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査察報告書

 7月12日の朝。


 いつものように寝坊助上司のハーコート少佐を起こして、無理矢理執務机に座らせて書類仕事に専念させます。それでも少佐の仕事は遅いので、私が時折手伝ったり文句を言ったり実力行使に出たりしてやらせるんです。


「ねぇ、カミラ。私思ったんだけどさ」

「ダメです」

「まだ何も言ってない!」


 少佐はバンバンと机を叩いています。だからあなた何歳ですか。城下の子供たちの方がまだ大人しいですよ!

 それに言わなくてもわかります。この手の話題はもう耳にタコになるほど聞きました。


「どうせ『カミラが書類仕事してくれた方が早いし効率が良いんじゃないか』とか言い出すんでしょう?」

「え? 人狼族ってエスパーなの?」

「そんなわけあるかです」


 確かに私がやった方が早いかもしれませんけど、少佐が目を通さなければならない書類ばかり。そもそも私は一介の上等兵なので機密に触れる書類があったらどうするんですか。


「別にバレやしないよ。たった300人しか駐屯してないこの基地で多少の情報漏洩があったところで、本店の人は気付かないって」


 こんな機密意識が低い佐官、さっさとクビにすべきなんじゃないでしょうか。つい先日統合参謀本部の査察があったばかりだというのにこの有様です。きっと正式な報告書が届いたらけちょんけちょんに貶されているでしょう。


 ……と思っていたのですが。


「あ、そうそうカミラ。査察団からの最終報告書が届いたよ」

「え? もうですか?」

「うん。どうやら査察団長の……なんだっけな。ちょっと待って、と、あったあった。査察団長アッカー大佐は仕事が早い人みたい。はいこれ」

「……セクハラ魔なのに仕事早いんですか?」

「仕事の早さとセクハラの有無は関係ないから。たぶん」


 そうでしょうか。セクハラ魔でサボり魔の従卒として日々大変な目にあっている私にはそうは思えないのですが。

 まぁそれはさておき、ハーコート少佐から手渡された報告書を見ます。すると……、


「少佐、これ機密指定されてて尉官以上は読めないようになってるんですが」

「ばれなきゃ軍紀違反じゃないから」


 いやそう言う問題ではないでしょう。軍紀と言うものは守るためにあるのであって、決してばれなければ問題ないという話ではないです。


 いや、その前になんで上等兵で従卒でしかない私が少佐の副官まがいのことをしているんでしょうか。まずそこからしておかしいです。


「いいからいいから。それに尉官以上のみ指定っていうのは、尉官の承諾があれば外に漏らさなければ部下に見せてもいいものよ」

「……それ、本当ですか?」


 私も軍人になるとき合衆国の軍紀は一言一句覚えましたから、もしそうであれば記憶にあるはずです。最近改訂されたのか、それとも軍紀には書いて無くても慣例的にそうなっているのか……。


「いや、これは頭が固いカミラを納得させるための方便」

「…………」


 一発殴っても問題ないですよね? いくら上官と言えどもここまでバカにされたら殴っても問題ないですよね? ばれなきゃ軍紀違反じゃないですもんね?


「待ってカミラごめんって! 冗談、冗談だから!」

「どこから冗談なんですか?」

「『方便』って言うのが冗談なの! 索敵報告とか伝令とか、『まずは上官に報告、必要とあれば部下に伝達』ってことをするの。今回の報告書もそれと一緒よ! だからそんな怖い顔しないで!」

「……そうなんですか」


 あぁ、そうですか。うん。

 ……私怖い顔してたんですか。いけないいけない。頭に血が上るとつい。


「読んでも大丈夫ですよね?」


 一応確認します。


「大丈夫。私は嘘を吐かない」


 これほどまでに信用できない言葉というのも珍しいですね。まぁいいでしょう。いつまでもうだうだ言ってて報告書を読み損ねるのもバカらしいですし。


『サラゴサ砦査察報告書

 統合参謀本部査察局ジョンソン・アッカー陸軍大佐 新暦1746年7月8日作成』


 丁寧な書体に、整った書式。アッカー大佐とやらの性格が良く表れている報告書です。チラッと見ただけですが、見た目は厳つい軍人さんでした。そして中身は見た目通りと言うことなのでしょう。やはり性格と顔は比例する……と思いましたが目の前にいる上司は美人ですがご覧の有様です。迷信でした。


 まぁ査察内容に少佐の見た目に関する事項はありません。問題なのは少佐が適当に管理し、そして時に私に丸投げしているこの砦の惨状をきちんと指摘してくれる報告書で……、


 ………………。

 おかしいな。目が悪くなったんでしょうか。それとも一時的に言語能力が停止してしまったんでしょうか。


 なんか『当基地の管理その他において訂正されるべき事項はないと認める』とか書いてあるんですが……。


「え、あの、これ、本物の報告書ですよね?」

「本物に決まってるでしょ。私がそんな小奇麗な書式の報告書書けない事知ってるでしょ?」

「確かに!」

「納得するの早いなー……」


 少佐がこんな綺麗な字書けるはずありません。そもそも彼女の字は汚いか綺麗かで言えば「言われなければ字に見えない」というレベルですから、これは間違いなく本物です。


 なんていうことでしょう。アッカー大佐とやらは綺麗な字と丁寧な書式、そして武人然とした顔立ちをしておきながら仕事に関してはポンコツみたいです。こんなのほとんど詐欺じゃないですか。


「ま、私が本気を出せばこんなもんよ。そもそもこんな善良な基地に査察団が来ること自体おかしいのよ。だから報告書の内容は、ある意味当然の結果なの」


 ハーコート少佐の言葉が受け入れられません。査察団が来ると知った時、これでハーコート少佐の自堕落ぶりが本店の人に明らかになる、だから少佐も心を入れ替えて働いてくれると思ったのに。


「あぁぁぁ……」


 思わず私はその場でへこたれました。

 この国の人間はみんなこうなんですか……?


「まぁそんなに落ち込まないでカミラ。確かに査察団が来るって決まった時のあなたの喜びようってば、今思い出すと……」

「やめてください!」


 こみ上げる涙を必死に抑えながら、少佐に掴みかかったところまでは覚えています。その後はあやふやです。


 こうして、ハーコート少佐の生活態度は終ぞ改善することはありませんでした。

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