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戦いの合間

 数の利を活かして進撃する王国軍を前にして、私たちは退却を余儀なくされました。

 しかし、無駄だったわけではありません。確かに骨が折れる程に苦労して掘った塹壕を2日で放棄したことは手痛かったですが、本来の目的は達成したのです。


「で、民間人の避難状況は?」


 砦に帰還したハーコート少佐は、民間人避難を指揮していたガーリー少尉と会って開口一番にそう聞きます。


「はい。民間人の避難は8割方終了。残っているのは退去を拒否した一部住民や、避難誘導を行っていた警察官、仕事が残っている郵便局員、鉄道員などの公務員とその家族であります」

「うん。思ったより順調ね。警察官以外の公務員は早めに退去させて。警察には交渉して武器・弾薬を接収したいわ」

「了解です」


 前哨戦の目的の1つは、敵の戦力を少しでも削ることです。敵を縦深陣に引き込んで十字射撃のただ中に追い落としてあげましたからそれなりに戦力は削れたでしょう。ですが子細な数は不明です。


 そして2つ目の目的が、今少佐が話をしている民間人の避難時間をできるだけ稼ぐこと。鉄道はありますがやはり家財道具などの財産を持って逃げるとなれば、足の遅い荷馬車に頼る他ありません。田舎町とはいえ、全ての民間人を避難させるとなれば相当な時間がかかりますから。


 ただ1つ問題があるとすれば、


「少佐が少佐に見えません」

「……まだそれ言う?」

「だっていつもの少佐サボってばかりで私に仕事押し付けるじゃないですか」


 私に決裁権ないのに。


「ふふん。いいカミラ、私がサボっていたのは全て計算なのよ?」

「『サボっていたのはここで力を発揮するためだ』とか言ったら漏れなくこのM1694の銃床で殴りますよ?」

「え、人狼族ってエスパーなの?」


 んなわけあるかです。サボり魔ハーコート少佐の言動を予測できる能力だなんて無駄でしかありません。神様が超能力を分け与えてくれる能力をお持ちであれば、もっと別の……そうですね、美味しく紅茶が淹れられる能力が欲しいです。


「ハーコート少佐、ここにいましたか!」


 私たちが色々駄弁っている時、この砦の事実上の司令官もといマクナイト大尉が駆け寄って来ました。彼が指揮している第二小隊は砦の守護を任せられていました。全く役に立ってないとかそういうことを言うのは可哀そうなので言いません。


「前哨戦では全く役に立たなくて寂しい思いをしていたマクナイト大尉殿、どうしたの?」

「…………」


 いや言わなくていいですよ少佐。可哀そうじゃないですか。それに後詰は後詰で重要な役割なんですからそんなこと言ったら士気に関わります。


「じ、冗談だって」


 ハーコート少佐はポリポリと頭を掻いて誤魔化しますが、どうにも信用はできません。少佐の事です、半分くらいはそう思っていたでしょう。

 ……え? 私はまるっきり全部思ってたって? はて、なんのことでしょうか。


「そ、それで大尉? どうしたの?」


 少佐は逃げるように話題を本筋に戻します。翻って大尉の方を見れば、疑いの視線はまだ向けたままに職務優先と言うことで少佐の言動を追及せずに報告します。


「昨日と今日、合せて3組6騎の伝令兵を出しました」

「増援の要請?」

「そうです。とりあえず近隣の部隊に、具体的にはソノーラ駐屯地、デクスター砦、ホライゾンシティ。それとは別に避難する民間人を載せた鉄道に1人を便乗させております。行き先は南部国境方面管区司令部」


 やっぱりマクナイト大尉がこの砦の司令官やった方がいいんじゃないかってくらいの手際の良さです。各所への通達は少佐が指示し忘れていたことですから。


「それは重畳。ありがとう」

「いえ。それよりも王国軍の奴らは……?」

「一旦態勢を立て直すために後退したけど、たぶんそんなに戦力は削れてないからすぐに進発するでしょうね。たぶん明日には砦に着くわ」

「となると民間人避難誘導を行っている第二小隊には帰還させないとまずいですね」

「あー、そうだったわね。忘れてた」


 早く、この司令官を更迭してください。色々穴がある指揮官なんてダメです!

 ハーコート少佐はガーリー少尉を呼び戻して、マクナイト大尉が提案した第二小隊の帰還を少尉に伝えます。とりあえず今日一杯は民間人避難に尽力し明朝までに砦に帰還せよ、と。そう伝えた後、ガーリー少尉に早く市街地に行け命令し叩き出しました。


「やっぱりマクナイト大尉がこの砦の司令官やるべきかと思います」


 ハーコート少佐の忙しない行動と覚束ない指示を見て、つい口に出してしまいました。マクナイト大尉の指示は明瞭簡潔、それでいて顔立ちもよく頭脳明晰。ハーコート少佐の完全上位互換ですから。


「いや、それは無理かな」

「はい?」


 私の言葉に反応したマクナイト大尉はそう呟きました。

 大尉が無理だとすれば合衆国には砦の司令官に相応しい人物はいなくなると思うのですが。


「ウィールドン上等兵はそう思うかもしれないけど、やっぱりあの人がこの砦の司令官に相応しいと私は思うよ」

「え、あんなサボり魔が?」

「……何度聞いても、それは上司に対する言葉じゃないよね」

「あ、すみません。つい」


 言い慣れてしまったのでアレですが、確かに目上に対する言葉じゃありませんでした。


「大丈夫さ。ハーコート少佐が君を、そして君も少佐を信頼しているのは知っているから」

「……」

「話を戻すけど、私はまだ司令官たる器じゃないよ。あの人の下にいるからこそ、こうして戦える人間なんだよ」

「……どういう、ことです?」


 私はまだ、ハーコート少佐の全てを知っているわけではありません。だからなのでしょうか、マクナイト大尉の言葉の真意を掴めなかったのは。


「ふっ、直にわかるさ。こればっかりは言葉じゃなくて、君自身が見て欲しい」


 マクナイト大尉はそう言って、私と少佐から離れようとします。でもそれを止めたのは、やっぱり少佐です。


「あ、そうだ思い出した! マクナイト大尉!」

「ハッ、なんでしょう?」

「大砲はどうなってる?」


 防城戦になくてはならない大砲は、当然ながらサラゴサ砦にも数門あります。しかし問題は全く使ってないせいで整備されていないことなのですが。


「ほぼ準備は完了しております」


 しかしそこは流石マクナイト大尉、準備万端です。


「しかし、大砲の弾薬はともかく砲弾の数が足りません」

「むっ……そうか。まぁ大砲は砲弾の代わりに何入れても構わないから麻袋を市街で調達して……って、あれ? ガーリー少尉は?」

「少佐、さっき自分が命令したことを覚えてないんですか?」


 私がそう指摘すると、少佐はわざとらしくハッとした表情をして叫びます。


「なんで勝手に行くのよ!」


 勝手じゃないです少佐が命令したからです。

 でもその突っ込みを入れる前に、少佐は慌ててガーリー少尉を追って駆け出しました。


 ……うん、その、なんですか。


「やっぱりマクナイト大尉が指揮すべきだと思います」


 私の呟きに対して、大尉は今度は反論せず、苦笑を浮かべながら「少し自信がなくなってきた」と答えたのです。






 防城戦の準備が整ったのは翌8月9日のこと。

 そして王国軍がサラゴサ砦に到達し、戦列を整えて砦を包囲したのは、その日の午後でした。


砲撃開始オープン・ファイア!」


 ハーコート少佐が指示を飛ばし、砲兵士官も同様に叫びます。


撃て(ファイア)!」


 サラゴサ砦の戦い、その第二幕の始まりです。

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