なら運んでやるべきだろ?」

「……わかりません」

 回答に軽い溜息をつきながら、転がっている大型リュックに縛り付けられている中型剣を腰に据え変える。

 そして気が進まない重さのそれを、改めて背負いなおした。

 リュックに矢が一本突き刺さっていた。

 しかし特段壊れるような物も入っていない上に今ここで荷物を広げるべきではないだろう。

 引き抜いた忌々しい矢を折り、未だ燃え盛る焚き火の中に投げ込んだ。




 先ほどの降伏した男に革鎧の青年が馬乗りになり、何かを喚きながら顔面を殴打している。

 金髪の女僧侶は魔術師の少女の亡骸の傍らで顔を覆い肩を震わせ、大剣の青年も二人をただぼんやりと眺めている。

 やはり先程の少女は助からなかったようだ。


 青年の肩をつかんで男から引き剥がした。

「もうやめておけ。それより。まだ仲間がいるのか話す気になったか?」

 荒い息を飲みながら苦しそうに男が答える。

「頼む後生だ、見逃してくれ。どうしても食い物の金も無かったんだ、頼むよ」

「これで全員だ、本当だ、頼む命だけは――」

 最後まで言い切る前に、腰から引き抜いた雑な刀身が男の首を切り落とした。




 驚きの表情を浮かべたまま転がる首。それを凝視する3人に指示を出す。

「取り敢えずだが(かたき)は討った。すまないがこれ以上の事は出来ないだろう。諦めてくれ。

 もう出発する。新手が来てお前らまで命を落とすようではこいつも浮かばれない」

 一度背負ったバックパックを降ろし、今回の出発前に購入した大きな布を取り出して少女の遺体に被せてやる。

「せめてお前達の手で包んで運んでやれ。……なるべく急いでくれ。あと、その傷では歩けないだろ。癒しを施す精神力は残っているか?」

 大剣の青年の太腿を指差しながら女僧侶に指示を出すと、金髪の女僧侶は力なく立ち上がり大剣の青年の傷の処置を始めた。

 革鎧の青年ものろのろと少女の遺体を布で包み始める。



 その間、辺りを警戒しながら先程いい加減に放った投げナイフを探した。

 3本投げたうちの2本は見つける事ができた。再度の戦闘に備えて定位置であるベルトに戻す。


 襲撃者たちは比較的若く、粗末な身なりで全員が男だった。

 先程首を刎ねた男の言っていた事は概ね事実だろう。

 よくある話だ。

 冒険者を志したが貧困に落ち、食うのにも困った挙句に野盗の様な真似をする。

 女は若さが金になる場合もあるが。

 しかし運や実力がうまく噛み合わなかった者は死んでいく。


 こちらの命を奪おうとするならば、奪われる前に奪う。

 殺し合いの後、毎度訪れるやるせない感情を噛み殺した。




 オルビアは荷台に死体を乗せる事を拒んでいたが根負けしたようだ。話し込む時間も無い。

 荷台の上、先程まで少女が腰掛けていた場所に布で包まれた魔術師の少女の遺体を乗せる。

 彼女の仲間たちの悲痛な面持ち。暫く立ち止まりたい所ではあるが、こんな所で再度の襲撃を受ける事は避けたい。


 やむなく歩かせる奴隷の少女は見るからに体力が無い。

 しかし、せめて森を抜けるまでは頑張って貰わざるを得ない。

 歩けなければ背負ってでも歩こう。……文字通り、背負う事を決めたばかりだ。



「よし、行くぞ」

 オルビアが声をあげる。



 見上げる空は、もう白み始めていた。


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