サラゴサ砦の戦い ‐防城戦2‐
遅れました。ごめんなさい。
それとタイトルが微妙に変わりました。
王国軍の砲撃は、日没後から始まりました。
砦側からの砲撃によって大半を潰したと思っていましたが、どうやら到着が遅れた砲兵がいたようで、私たちが弾切れになってから展開を完了したのです。
「王国軍にしては勤勉ね」
というのは、自分のことを棚に上げて王国軍の勤務態度を評価するハーコート少佐です。
「少佐が言うな、と言いたいところですがその前に、『王国軍にしては』とはいったいなんなんです?」
「ん? あぁ、まぁそんなに難しい話じゃないんだけどね」
そう切り出して、少佐は王国軍の砲撃音をBGMに説明し出しました。
王国は、その名の通り王制、しかも国王に強力な権限を持たせる専制君主国家です。我が合衆国は民主主義国家ですので、まるっきり逆の国家体制ということになります。
海の向こうにある帝国でさえ、今は議会を持っていると言うのに。
要するに、この国はそろそろ時代遅れとなる専制君主制に固執する国ということ。合衆国にしろ帝国にしろ、程度の差はあれど民衆の意見が国家に反映される世界になったのに、王国は未だにその体制に拘ります。
そのため、王国の民たちは王家に対する忠誠心を失いかけているそうです。
既にあの国は収拾のつかない程に国内の問題が山積しているのだ、とハーコート少佐は予測していました。
「なんでそんなことわかるんですか?」
「まぁここは国境の町で、王国からの通商も結構盛んだからね」
だそうです。
国内の箍が緩んだ王国は、国民による大小様々な反政府暴動や革命運動へと発展します。運動に参加していない国民たちは、政府に反発しないまでも非協力的な態度を取り続けます。
そんな状況下にあって王国が合衆国に侵攻しても、麾下の兵達は軒並み士気が低く、部隊長の命令を聞かない、あるいは適当に済ませるということが多くなる。故に増援がいつもまでたっても来ないとか、監視が甘くなってサボタージュで部隊が行動しないとかいろいろ問題が起きる――
「はずだったんだけどね」
そう少佐が溜め息を吐きながら言うと、またしても砲弾が着弾し、城壁の一部が壊れました。
まぁ城壁程度はまだ大丈夫なんです。この砦の防御は城壁ではなく堡塁にありますから、城壁が多少壊れても歩兵戦は有利です。
なのですが、問題は現在時刻です。
少佐の持っている懐中時計が正確であるとすれば、今は夜の22時50分。草木も眠る真夜中です。
それにもかかわらず、王国軍は砲撃を繰り返します。五月蠅いったらありゃしません。
「ったく、私は穏やかで暖かくてカミラのいる眠りを求めているだけなのに、砲弾までついてくるなんてね。こんな爆音の中寝られるわけないじゃないの!」
少佐はいつもの調子で文句たれますが、これは深刻な問題でした。
通常の戦いでは、夜になったら両軍とも攻撃を停止して休みます。月明かりも夜襲が出来る程の明るさを担保してくれませんし、なにより真っ暗な中行動するって結構難易度高いんですよね。目の良い人狼族でさえ、夜襲は難しいです。一応監視はつけますけどね。
そんなわけで、夜というのは大抵寝て体力を回復するものです。これは戦時でも平時でも変わりません。戦場で寝るかベッドの上で寝るか、起きたらすぐに銃弾が飛んで来るか来ないかなどの違いはありますけれど。
なのに今回王国軍は昼夜問わず砲撃を繰り返すことに決めたようです。目的は明白、その砲撃音で私たちを寝させないためです。
眠れないのは確かにきついですが、いつ自分の真上に砲弾が落ちてくるだろうかと心配しながら砦の中で怯えるのはちょっと、いえかなり精神を消耗します。
「ばっきゃろー! 眠れないだろちょっとは大人しくしろー!」
精神を消耗しないのはこういう人だけです。
「少佐が一番五月蠅いですよ」
「……そう?」
「そうです」
少佐が五月蠅くしてるから敵砲兵がこちらに狙いを定めているのではないかと錯覚するくらいには、少佐は五月蠅いです。
「ところで少佐、ひとつ質問が」
「なに?」
「なんで人の部屋に入ってきてるんですか。少佐には少佐の部屋があるでしょう」
今私たちがいるのは、私の部屋、そして私のベッドの上です。大きいとは言えないので2人乗ると狭くて零れ落ちそうです。
「いやこの五月蠅さだからさ、カミラ抱き枕にして寝ようかと」
「だまらっしゃい」
ハーコート少佐、私のこと好きすぎじゃないですかね?
「少佐はいつも寝てばっかりなんですから、今日くらいは徹夜してください」
「無理。1日37時間くらい寝てないと身体が持たない」
どんな魔法使ったらそんなに寝れるんでしょうか。1日は24時間しかないのに。
「では戦いが終わったらゆっくり寝れますから早く敵を追い散らしてください」
「無理。兵力300じゃ何もできない」
態度は変わりませんでしたが、言葉の意味は少し重かったです。
「……無理なんですか」
「無理ね。相手の士気と食糧が尽きるか、味方からの増援が来ないと」
「増援……、来ますよね?」
相手の補給が切れる、というのは期待はできません。何せここは国境の町です。王国からの補給が途絶えるなんてことはないのですから。
となると増援の到着に賭けるしかありません。
増援要請の請願は、マクナイト大尉らの指示によって方面監部や近隣の砦にも知らされています。もっとも近い砦からサラゴサまでは数日ですから、それまでにここが持てば勝てます。
「……絶対来るわ。私と違って、マクナイト大尉は仕事早いし正確だし」
少佐は自信満々に、そう答えました。