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降伏の使者

「……降伏の使者だと?」

「はい。殿下に目通りを願っていますが、如何なさいますか?」


 8月20日。

 以外にしぶとい辺境の砦の占領に手こずっていた王国軍カルロス王子は、部下からの報告に一瞬眉を顰めた。だが同時に、防衛側も限界が近い事を悟った。


「わかった。通せ」


 王族ならではの慇懃無礼な態度だったが、この時彼は場合によっては合衆国軍の降伏を認めてもよかった。それは王国軍もまた疲弊していたから。もしここでさらに時間を食えば、合衆国本国から援軍が到着してきてしまうのは目に見えている。


 だから彼は使者との謁見を快諾したのだが――。


「……女、か」


 降伏の使者としてやってきたのは、アイリア・S・ハーコートなる女性士官だったのである。

 カルロスは、その女性が士官であることは服装からわかっていたが、しかしその軍人としてのオーラを感じさせない身なりから彼女の事を司令官だとは思わなかった。


 ただ、降伏の使者に女性が来たと言う事実のみを重視した。


「女性はお嫌いですか、殿下?」

「いや。むしろあなたは好みの部類に入る。敵でなかったら、ここで求婚していたかもしれんな」

「お褒め戴き光栄です」


 アイリアとカルロスの会談は短時間だった。


 アイリアが提示した条件は、現在砦に立て籠もっている合衆国人の身の安全の保障。それと引き換えに、サラゴサ砦を無傷で引き渡すこと。実行に際する猶予期間は48時間。


 ごく無難な、ごく普通の条件。


 だからこそカルロスは、その条件を快諾した。

 不敵な笑みと共に。



 アイリアが王国軍から去り、そしておそらく朗報を持って砦へと向かう。

 だがその一方で、カルロスは準備をする。その日の夕刻、彼は部下であり参謀であるディアス大佐を呼んだ。


「殿下、お呼びでしょうか?」

「あぁ。今日、砦から降伏の使者が来たことは知っているな?」


 彼の言葉に、大佐は頷く。


「そして私は、その提案を受け入れることにした」


 そしてカルロス王子の発した言葉に、大佐はほっとした。

 殿下が降伏を拒否し、徹底的な破滅を望む脳筋でなくて良かったと安堵した。しかし続くカルロス王子の言葉に、ディアスは一瞬、自分の耳がおかしくなったのではないかと驚いた。


「ディアス。明日の夜、砦に対し総攻撃を仕掛ける」

「なっ……!?」


 笑みを浮かべるカルロスの目は、鷹であり、そして将来の専制君主となる器を感じさせる冷酷さを持ち合わせていただろう。

 ディアスの驚きを見たカルロスは満足した。この反応を待っていたと言わんばかりの態度でもって、彼はその意図を説明する。


「合衆国の奴ら、余程余裕がないらしい。女の士官を降伏の使者に寄越すとはな」

「……それは」


 それは確かにそうだ、と大佐も同意しかけた。

 そして今回ばかりは、カルロス王子の言葉は正しかった。


 合衆国軍の砦、サラゴサ砦は最早余裕はない。食糧、弾薬、士気、援軍の見込み、防城戦に必要なありとあらゆるものが不足し始めていた。

 その状況を打開するための降伏。そして敵に心の隙を作らせるために女性を降伏の使者に選び「女が言うのだから」と安心させると同時に、疲弊した男性の兵を使者として送れないと言う逼迫した状況があるということを密かにカルロスに伝えてきてしまったのである。


 これは明らかに、アイリアのミスだったと言える。


「この程度の辺境の砦、実力で取ってこそ意味がある。政治的にも、兵の士気と言う意味でも」


 極めて残忍な決断を、カルロスは行った。

 降伏を認めた相手に対する総攻撃というものを。

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