サラゴサ砦の戦い ‐防城戦3‐
8月11日。
王国軍による攻城戦開始から3日目。
「意外としぶといな、大佐」
「辺境とは言え、国境の砦ですからな。簡単に落ちては意味がありませんでしょう」
「尤もだ」
サラゴサ砦を攻略せんとする王国軍1400は、カルロス王子とディアス大佐の指揮によってサラゴサ砦を包囲。大砲による間断ない射撃によって砦を攻撃するが、サラゴサ砦は未だ陥落していない。
「しかし包囲も4日目、兵の士気が落ちている。どうだろう大佐。ここで一度強襲を仕掛けてみるのは?」
「失敗すれば兵の士気は益々落ちますでしょう。それに攻城戦は辛抱が肝心です。無理に強襲を重ねて屍を築き上げることもありますまい」
強襲を主張するカルロスに対し、ディアスは諭すような口調でそれに反対する。
数日前までの彼らの関係から見ればおおよそ別人に思えるような会話であったが、前哨戦におけるディアスの奮闘ぶりがカルロスの心を変えたのである。
「とすると、やはりこのまま大砲を打ち続けるだけに留めるか?」
「はい。弾薬は大量にありますし補給も潤沢。使い切る勢いで射撃を続けても問題ないかと。それと並行して砦の周りに陣地を築き、そこから歩兵による射撃も行いましょう。さすれば、今以上に成果が上がるかと」
「なるほど、確かにそうだな。工兵隊に連絡してそうさせるよう指示しよう」
カルロスがディアスの助言を受け入れ、伝令兵にその指示を伝えている中、別の伝令兵が彼らの下にやって来てある報告をする。
「報告します。以前殿下が要請された増援部隊が、明後日到着されるようです」
「明後日か、随分と時間がかかったな」
カルロスがそう苦言を呈すると、伝令兵が一瞬震え上がった。先日の、ディアスに対する横暴な態度が、彼の脳裏をチラつたのである。それを鋭敏に察知しえたカルロス王子は、すぐに言葉の真意を説明した。
「……あぁいや、責めているわけではない。理由を聞きたいのだが」
「は、はい。砲を運ぶ器具が損壊したため運ぶのに苦労したようです」
「そうか。なら砲の増援があることを喜ぶべきかな。合衆国軍の奴らにかなり多くの砲が破壊されてしまったのでな。ご苦労だった、下がっていい」
カルロスの指示で、伝令兵は恐縮しながら後ろに下がる。
それと入れ替わりに、ディアスが再びカルロスに話しかけた。
「増援が来るとは、小官は聞いていませんが……」
「済まない大佐。増援は王国の正規軍ではなく、近隣地域の貴族の私兵なのだ」
「私兵、ですと?」
「あぁ。どうやらこの合衆国に対する懲罰に参加したい者が多いらしい。親父殿がこの戦争は正式に認めてくれるのも時間の問題さ」
「……」
「安心しろ大佐。何千の増援が来ようと、私は貴官を勲功第一として報告させて貰うつもりだ。精進してほしい」
「……微力を尽くします」
ディアスはそう言って深々と頭を垂れたが、彼が不安に思っていたのは武勲を横取りされることではなかった。貴族の私兵と言うのはそれ即ち士気や規律のなっていない民兵といった様相が強い。そんな増援部隊が、軍事の素人の域を出ないカルロス王子率いる正規兵部隊と上手くやっていけるのか、それが不安だったのである。
しかしその一方で、破損した砲の補充が受けられることと、兵の質はともかく量が補充されることは歓迎すべきことだったかもしれない。サラゴサ砦に対する攻略をあぐねていた彼らにとっては、後詰の部隊、あるいは先鋒としての露払い、弾除け、そう言った任務に適した増援がやってきたと言う意味でもあるのだ。
そうなると、ディアスの心は先程とは別の方向に持って行かれることになる。
「殿下。先程の小官の言葉、撤回させていただきます」
「先程の言葉? それはどの言葉だ?」
「……サラゴサ砦に対する『強襲』についてです」
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私はその日も警戒と反撃を繰り返していました。
相変わらず王国軍の砲声は止まず、それどころか陣地を構築した王国軍歩兵の銃撃が開始されました。まだ距離があるため威力命中率共に話にならないレベルですが、それでもケガをしないわけではありません。
「第1小隊攻撃準備、敵を狙って!」
敵の銃撃の激しい地点は、砦南側。王国軍砲兵の攻撃がある中、ハーコート少佐率いる私たち第1小隊は砦の胸壁の内側で射撃準備をします。
「少佐、銃剣は?」
「まだいいわ。敵はたぶん突撃してこない。それに今着剣しても装填の面倒でしょ」
銃剣は銃身の下に装着します。これにより射撃しつつ白兵戦も可能にし、古代から続く槍兵を戦場から消し去った偉大なる発明です。ですが欠点は、銃剣を装着すると銃身が前に移動し、結果狙いが定めにくくなります。また銃剣が邪魔で弾薬の装填が上手く行かず、数秒程度ですが装填が遅くなります。
1秒が生死を分けるのは戦場の鉄則ですからね。恐らくこれは今も昔も、そして未来でも変わらないでしょう。
「構え! 照準! ――撃て!」
少佐の命令で私たちは陣地に立て籠もる王国軍兵に対して応射します。しかし彼らが陣地にいる以上、その攻撃は本来の半分届けばいい方でしょう。
「各自、任意に射撃!」
黒色火薬が燃焼したときに発生する独特の白煙があたりを包み、目や鼻を刺激します。どうもこの臭いは好きになれません。まぁこの臭いが好きだと言う人は、相当な変人か狂人でしょうが。
8月12日、籠城開始4日目。
合衆国軍の増援は、未だ来ません。




