カミラの町
ロングストリート州ウィグホール郡サラゴサ。
それが城下に住む人へ手紙を送るときに最低限書かなければならない文字です。サラゴサの人口は少ないため、うまく行けば上記の文字+宛名で手紙が届きます。合衆国に何人いるかわからないジョン・スミスさんとかはたぶん無理でしょうが。
朝のサラゴサは、静かです。
いやド田舎ですから何時に行っても静かなのは変わりありませんが。一応中心部に行けば町らしくなりますが、サラゴサ砦周辺は綿花畑と農家と……溢れる自然くらいしかありませんね。
「さて、カミラ。教会と町、どっちにする?」
「どっちにするも何も、教会は町の中ですよ」
「ごもっとも」
サラゴサの町は大して言うことはありません。合衆国では有り触れた田舎町です。役所や学校、教会、市場、鉄道駅などの施設は一通りそろっていますが人口は数千人程度なので規模は小さいですね。
それでもやはり、町に入ればそれなりに活気はあります。
けど、少佐はなぜか町に入った瞬間固まりました。
「……ねぇ、カミラ」
「はい?」
「服屋ってどこにあると思う?」
「……たぶんサラゴサ砦の中にあると思いますよ」
予備の軍服が。
なんということでしょう。やはり少佐は服を買うと見せかけてサボりたかっただけのようです。
「まぁ、市場の中適当に歩けば見つかるでしょ!」
「本当に適当ですね」
あぁ、もう何があっても……いや、何がなくても驚きません。私に残されているのは仕事だけでしょう。たぶん。さっさとお祈りを済ませて帰りたいです。帰っても仕事ですけど。
市場をウロウロして、服と関係ない商品を見たり、服と関係ない物にいちいち感動を覚えるハーコート少佐はなんとも子供っぽいです。少佐、この砦に来てからもう2年が経つのになんで着任したばかりの人間のように感動するのでしょうか。それとも私が変なだけ?
「ねぇカミラこれ見て! これかわいい!」
そう言って少佐は私にクマの置物を見せびらかしてきました。どうやら木製の彫刻のようですが、これは可愛いというより恐ろしいです。そして価格は私の月給の半分くらい。こんなもの買うくらいなら隣の店で売ってる農具の方が便利です。特にスコップは墓穴を掘るのに便利でしょう。
「わかりましたから静かにしてください。周りが見てますから」
まぁこれだけバカ騒ぎする軍服着た女性がいればそれは周囲の目を引き付けること間違いなし。少佐は黙っていればどこぞのお嬢様っぽい出で立ちですからね。
「え? 私大人気?」
「いえ、悪目立ちしてるだけですよ」
周りからの冷たい視線を見れば人気などと誤解するはずがありません。
「いやいや、カミラが可愛いからでしょ」
「褒めても何も出ませんよ」
「えー……」
えー、って。なんですか私が可愛いって言うのは嘘なんですか。ちょっとへこみますよ。
っと、いけないいけない。つい少佐の空気に流されるところだった。時間もありませんし、これ以上目立ってもお店に迷惑がかかるだけですね。さっさと教会に行きましょう。
サラゴサの中央に立つ教会は、特別な何かがあるわけではありません。聖遺物もありませんし、聖人のお墓があるわけでもありません。ごく普通の教会です。名前もあるはずなのですが、サラゴサ唯一の教会であるため地元の人間は単に「教会」と呼びます。
ハーコート少佐が要らぬ寄り道をしたせいで、典礼の時間は始まっていました。コッソリ扉を開けて手早く準備をします。砦から持ってきた聖典の準備も万全です。
「ねぇねぇ」
「なんですか少佐、典礼中は静かに……」
「私来る必要なくない? 私聖典持ってないし」
「少佐も1週間分の罪を赦してもらったらどうかと思いまして。あと聖典は入り口に置いてありますから勝手に借りてください」
サボりまくってるんですから、少佐の罪は相当溜まっているはずです。このままでは地獄に落ちるどころの騒ぎじゃないので1回くらいは教会で典礼をすべきでしょう。何せ1週間に7回は寝坊する人ですからね。
しかしそうは言っても信徒じゃない者を無理矢理信徒にさせるのもまた神の意思に背く行為です。なので少佐には「強制はしませんよ」とだけ伝えました。
……でも意外なことに少佐は典礼を受けるようです。絶対に外で待つと思ったのですが。