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サラゴサ砦の戦い ‐防城戦5‐

 数の利がある王国軍の攻勢は苛烈である。


 敵が用意している銃砲弾の量よりも多く兵を展開させ、敵の銃砲弾投射速度よりも早く突入すれば、たとえ敵に砦と言う地の利があったとしても勝て得るのである。

 さらにこのサラゴサ砦の例で言えば、長く続いた籠城によって守備隊の士気と弾薬食糧は漸減していた。特に砲の弾切れは深刻な問題で、故に王国軍は十分に砦攻略を成し遂げる土台があったのである。


 ――その時までは。


 11時40分。

 砦南側から度重なる強襲を仕掛けていた王国軍は、防備の薄くなった砦西側から攻撃を開始。奇襲を受けた形となる合衆国軍の対応は後手に回り、城壁に肉薄されてしまう。


「なんとしても砦の中に奴らを入れるな!」

「撃ち続けろ! 壁を超えるんだ!」


 両軍の士官の命令と、兵達の怒号と鬨の声が響く。黒色火薬から発せられた白煙は辺りを包み、それが戦場の混沌さに拍車をかけた。


 胸壁から身を乗り出しては各個に射撃し、装填してはまた射撃する。それを繰り返す合衆国軍に対して、王国軍は戦列を組んで一斉射撃をする。

 合衆国軍が1発撃つ間、王国軍は30発の銃弾で以ってそれに答えた。


 西側が突破されるのは時間の問題だと誰もが思った時、


「ガーリー少尉! 南側から増援です!」

「敵か、味方か!?」

「――両方です!」


 11時42分。

 西側から攻撃せんとする王国軍は南側の部隊に増援を要請、これが受理されて西側の兵力が増大。これを以って一気に壁を乗り越えようとした。

 それと同時に合衆国軍も増派。砲兵士官や、ハーコートの代理として派遣されたカミラを中心とした人員である。しかしガーリー少尉の期待とは裏腹に、その増援は極少数であった。


 だが、その増援は見離せない点がある。なぜか弾切れとなって使えないはずの砲を持ってきたからだ。


 疑問符を浮かべるガーリー少尉に対し、砲兵は質問する隙を与えずに射撃態勢を取る。そしてカミラがガーリー少尉に近づき、ハーコートの意思を伝えた。


「少尉、ハーコート少佐から一旦退却の命令です。胸壁から離れてください」

「……なに!? しかし、それだと――」

「説明している暇はありません、とにかく急いでください。この砦は落ちませんから!」


 ガーリー少尉は逡巡する。

 弾切れの砲を持ってきて急に退却の命令が出るこの状況下で逡巡するだけの余裕と冷静さがあることが驚くべきことだが、しかしそれが王国軍に対して一瞬の隙を与えることになる。


「今だ、突撃!」


 ほんの数秒、合衆国軍の命令と射撃が途切れ、王国軍士官は声を荒げる。王国兵は腰から銃剣を取り出して白兵戦の構えを見せた。一度崩壊した戦線は決壊した堤防のように兵を一気に押し出し傷口を広げる。次々と壁に梯子が架けられ、王国兵が雪崩れ込んだ。


「クソッ、退却し――」


 一瞬の迷いが、ガーリー少尉の生命を奪った。

 彼は命令を全て伝えぬまま後頭部に銃弾を食らい、即死した。


 指揮官が倒れた合衆国軍は、自然と退却する。いや、退却と言うよりは潰走する。王国兵に背を向けて一目散に逃げた。


 カミラの目の前に、数多の敵が迫る。


「このっ、こんなところで……!」


 間一髪着剣を終えたカミラが白兵戦を演じる。その傍、増援に駆け付けた砲兵士官がガーリー少尉の部隊の指揮を引き継いで、統制回復を試みる。


 カミラは人狼族故の、身体能力の高さで白兵戦を有利に運ぶことはできた。だが彼女はまだまだ幼いと言えるほどの少女であり、そして何より数的差が絶大であった。


「ウィールドン上等兵! 後退しろ!」

「わかってます! でも……!」


 統制を回復しかけた砲兵士官の指揮と、事情を察した南側守備隊がさらに増援を出す。一斉射撃からの白兵戦によって王国兵を押し戻そうとした。

 だが一度突破された胸壁は次々と王国兵を砦の中に招き入れ、対処できない。


 故に、彼女は決断する。


「私に構わず、お願いします!」

「なっ……」

「お願いします! 時間がないです!」


 時間がない。それは砲兵士官にもわかっていたこと。しかしその決断を一瞬その砲兵士官は躊躇う。だがその躊躇いは、先程のガーリー少尉の二の舞になることを砲兵士官は、カミラは恐れたのである。


「……上手く避けろよ!」


 砲兵士官は一言そう叫ぶと、部隊に下令する。持ち込んだ砲の前に立たぬよう隊を移動させ、射撃態勢を取る。それによってさらに、カミラは孤立する。


 しかしその孤立の時間を長くさせるわけにはいかない。信仰が深いわけではない砲兵士官は、珍しく神に祈り、そして砲兵を指揮する。


「発射薬装填!」

「――装填よし!」


 砲弾は、確かに切れていた。

 包囲下にあるため、当然補給が受けられるはずもない。


 しかしこの時代の、銃砲はすべからく前装式である。そして前装式は遥か後世発明される後装式砲にはないある特徴があった。


「麻袋、装填!」


 砲に収まる大きさのものなら、なんでも入るという特徴である。

 砲兵士官の命令によって、石を大量に詰めた麻袋が砲に装填された。


「―――――装填よし! 照準よし!」


 麻袋は、当然発射薬燃焼時の爆圧によって破裂し、砲身から飛び出る際にその中に入っていた物を広範囲に散らす、いわば散弾キャニスターのように使えるのである。

 散弾より使い勝手は悪いが、たとえ包囲下にあろうとも簡単に調達できるのがその最大の特徴だった。


 しかし散弾である以上、砲を向けている先にあるもの、かなり広範囲にわたって危害が及び、その危害範囲の中にはカミラもいた。


 だが、砲兵士官はこの期に及んで迷わなかった。神に祈り、そして命令を下す。


撃て(ファイア)!」


 数日ぶりに合衆国軍の砲が火を噴き、そして多くの石弾が砲から飛び出した。

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