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カミラの服

 目を覚ましてまず最初にすることは、日付と時間の確認というのはどこの世界でも一緒だと思います。

 今日は7月17日。現在時刻7時丁度。


 ハーコート少佐は御存知の通り寝坊常習犯なので、下手をすると午後にならなければ起きません。腐っても少佐なので始業開始時刻は遅いですが、それでも早めに起こしに行かないと大変なことになります。


 さっさと朝の支度を済ませて少佐を起こしに行かないと。


「あぁ……、でも今日は主日かぁ……」


 それを思い出した瞬間、やる気がみるみる失われました。


 主日というのは、とある宗教において定められている日のことです。7日に1度あるこの主日の日に、敬虔な信徒たちは教会に集まってお祈りをしたり、神父様からありがたいお話を聞いたりします。


 というかまぁ、私もこの宗教の信徒なのですが話すと長くなるので端折りましょう。


 そういうわけで、私はこの日は教会に行ってお祈りしたい気分なんです。でも悲しいかな、軍人っていう職業には安息の日はありません。この国は戦争をしていませんが、このサラゴサ砦は田舎とはいえ一応国境の砦。簡単には休めないのです。


 そもそもの話、私が仕えているハーコート少佐が無神論者のせいで「安息日? 毎日じゃなくて?」とか言い出すんです。少佐は毎日仕事しても追い付けない程仕事遅いんですから安息の日はありません!

 ……じゃなくて、少佐は無神論者なので主日がどうのこうのという枠にはまらず出勤します。大抵は寝坊しますが、上官であるハーコート少佐の勤務形態がそうなっている以上、従卒である私が休むわけにはいきません。


 私が休んだら誰がハーコート少佐を起こして仕事をさせてご飯作ってあげてコーヒー淹れてあげて愚痴を聞いてあげるんですか。この砦には女性は2人しかいないので余計私は休めません。


「そんなこと気にしないで、休みたい時に休めばいいのに!」


 と少佐が提案してきたことは、過去に1度ありました。その時はまだ少佐は「意外に仕事できるかも」と愚かしくも思っていた時なので、少佐の言葉を信じて休暇をいただいたのです。


 休暇の翌日、少佐の執務机には2日分の書類仕事が溜まっていました。


 あぁ、信じるのは神だけにしておこう。


 舌を出してウィンクしながら「ごめんね!」と謝ってくる少佐を見ながら、私はそう思ったのです。


 とまぁ前置きが長くなりましたが、今日はそんな休むに休めない、祈るに祈れない主日です。神様には申し訳ないですけど、今日は少佐の書類仕事に奉じるしかないのです。


 だから私は無理矢理やる気を出して、今日も元気に少佐を叩き起こさなければなりません。


 身を起こして寝間着を脱いで、顔を洗って、歯を磨いて、少佐程ではないにしろ自分の長い髪を梳かします。


「うーん、やっぱり面倒……」


 既に胸のあたりまである髪は、整えるのにそれなりに時間がかかります。それに私は癖っ毛なので、櫛が通り難い時も多いです。


「いっそショートヘアにしちゃおうかな、そしたら楽だし」


 うん。そうしましょう。髪を切るだけですからわざわざ床屋にや行きません。自分でもできますし、なんならハーコート少佐に頼みましょう。よし、善は急いで……と思ったその瞬間、ドアが壊れるんじゃないかというくらいの勢いで開け放たれました。


「ダメよカミラ、髪切っちゃ!」

「少佐!? え、ちょっとなんで!?」

「なんでって、そりゃカミラは長い髪が似合うからよ。ショートヘアのカミラってどうも想像がつかな……」

「そっちじゃないです! なんで部屋に勝手に入ってくるんですか!」


 ノックって重要だと思います! ビックリしすぎて壁際まで後ずさりしちゃったじゃないですか!


「聞き捨てならない言葉を聞いたからよ。カミラは切っちゃダメ。むしろ私くらい長い髪にしなさい」


 そう言って、ハーコート少佐はドヤ顔でその場でクルっと回転し、腰まである少佐の綺麗な髪が一瞬遅れてふわりとそれに続きます。


「ね? いいと思わない?」


 手入れ大変なんですよね、くらいしか思いませんでした。

 しかし私の言葉を待つ前に少佐が私の方に鼻息がかかりそうになるくらいの距離までにズカズカと近づいてきました。壁際にいる関係上、私にこれ以上逃げ場はありません。


「にしても」

「は、はい?」

「カミラの下着ってダサいわね……」

「余計なお世話ですよ!」


 勝手に人の部屋に入ってなに勝手に人の下着の選評をしているんですか! それに人狼族用の下着は流通量が少なくてデザインも少ないから仕方ないんです!


 私の講義を余所に、少佐ペタペタと私の耳やら体やらを触りまくります。下着選評の次はセクハラですか、救いようがないですね。


「あ、そうだ。良いこと思いついた」

「嫌な予感しかしないんですが、気のせいでしょうか?」

「いやいや気にし過ぎだって」


 少佐相手に気にし過ぎはないんです。残念ながら。


「それで、『良いこと』とは?」

「うん。単純明快よ。城下に行ってカミラの服買うのよ!」

「仕事しましょう」


 なにを言い出すかと思えばいつものサボりの口実じゃないですか。珍しく早起きして「あぁこの人も早起きできるんだ」とほんのちょっと感心していたのに、すぐこれですよ。


「いや、これはカミラの為でもあるの」

「何を言ってるんですか。別に私は今の下着でも文句はありません」


 確かに少し可愛げはないかもしれませんけども。


「乙女が服に拘らなくてどうするの!」

「服に興味がない女の子もいます」

「何言ってるの! ファッション雑誌のフリフリスカートのページ熱心に見てたくせに!」

「べ、べべべつに興味ありませんよ!」


 たまたま、たまったま目についただけです!


「それに、城下に行けば教会でお祈りもできるでしょ!」


 聞き捨てならない台詞が聞こえました。耳がピクピクします。


「カミラは教会に行けて尚且つ服も買える。いいことずくめじゃない」

「いえ、別に教会に行けないくらいではなんとも……」


 服も別に欲しいわけじゃないですし。


 ……本当に欲しくないですし。


「いいのいいの。普段からお世話になってるし、日頃の感謝を込めたお礼ってことで」


 それを聞いた途端、じわりと目からこみあげてくるものがあります。我慢できそうにありません。


「ハーコート少佐、そんな……そんな……………………そんなにサボりたいんですか!!」

「私どんだけ信用されてないの!?」


 このサボり癖には涙を禁じ得ません。なんなんですか! そんなことするから書類仕事が溜まるんですよ!


「あぁ、もう、いいから行くよ! 城下に!」

「いいです、仕事してください……というかその前に着替えさせてください!!」


 しかし少佐は頑として譲らず、結局「上官命令」を振り掲げられてしまって私には為す術もありませんでした。

 はぁ……明日、起きたくないなぁ……。

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