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唯一の活路

 8月16日。


 その日は、朝から雨でした。状況を考えれば恵みの雨とも言えます。

 私は昨日、ハーコート少佐に命令されました。敵の包囲網を強行突破し、援軍を呼べと。確かにそれは有効な手、いえ正確に表現すれば、それは唯一残された生存の可能性ということです。


 サラゴサ砦は包囲され続け、援軍の見通しは立っていません。敵の数は増え続け、翻って食糧や弾薬は減り続け、その限界が見えてきました。


「カミラ。辛いだろうけど、大変だろうけど、頼むわね」

「……なんていう目をしているんですか、少佐」


 ハーコート少佐はいつになく真剣で、でもなぜか寂しそうに答えます。なぜか、これが今生の別れとなるかのような目で私を見ています。


「申し訳ないって思ったの」

「はい?」


 意外です。少佐からそんな「申し訳ない」という謝罪の言葉が出てくるなんて。


「私たちはあなたに頼るしか生存の道が残されていない。あなたに全部を背負わせてしまう。それが申し訳ない。そう考えたら、ね」

「何言ってるんですか。少佐が無茶ぶりをするのはいつもの事じゃないですか」

「……そう?」

「そうです! 朝ちゃんと起こせと命令するし、朝ご飯も作れと言うし、かと思ったら急に街に行くと言い出して――」


 気が付けば、私はいつものように少佐にいろいろ言っていました。でもこれでいいのです。これが本来の私たちの関係なのですから。


「本当に無茶言い過ぎです。他にも――」

「あー、カミラ。程々にしよう? そろそろ心が苦しくなってきたし、あまり時間ないから」

「むっ」


 まだ言い足りないですが王国軍に免じて許してあげます。


「というわけで少佐。私がいない間もちゃんと朝起きてくださいね。それと朝ご飯もキチンと取ってください。面倒だからと言って食事抜きにすればそれこそ正常な判断力を失って戦死してしまう可能性があります。それと――」

「わかってるわかってるわよ!」

「本当に?」

「本当に! カミラのおかげでこの数年間鍛えられてるんだから!」


 軍人が鍛えるのは当たり前ですが。

 しかしそれを突っ込む時間もないですね。早くしないと雨が止んでしまいます。


「……では少佐。行ってきます。援軍を連れて、絶対に戻ってきます」


 そう言って私が敬礼すると、ハーコート少佐が手を差し伸べてきました。握手だと理解した私は同じく右手を出します。

 少佐がそれを握り返して……そして私の事を思い切り引っ張りました。慣性の力が働いて、私は少佐に抱き寄せられる格好に、否、抱き締められました。


「カミラ、元気でね」


 本当に、永遠の別れとなるような挨拶でした。




---




 馬に跨り、隙を見て砦を出ます。

 馬腹を蹴って加速し、王国軍の監視の目を掻い潜ります。雨という気象条件は私の単独突破を助けてくれました。雨粒が私の姿を隠し、雨音が馬の足音を消し、雨によって下がった気温は王国軍の士気をも下げます。


「おい! 止まれ!」


 しかしまったく見つからないというわけではありませんでした。歩哨に見つかった私は銃を向けられます。でも、それでも私は止まりません。むしろ加速を付けます。


 私は知っています。王国軍の使用する銃は燧石式小銃で、それはとても雨に弱いということを。だから王国軍は仮に引き金を引いても、その銃は反応しないでしょう。


 無論それは相手も承知の上で、王国軍は一様に着剣、槍衾でもって私を止めようとしました。


 良い判断です。でも、無駄です。


「ハッ!」


 私は馬上で小銃を操作します。まずは1発撃ち、そして再装填。

 騎兵用の銃ではない普通の銃ですが、それでも合衆国軍の銃は雷管式小銃。雨に強いのが、燧石式と異なる点です。


 マクナイト大尉に教わった、銃の早期装填。


 十数秒で装填し終えた私は、加速する馬の上でそれを撃ちました。

 私を担ぐ馬がその銃声に反応して一瞬怯みましたが、王国軍はもっと怯みました。こちらが一方的に銃を撃てるというのは脅威です。たとえ一人でも。


 前方の敵兵に隙が出来、私はその隙間に馬を走らせます。


 一度突破してしまえば、あとは私に追随するものは居ません。王国軍の士気の低さも相まって、私は完全に突破することが出来ました。


「ハーコート少佐……、必ず、必ず戻ってきますから!」


 揺れる馬上で、私は無意識にそう叫びました。



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