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サラゴサ砦の戦い ‐防城戦1‐

 新暦1746年8月9日12時30分。

 サラゴサ砦防城戦最初の砲火は、我々合衆国軍によって放たれました。


「信管調整5秒で装填!」

「調整、装填よし!」

「砲1番、……撃て(ファイア)!」


 砲兵士官の命令に従い、砲は唸りを挙げます。例によって装備は最新鋭ではなく1世代前のM1701 7ポンド前装式山砲ですが。


 山砲とは、小型軽量で山岳地帯でも運用できる砲という意味。

 つまり砦に置くには威力が不十分な野戦用の砲ということです。より大型で威力のある要塞砲ではない理由は察してください。


「やっぱり大砲は良いわね」

「……そうですね」


 敵を長距離から一方的に攻撃できる大砲は軍事による革命です。

 現在使用している弾種は榴散弾。時限信管によって砲弾中に詰まっていた小鉄球を押し出す仕組みです。弱点としては、敵が時限信管の調整最短時間以内にまで肉薄されてしますと効果が薄れるということ。その弱点をカバーするために近距離用のキャニスター弾というものがあります。


 現在、王国軍はこのサラゴサ砦をぐるっと取り囲んでいます。しかし大砲による断続的な放火を前に攻めあぐねているのか、その戦列は一向に前進しません。


「このまま攻めてこなければ、面倒ないんだけどなぁ」

「そんなわけなじゃないですか」


 マクナイト大尉曰く、攻城戦で最も順当な作戦は「完全に包囲して補給を断ち敵(今回の場合は合衆国軍)が飢餓に陥ってから攻撃を仕掛けるべし」ということらしいです。

 もし敵が順当な作戦を立てているとしたら、今ここで攻撃したりはしないでしょう。


 こちらも町から接収した使えるだけの物資食糧があるので多少は持ちこたえることはできますが、問題は……。


「少佐、食糧はともかく大砲の弾がありませんよ」


 大砲の弾が街中にあるわけありません。発射火薬に使う黒色火薬なら銃砲共に備蓄は十分にありますけれど。


「……そうなのよねぇ。マクナイト大尉、今のままだと大砲は何日持つかしら?」

「今のまま撃ち続けると今日中に弾切れ、節約して撃っても明日にはなくなりますね」


 絶望的な量しか弾がありません。

 それに、いつまでも敵が黙っているはずがありません。騎兵まで用意している王国軍が、まさか攻城戦に必須の砲兵を連れていないわけがないのです。今は砦の包囲を優先して足の速い歩兵と騎兵を先回りさせたために敵からの砲撃はありませんが、下手すれば数時間後には敵の砲撃が来るでしょう。

 昼夜問わず、眠る暇も与えず敵が砲撃を繰り返すのです。

 そしてそれに対して反撃するための弾は、我々にはありません。


「背に腹は代えられない……。マクナイト大尉、各砲兵士官に伝達。砲弾の節約をするように、あと効率的に撃つように、って」

「了解です」


 走り去るマクナイト大尉の後ろ姿を見ながら呟きます。


「ま、そう言っても明日にはなくなるから意味はないのだろうけど」

「……少佐」

「なに泣きそうな顔してるのよ?」

「そんな顔してませんって!」


 単にこのままで大丈夫かなって思っただけですからね! ハーコート少佐は指揮に不安がありますから!


「まぁ何考えてるかは想像がつく……ていうかたぶんこの砦にいる人みんなそう思ってるだろうけど、大丈夫よカミラ」

「……本当ですか?」

「うん。私は肝心な時には嘘吐いたことないし」

「……」

「普段は嘘吐くけどね!」


 信用していいんでしょうか、これ?


「それとカミラ、重要な事を1つ伝えるわ」

「なんです?」


 先程までの軽い雰囲気とは打って変わって、真面目な顔で私と相対します。


「……女の子なんだから、下着は交換した方がいいわよ? せっかくここの井戸水綺麗でいっぱい出るんだから、ちゃんと毎日洗いなさいよ?」

「………………」


 気付けば私は持っていた小銃に弾を籠めていました。マクナイト大尉に教わった装填方法で。


「待って間違えただからそんな怖い顔して撃つ準備しないで!」

「こんなところで言葉選び間違える人がどこにいるんですか! 状況考えてください!」

「だってカミラがいつになく真面目な顔してるからついからかいたくなったの!」


 はあぁ、もう、ハーコート少佐はいつまでもハーコート少佐のままですね。泣けばいいのか笑えばいいのかサッパリわかりません。


「で、何を聞こうとしたんですか?」

「えっ、あぁ、そうだったわね……えーっと」


 少佐は先程の真面目な顔を止めていつもの笑顔で言い放ちました。


「やっぱりなんでもないわ!」


 ……。


「待って待ってカミラ銃を向けないでそれ弾入ってるよね!?」

「安心してください、峰撃ちですから」

「銃弾に峰も何もないわよ! 危ないからやめて!」

「……そうですね。ここで同士討ちしても戦力が減って私たちが不利になるだけですもんね」

「理由がおかしいわ!」


 至極真っ当な理由だと思います。




---




 15時10分。


 穏やかになりつつも、砦からの砲撃は続けられています。しかし火力の密度が薄くなったことを王国軍が敏感に察知したのか、少しずつ戦列を前進させ、包囲を狭めつつありました。


 その時、私の目には気になるものが映りました。私たちが今王国軍に向けて撃っている物とほぼ同じ形状の物が。


「少佐。敵の砲兵が展開中です」


 王国軍砲兵隊が到着。攻城戦ということを考えれば、砲の数は潤沢でしょう。また展開中で発射されていません。装填作業中なのでしょう。


「カミラ、大砲がどこにあるかわかる?」

「わかりますよ。ここから南南西、1.5キロ地点です」


 大砲が地平線の向こうにある、とか言わない限り私たち人狼族には部隊の細かな位置がわかります。森の中や丘の裏に巧妙に隠しているつもりなのでしょうが、私の目は誤魔化せません。ほとんど!

 普通の人間には無理とは言わないまでも特定まで時間がかかるでしょうが、私たちは方位と距離を正確に算出できます。


「流石ね私のカミラ!」

「『私の』は余計ですよ少佐」


 まぁ方位と距離を正確に算出できても正確な射撃が出来なければ意味ないですし、前述の通り頑張れば普通の人間にもできるので大量の砲弾を撃ち込めれば問題ありません。

 ですが今回の場合、こちらは撃てる砲弾の量には限りがありますから、矢鱈無闇に撃てません。それに反撃までの時間が短い方が被害が少なくて済みます。


「方位2-2-0(トゥー、トゥー、ゼロ)、弾種そのまま、時限信管4秒! 装填急げ!」


 砲兵士官が叫ぶように命令、そして、


撃て(ファイア)!」


 もう何度聞いたかわからない爆音と共に、砲弾は放たれます。

 さすがに人狼族と言えど、飛翔する砲弾を目で追うことはできません。ですが、その砲弾が炸裂し、王国軍砲兵を爆発と共に吹き飛ばす様は見れました。


「……命中です」


 いくら目標緒元がわかっているとは言え、初弾命中とは運が良いです。


「さすがカミラね!」

「いやそこは砲兵さんを褒めてあげてください」


 さすがに砲弾の弾道はいじれませんので。


 敵砲兵を早々に潰せたことで場が一瞬和みます。しかし、すぐにそれを打ち消す音が聞こえました。

 爆音です。それもかなり近くから。

 城壁の一部が瓦礫と化し、埃を立て振動を私たちに伝えます。


「各砲、応射しなさい! それと被害報告!」


 ハーコート少佐はすぐに命令を出します。


 その後も敵の砲撃箇所を見極めては砲撃を繰り返し、少しずつ攻城戦の脅威である敵砲を破壊していきます。敵もそれに反撃し、少しずつ中世の趣を残す城壁が崩れてきました。


 やはり数は力です。

 私たちは全ての敵砲を沈黙させる前に、早くも砲弾が尽きてしまいました。節約した甲斐はなかった、ということです。

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