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サラゴサ砦の戦い ‐前哨戦1‐

 国境を越え、適当に考えた大義名分と自らの王位の為に邁進するカルロス王子以下1500名の王国軍は、国境とサラゴサ砦との中間地点より国境寄りの場所において、最初の人間と遭遇する。


「殿下、前方街道内に敵影です」

「ふんっ、来おったか。数は?」

「およそ50。立ち塞がる形で横列で展開しております」


 報告を聞いたカルロス王子は二度三度、満足げに大きく頷いた。王国軍1500に対し邀撃行動に出た合衆国軍は僅か50名。橋の爆破もおぼつかずに中途半端な防衛戦を仕掛けてくるとは、合衆国の名も地に落ちたものだと彼は考え、そして命令を下す。


「よし、全隊前進。敵の先鋒を容赦なく叩くぞ!」


 しかし彼の傍に立つディアス大佐の考えは多少違っており、すぐにカルロス王子の命令を遮る。


「お待ちください殿下、敵の動きが不自然です。警戒した方がよろしいかと」

「……警戒だと?」


 ディアス大佐の善意の忠告に対し、カルロス王子はあからさまに不遜な態度に出た。しかし彼を傍に置くことを決めた以上、あまりおおっぴらに不満の意思を示すわけにもいかず、カルロス王子はディアス大佐の言葉を待つ。


「敵の数が少なすぎます」


 だがそうは言っても、カルロス王子にとって不可解且つ溜めるように言葉を放つディアス大佐の行動は、短気なカルロス王子にとっては余り我慢ならないことであるのも確かである。


「敵の数が少ないことの、なにが不自然のだ?」

「そうですね。もし小官が敵の指揮官であれば、我が軍が接近しているとわかった瞬間砦に籠り籠城戦を実行します。兵力差から言えば勝てぬはずですから。なのに敵が寡兵で迎撃に出たことは何らかの罠を張り巡らしているのではないでしょうか」


 やはりここでもディアス大佐の言葉は正論であったかもしれない。だがそれは証拠を伴わないせいろんであったこともまた確かで、故にカルロス王子の怒りを逆なですることになる。


「貴官は想像力が豊かなようだな。証拠もなくそんなことが言えるのだから」


 カルロス王子は大仰な態度を保ち続けたまま、軍事の専門家たるディアス大佐に反論する。


「今回、我々は合衆国に対して完全な不意打ちをしている。そのような工作をもしていると、つい先日君自身が言ったことではないか? であれば、敵には組織的行動を取る暇も、ましてや罠を貼る暇もなかったはずだ。違うかね?」

「いえ、しかし……」

「それとも君は、自分の行った対外工作に不手際があったことを認めて、敵に情報を売り渡した。そう言いたいのかな?」

「…………」


 ディアス大佐は完全に黙した。それ以外の選択肢を取らざるを得ないのは自明の理だが、確かに彼の言葉は彼の脳内で完結している話。なんの証拠もなく彼自身敵の行動が100%罠だと断言できるほどの自信もなかったのである。


 またカルロス王子には、ディアス大佐の言葉が真実であろうとも勝つ自信があった。正面の敵は50、総兵力300。対する王国軍の総兵力は1500。合衆国が如何抗っても絶対的な兵力差があり覆すことは叶わないと。


 結局命令は覆されず、1500名の王国軍は前進を開始する。両脇を森に挟まれている街道は兵力の展開がしにくいが彼らの兵力は圧倒的であり、その証拠に彼らの踏み鳴らす土の音は盛大であった。


 そして王国軍の持つマスケットの有効射程まで接近しようとひたすら歩を進める中、まず最初に先手を取ったのは合衆国軍だった。


構え(レディ)!」


 若い女性の声。王国軍には存在しない女性士官がいることに、この時カルロス王子のみならず麾下の兵全てがその女性に興味を持ったことに疑いようもない。そしてよく目を凝らせば士官だけではなく、士官の傍に立つ兵にも女性、しかも人狼族がいることに彼らは気付いただろう。

 それらを見て彼らが何を思ったかは人それぞれである。

 単に疑問にしか思わなかった者が大多数であろうが、カルロス王子や一部士官・下士官が「女に指揮される軍が強いはずがない」と思っても仕方のないことである。


照準(エイム)!」


 遠くから聞こえる女性の声に合わせて、合衆国軍は行軍を続ける王国軍兵に対して狙い定める。だがそれでも、王国軍は前進をやめない。

 両軍の距離はおよそ150メートル。滑腔式マスケットの有効射程が50から80メートルなので、まだ離れている。攻撃するにしてもこの距離なら当たるはずもない。よって王国軍はひたすらに前進するのである。


 そして両軍の距離が100メートルほどになろうかというとき、


撃て(ファイア)!」


 合衆国軍女性士官の号令によって、合衆国軍兵50人が一斉に引き金を引く。それはディアス大佐や麾下の兵士たちにとっては聞き慣れた音と光景でもあった。


 引き金が撃鉄を動かし、撃鉄が雷管を打ち、雷管に仕込まれた火薬が点火され、そして火花が銃口内に侵入して黒色火薬を爆発させる。その爆発力は装填した弾丸を勢いよく押し出し加速をつけ、特徴的な音と白い硝煙と共に銃口から弾丸が、毎秒400メートル以上の速度で放たれた。


 100メートルの距離を飛翔する弾丸は重力と空気の影響を受けつつ王国軍に向かって突き進み、一瞬のうちに100メートルを飛び、

 そして1発の銃弾を除いた全ての弾が外れたのである。


 唯一の例外である1発も、士官や下士官に当たらず、ましてやカルロス王子にも当たらなかった。有象無象の一般兵の足に当たったのみである。この程度で王国軍の動きを止められるはずもない。むしろ、


「ふんっ。遠すぎるわ。やはり女に軍を率いることはできんな。麾下全隊、戦列を維持しつつ前進を続けろ!」


 とカルロス王子の闘志と士気を高めるだけとなった。

 そしてついに彼らの持つマスケットの有効射程に合衆国軍を捉えた。


「連隊、停止!」


 カルロス王子の闘志を代弁するかのように、連隊指揮官ディアス大佐は部隊に停止命令を出す。一糸乱れず、連隊各兵士は命令に従い停止。続くディアス大佐の「構え!」の号令と共に兵たちは銃を水平に向ける。

 そしてディアス大佐が続く命令を下そうとした瞬間、合衆国軍が思いもよらぬ行動を取ったのである。


「殿下、敵が引きます!」


 なんと王国軍に対して背を向け、全速力で砦に向かって後退、いや逃亡をはじめたのである。


「ハッ、女が! 今更怖気づいたか!」


 カルロス王子は、これを好機と見た。背を向け敗走する部隊に対しては追撃を掛けて戦果を拡張するのが戦術の基本である。如何にカルロス王子とは言えこのことは十分わかっていた。


「総員突撃せよ! 我々に舐めてかかった合衆国に目に物見せてやれ!」

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