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終焉:総攻撃

約1年ぶり。ゆるちて

 8月22日未明。


 サラゴサ砦にいる合衆国軍は、殆どが眠りについていた。


 連日連夜の坊城戦に疲れ果て、その矢先の降伏交渉の開始。王国軍の指揮官、カルロス王子はその降伏を受け入れた。


 戦いが終わると確信した合衆国軍が、眠りにつく。指揮官のアイリアや、歩哨に立っている者とて例外ではなく、ぐっすりと寝た。


 ……寝てしまったのだ。

 その降伏の受理が、偽物であることも気づかずに。


 サラゴサ砦に、多数の兵が近づく。

 見張りが眠りにつく中、合衆国軍はその動きを感知できない。音もなく近づく銃剣は、あっさりと、砦の周囲に立つ歩哨をひとりひとり丁寧に殺害していった。


 そして最後の一人が、戦いの命運を分けた。その一人となった者の名は不明であるが、ともかく、それが最初の号砲となった。


「――な、なんだお前らは。て、敵襲!」


 装填済みのライフルのトリガーを、無我夢中で引いた。


 夜で視界がほぼ0。慌てて撃ったそれが王国軍兵士に当たるはずもない。だがその一発が、極めて重大だった。

 慌てて射撃した歩哨に、王国軍も奇襲がばれたと思い焦ってしまった。そしてその微かな抵抗を試みた歩哨を、戦列歩兵の一斉射撃で倒してしまったのである。


 夜のサラゴサ砦に響く、戦列歩兵の一斉射撃音。モーニングコールの代わりになるのは必然。


「い、今のは何!?」

「――ハーコート少佐、敵です! 敵が攻めてきました!」


 奇襲は、あと少しの所で失敗した。

 サラゴサ砦を守る合衆国軍は、大慌てで迎撃の準備をする。


「総員戦闘配置、戦闘配置! 砲兵は砲に取りついて、歩兵は城壁上で射撃位置に!」


 アイリアは叫び、兵は走る。


「マクナイト、貴方は東側を頼むわ。私は西を指揮する」

「了解! 御無事で!」

「当然! こんな卑怯な連中に負けるほど、軟な身体してないからね!」


 そしてサラゴサ砦は、黒色火薬特有の白煙と臭いに包まれた。


 王国軍は城壁に取りつこうと、城壁周りの障害物や塹壕を必死に越えようとしている。合衆国軍はそれを阻止せんと、城壁上から射撃をする。


 上からの攻撃が有利というのは弓でも銃でも変わらない。アイリアはそれを理解し、且つ、各自が狙いをつけやすいよう最初から各個射撃をしている。

 命中率は悪いが、少しでも多くの弾丸を敵に浴びせねばならない。


 幸い、火薬はある。砲弾はなくとも、適当な石つぶてで射撃ができる前装式ライフル・大砲の有用を最大限に活用して。


 大砲の場合では、石つぶてであるほうが防城戦では優位だったかもしれない。散弾のように飛び散るその石弾が、数多くの王国軍を薙ぎ倒す。


 その優勢を最大限に生かさねば、負けない。


「クソッ、肩がッ!!」

「ジェームズ! 大丈夫!?」

「大丈夫です少佐! たとえ両腕が逝っちまっても、脚で撃ってみますよ!」


 だが、状況は圧倒的に不利だった。


 戦力差が圧倒的なのである。

 加えて、連日連夜の度重なる戦闘で、将兵は皆疲労している。


 時を経るごとに、戦況は坂道を転げ落ちるボールのように加速度的に悪くなる。合衆国軍兵士は斃れ、城壁に取りつき始める王国軍兵士の数が増えていく。


「城壁を登らせるな! 梯子はすぐに破壊しろ! そのために斧があるんだ!」

「少佐、東に展開している兵が多いです。西から増派を!」

「ダメよ! 西も多くがいるわけじゃない。なんとしても持たせて!」


 アイリアは叫ぶ。必死に叫ぶ。

 サラゴサが落ちれば、王国軍はすぐに北上を開始して無防備な合衆国本土に侵攻する。


 たとえカミラが応援を呼んできてくれたとしても、暫くは王国軍の徹底的な略奪が続くだろう、と。


「――だから、ここで止めなきゃいけないのよ!!」


 アイリアの頬を銃弾が掠める。

 隣に立つジョーンズの頭から血が弾けて斃れる。


 城壁を這い上がって城壁上に到達する王国軍兵も出てきた。


「――ッ! 着剣! 白兵戦用意!」


 咄嗟に命じる。アイリアを含めた多くの兵士が、銃剣による白兵戦を開始した。銃弾を再装填している暇さえなくなった。


 そしてその最中、さらなる凶報がアイリアを襲う。


「ハーコート少佐、敵が西から――」


 その報告は、伝令の首が弾け飛んでしまったことによって中断される。

 彼の血が、彼の脳漿が、彼の生きた証がアイリアの全身に降りかかった。


 そんな状況よりさらに悪いことが、伝令の遺骸の向こうにあったのだ。


 合衆国軍が使用していた大砲を奪い、砲口をこちらに向けて再装填している、彼ら、王国軍兵士の姿があったのだから。


 そして崩れゆく合衆国守備兵と、突撃してくる王国軍兵に紛れて、西側で指揮を執っていたマクナイト大尉が近づき、いつもと同じような冷静な報告をアイリアにもたらした。


「――少佐、城門は既に突破されました」


 あまり聞きたくない、真実であった。

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