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カミラの日常

「――――佐! 少佐! ハーコート少佐! 起きてください!」


 私は、仮眠室に設置されたベッドで惰眠を貪る上官、つまりアイリア・スコット・ハーコート少佐に必死に呼びかけます。

 でも彼女は起きるどころか布団をかぶって音を遮断しようとする始末。これでは埒が開きません。


 もっとも、ハーコート少佐は昨夜遅くまで、執務机にうず高く積まれた書類の山と格闘しそれを駆逐したばかり。脳は疲れ果て、まだ大分休息の時間を必要としているというのはわかります。それでも限度はありますが。


「…………あと5分、いや5時間寝かせて。起こしたらたとえカミラであっても許さないから」


 なぜそんな要求が通ると思ったのでしょうか、全く理解できません。

 だらしのない上官のために、私は自発的に起きてもらうように説得を試みます。


「少佐。今日は何月何日、そして今は何時何分だとお思いですか?」

「今日は新暦1746年7月7日。朝の気温は低いものの太陽の位置に比例して気温も上昇するはず。小鳥たちは春の訪れに歓喜して空を飛び回り、花は大地に咲き誇り、それらは今日の運勢と私の睡眠時間を保障してくれるはずよ。時間は時計が見当たらないし探したくもない……」


 ……普通そんなに長々と語れば起きるでしょうに。でも少佐は更に深く布団の中に潜って睡眠を再開しようとしました。

 今少佐が丸まっている布団は、少佐の私物です。そして少佐というのは給料はそこそこ良い。だから、この布団はふかふかです。私も一度使ったことありますけど、本当に横になっただけで眠ってしまいそうなくらい気持ちいい感触の布団です。

 って、それはともかく。


 こんな時間に二度寝されてはたまりません。私はさらに言葉を続けます。


「まぁ、後半のよくわからない部分はともかくとして、前半は当たっています。では少佐、私が現在時刻を教えてあげましょう」

「……興味ない」

「少佐の興味の問題とは関係なく、また少佐の労働意欲と違って時計の針は毎日自分の仕事をそつなくこなしますので。そんな時計たちの功績を讃えて、小官は少佐に現在の合衆国標準時間をお教えすることにします」

「……」

「10時45分ですよ、少佐」

「…………」

「そして少佐はお忘れかもしれませんが、新暦1846年の4月7日はこのサラゴサ砦に首都の統合参謀本部から査察がある日でもあります」


 暫く、少佐の反応はありませんでした。

 時間が貴重だというのに、1分近く固まっていました。そして、


「………………あっ」


 短く悲鳴を上げて、やっと飛びきたのです。

 やれやれ。




---




 折角私が非暴力的に起こしてあげたのに、私に向けて布団を豪快に吹っ飛ばしたハーコート少佐は、転びそうになりながらも仮眠室のベッド脇に掛けていた服を雑に手に取って、大急ぎでそれを着ました。

 合衆国陸軍が彼女に支給した、佐官以上の者に与えられる小綺麗な軍服。少佐はいつもだらしない癖に、こういう服はなぜかよく似合います。


「なんで早く起こしてくれなかったの! 従卒の意味がないじゃない、カミラ・ウィールドン上等兵!」

「そもそも『寝坊癖のある上官を起こしに行く』というのは従卒の仕事ではありません! それに少佐は一応軍人でしょう、自力で起きてください!」


 私は飛んで来た布団と枕を剥がしつつ、同様に少佐からの苦情を回避します。ていうかハーコート少佐は今年で25歳、対する私は15歳。どう考えても立場が逆です。

 でもそうは言っても、少佐が遅刻したせいで何らかの懲戒処分を受けるというのは、私にとっても本意ではありません。それ故に致し方なく、私はこの寝坊助、もといハーコート少佐の手伝いをすることにします。


 少佐の長い、そして手入れの行き届いた紺色の髪。日々雑に生きている人ですが、その長い髪の手入れだけは何故か文句の付け所がありません。

 しかしそれは毎朝の支度が面倒という意味。あぁ、切ってしまいたい。私もそこそこ髪は長いですけど……。


「カミラがいじめるわ……。2年くらい前はもっと大人しくて可愛かったのに、なんでこんなひねくれた正確になったの……」


 少佐はそう言って「よよよ」と泣き崩れ……る演技をしましたが、やりにくいし五月蠅いです。私が苦情を一言二言ほど伝えると、鏡越しに不満そうな顔をしつつ黙って元の姿勢に戻りました。なんなんですか子供なんですか構ってほしいんですか! 時間ないんですよ!


「私がこうなったのはどう考えても少佐のせいです。確かに少佐の言う通り、私は良くも悪くも変わりました。しかし少佐は変わりません。性格も生活態度も生活規則も、そして階級も」


 鏡越しに、上官に、そして私の事実上の保護者であるアイリア・S・ハーコートに訴えます。ですが彼女はむしろその私の言葉を聞いて、自信満々に答えたのです。


「大丈夫、もうすぐ自然昇進の季節だから」


 と。

 ……何言ってるんでしょうね、この人。しかも笑顔&ドヤ顔を保っているのがさらにイラつきます。


「昇進できるんですか? 査察団が来るという日に遅刻をする人が」

「ノンノン、それは違うよカミラ。私はまだ遅刻していない。まだ5分くらいある」


 ぷちっ。

 そんな音がしました。何の音かは知りません。が、


「痛い! 痛いって! 髪引っ張んないで! お願いだから!」


 気付いたら私は少佐の髪を引っ張っていました。

 はぁ……。なんだか、このアイリア・S・ハーコートという女性士官がこの砦の最高責任者である事実から目を逸らしたくなります。


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