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サラゴサ砦の戦い ‐王国、反攻‐

 縦深陣の中に王国軍を引き摺り込み、半包囲態勢下に置いて攻撃する。

 これが私の作戦をカッコよく意訳した文章です。


 ハーコート少佐は敵に一撃を加え、そして王国軍の退却と息を合せるように私たちも塹壕内に退却します。その後部隊を再編して一度砦に撤収。

 この一連の流れを、いつもの少佐らしくなくテキパキとやってのけるのです。


「……いつもこうだと嬉しいんですが」

「いつもこうだといざという時力が出ないから」


 いざという時が来ないと力を発揮しないと言うのは、それはそれでだめな気がします。今回はそれが功を奏していますが、いつもの平和な合衆国が続いたらそれは無駄努力となるのです。


 前哨戦におけるハーコート少佐が率いる第一小隊の損害は死亡1、戦傷6。死亡も戦傷も「戦闘不能」という点においては同じなので、両者合わせて報告するのが通例です。

 それでも、戦友が倒れるのは見ていて苦しいのですが。


「でも、始まったばかりなんですよね」

「……まぁね」


 少佐は、苦々しく答えました。




 翌8月8日。王国軍が再び攻勢に出ます。


撃て(ファイア)!」


 少佐の命令に従い塹壕へ入り、そこから装填と射撃を繰り返して街道を邁進する王国軍を射撃します。ですが昨日罠にかかったばかりである王国軍が2度も同じ罠に短期間に陥るわけなく、その行動は慎重でした。


「……少佐」

「面倒ね」


 少佐はいつもの調子で答えますが、その口調は心なしか元気がありません。恐らくその呑気な言葉とは裏腹に、本当にまずい状況であることを理解してるんだと思います。


 事実、王国軍は部隊を2つに分けます。

 1つはそのまま街道を前進。もう1つは森の中にある塹壕に対し白兵戦を挑みます。


 こちらが塹壕に立て籠もる以上、王国軍の不利は免れません。ですが彼らには数の利がありました。数に任せた物量作戦。愚策のようにも見えますが、我々にとってはもっともやりにくい戦いとなるのですから。


撃て(フエーゴ)!」


 王国軍から壮年の男性の声が聞こえました。ハーコート少佐と違っていかにも武人然とした声です。


「……それに比べてこっちの指揮官はと言えば」

「なによー……」


 少佐は不貞腐れますが、その口調こそが武人らしからぬものです。


「この戦いが終わったら、少佐も少しは変わるんでしょうか」

「それを論じるのにはまず目の前の敵をなんとかしないとね!」


 無駄口を喋りつつ、弾丸を装填し、撃つ。その繰り返し。

 しかしそれは長く持ちません。なにせこの塹壕には重大な欠点がありますから。しかも2つ。


「少佐、敵のもう1つの舞台が街道を突破します。これでは我々の退路が……」

「やっぱりカミラの言うこと無視して街道にも塹壕掘るべきだったわ」

「結果論としてはそうなりますけど現実問題不可能ですよ!」


 これを言うのは何度目かわかりません。

 街道に塹壕がないため、防御陣地としては不完全です。敵が塹壕に向かって白兵戦を望んでくる以上、我々合衆国軍はそれを防ぐための射撃をしなければならない。でもそうすると街道を進撃する部隊がおろそかになります。

 普通はその街道の部隊を食い止めるために部隊を配置したり、あるいは騎兵や砲兵によって足止めさせるのですが……。


『騎兵なんて金のかかる部隊がサラゴサ(うち)にあるかぁ!』


 だそうです。騎兵は育成するだけでも歩兵の2倍のお金がかかるので、当然サラゴサなんていう貧乏基地にはありません。

 砲兵も同様に、砦に数門あるだけ。しかも弾はそんなにありません。ですから歩兵だけでなんとか対処すべきなのでしょうが。


「敵の後詰、どうやら騎兵がいるみたいね」

「……」


 後詰。それは後衛、決戦兵力、予備戦力とも言います。要するに後ろにさがってここ一番のときに使用する部隊です。

 王国軍侵攻部隊の戦力が1500程度であることを考えると、この騎兵隊もそれほど数は多くないでしょう。良くて100と言ったところ。それでも、300人しかいない我々にとっては脅威です。


「となると、野戦で迎え撃つのは……」

「至極面倒、ってことよ。カミラもわかってきたじゃない」

「少佐が偉そうに御高説垂れ流してましたからね」


 にしても心残りのなのはこの塹壕陣地です。所詮訓練で作った塹壕とはいえ、丹念込めて数日かけて作った塹壕ですよ? それを僅か2日の野戦で放棄するなんて、勿体ないです。


「そうは言っても、ここに残るわけにはいかないでしょ?」

「そうですけど……」

「じゃ、決まりね。全小隊退却準備。敵の様子を見て砦まで行くわよ!」


 少佐の指示で、各小隊は狭苦しい塹壕の中でも戦列を組みます。

 その後、塹壕陣地に対し再度突撃を試みる王国軍に一斉射撃、その行き足を止めてからハーコート少佐は退却指示を出します。


 サラゴサ砦トイレ設備付き塹壕陣地は、こうして放棄されました。本当にあれ無駄になりましたね……。


「というより、ハーコート少佐はなぜか退却指示は活き活きとしてませんか?」

「気のせいよ、気のせい」

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