援軍未だ見えず
「ただいま戻りました」
「あー、カミラおかええええええええええええええっ!?」
8月14日夕刻。
王国軍の強襲は南側、西側全てにおいて失敗。我が合衆国軍は損害を出しつつも防衛に成功したのです。
なのですが、ハーコート少佐の慌てぶりは近来にない喜劇と言えるものです。なぜでしょうか。
「ちょ、ちょっとカミラ! どうしたの!?」
「えーっと、西側において強襲を仕掛けた王国軍は追い払いました。戦果は不明ですが、少佐が考案した石弾砲は今後の防衛においても有利だと思います。しかしガーリー少尉が戦死してしまいました」
「……そう、ガーリーがね。まだ若いのに、申し訳ない事をしたわ」
ガーリー少尉の戦死が、サラゴサ砦初の士官の戦死でした。
少佐の言う通り、彼はハーコート少佐と変わらないくらいの年齢で優秀な方でした。それだけに、悔やまれます。
「でも、悔やんでる暇ないわ。そんなことよりもカミラ?」
ガーリー少尉の戦死を「そんなこと」呼ばわりですか……。
「なんでしょうか、少佐」
「……服、どうしたの?」
「服? ……あぁ」
そう言えば、そうでした。
私は西側防衛戦の時に乱戦に巻き込まれて、そして後ろから友軍砲兵に撃たれたんでした。まぁ「私ごとやってください」と言ったので、生きてるだけで満足なのですが。
「『あぁ……』じゃなくて! なんで! そんなに! 服が! ボロボロなのに! 平気な顔してるの!」
文節ごとに感嘆符を付けるって相当大変だと思います。少佐はまだそんなに体力あるんですか。
「ボロボロと言っても、服としての機能はまだありますし」
「そういう問題じゃないわ!」
「いえ、しかし服くらいで文句を言っても仕方ありませんよ少佐。籠城戦で物資が貧窮して――」
「カミラは女の子だから服に文句つけていいの! さっさと部屋に戻って予備の軍服に着替えてきなさい!」
ハーコート少佐といると、どうも自分たちが危機に陥っているという感覚が抜けてきます。どうしてでしょうか。
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カミラが立ち去ったことを確認した司令官アイリア・ハーコート少佐は、マクナイト大尉を始めとした主だった士官を集めた。
「……ガーリー少尉が死んだことは、知ってるわね?」
重々しい言葉と共に放たれた言葉に、士官は全員頷く。
尉官の中で最も若く優秀な人物の戦死は、サラゴサ砦守備隊の士気に大きく影響を与えていた。他の士官が士気を鼓舞しようとしても、援軍が何時までも来ないことと相まって、兵達の士気には底が見え始めている。
「このままではジリ貧。サラゴサは落ちるわ」
ハーコートの言葉に、誰しもが頷くしかなかった。
彼我の戦力差は絶大で、物資も欠乏し、士気が下がり、味方の屍は増える。おまけに援軍が来ない。その状況下で砦を守り切れる自信がある者などいない。
王国軍は今回の強襲に失敗したが、合衆国軍にかなりの損害を与えることに成功した。1回ダメでも2回、それがダメでも3回と強襲を繰り返すはず。彼らは躊躇しないだろう。
「……砲が再利用できることはわかったからここ数日はまた様子見が続くでしょうけど、それも時間の問題。幸いなことに市民の避難は完了してるから私たちの戦略目標は達成できてる」
そう、そうだ。
1週間に亘る防城戦の結果、サラゴサ市民を逃がすことは成功しているのだ。この戦いの意味がサラゴサ市民の避難の時間稼ぎである以上、このまま戦うことに意味はないないはずなのだ。
「だからみんなに聞きたいの。このまま戦って玉砕するか、汚辱にまみれても降伏するか」
究極の選択である。どちらをとっても軍人にとっては辛い結果となる。
最初に発言したのは、副司令官のマクナイト大尉。
「私個人としては玉砕を選びます。ですが兵たちの意見も聞くべきです。戦うか、降伏するかを」
マクナイト大尉らしい答えである。
続く士官らも、マクナイト大尉と同じ意見を出す。
「兵達を我らの我が儘に付き合わせるわけにはいかないでしょう」
「戦って死ぬのは本望ですが、そうでない兵も多いですからな」
と。
ハーコートはその意見を否定せず、深く頷く。
「私も同意見。今更あんな奴らに頭下げるのは癪だわ。でも、兵を生かす道を作ってあげるのも私たち士官の仕事でもある」
結論は出た。この戦いの終止符がいよいよ見えてきたのである。潔く、そして無意味な戦いが始まるのだと誰もが思った。
しかし、ハーコートは言葉を止めなかった。むしろここからが本題だと言わんばかりの口調で、話し始める。
「だからねみんな。お願いがあるの――」