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王国からの侵略者

「今日は良き日である!」


 1500名の軍勢を率いて今まさに国境を越えんとしているこの男、王国第二王子カルロス・ヘロニモ・デ・イトゥルビデ・イ・グリーンは喜びと優越感に浸っていた。雲一つない快晴、土は乾き切り気温も程よい。まさに敵国に侵略するにはもってこいの日であるから。


 そんな上機嫌な王子に対し、傍に立ちあからさまに不安の意を示している王国軍将校ホセ・ディアス大佐が口を開く。


「カルロス殿下。問題となる前に、軍を退却させてください」


 物わかりの悪い王子が出征の意思を示した時から、これを反対する立場にいた将校はもう何度言ったか忘れるほどの言葉を繰り返した。


「今、我が国は合衆国と相対する余裕はございません。功を焦り戦いを挑み、そして勝てたとしてもその後の王国の未来がございませぬ」


 ディアス大佐の言葉はまったくもって正論であった。しかしカルロス王子にとって重要なことは正論や、ましてや正義などと言ったものではない。

 自分が王位に就くこと、継承権を争う兄に対して優位に立つこと、ただその事だけが重要であったのだから。無論それを表立って将校に告げる程、この王子は無能でもなかった。


「貴官の物言いは、まるで余が大義名分なくして隣国に攻め入っているようではないか」


 しかしカルロス王子は苛立ちを抑えることはできなかった。彼にとって、自分と言う存在は王国において、いや世界において上層に立つ人間であるのに、このような下っ端の人間に何度も何度も諌められることは屈辱の極みであるから。

 彼の能力や資質を考えれば、ここで怒り怒鳴り散らし喚き立てることをしないだけ、彼はまだ十分に有能であると言える。


「余には大義名分がある。サラゴサはかつて合衆国に侵略され、奪われた土地。これを奪還するは、主より与えられた我が使命である!」


 と、御高説賜るカルロス王子だが無論彼自身が本気でそう思っていないことを、ディアス大佐も、そして配下にいる兵でさえも知っている。ついでに言えばカルロス王子も知っている。

 つまるところ大義名分と言うものは後付けの理由にすぎないのだが、正式な外交ルートを通じず一方的且つ闇討ち的に国境を越えることを正当化されるはずもなく、まさにディアス大佐の悩みどころはそこだったのである。


「不敬と存じますが敢えて申し上げます。殿下がこのようなことをせずとも、第一皇子たるカルロス殿下が至尊の地位を得られることは疑いようもありません。今合衆国に攻め入って無用な血を流すことそれ自体が、王冠を遠ざける原因となるやもしれません」


 ディアス大佐はカルロス王子の利益となることを言えば、もしかしたら思いとどまってくれるのではないかと考えたが、その努力は無駄に終わる。


「黙れ。貴官は余の命令を余すことなく実行すればそれでよい。それともここで首を刎ねられ不名誉な称号と貴官の家族と共に冥界へと追放しても、私は一向に構わんのだぞ?」


 その言葉を聞いたディアス大佐が、それ以上王子に対して諌言することをやめたのは言うまでもない。それは忠誠心の表れではないのは明らかではあった。

 だがカルロス王子にとっては軍士官にして合衆国に潜入させた間諜スパイとの連絡要員、そして何よりディアス大佐の軍事的知識を欲していたがために彼を傍に置くことをやめず、むしろ厚遇することを決める。


「ディアス大佐。少し酷なことを言ってしまったようだが、余は貴官を重用するつもりだ。もしこの戦いで武勲を立てれば、恩賞は思いのままだぞ」


 そう言って、カルロス王子はディアス大佐の士気を鼓舞しようとしたが、ディアス大佐は表情を変えずにただ「感謝の極みにございます」とやや事務的返答したのであった。


 面白くない反応を見たカルロス王子はディアス大佐に対する興味を失いかけた。だがその直後に、無視でいない報告が彼の下にやってくる。


「殿下、御報告申し上げます!」

「なんだ?」

「斥候部隊が、橋が残っていることを確認しました。爆薬等も確認されておりません」


 臣下からの報告を聞いたカルロスは、僅かに笑みを浮かべる。

 笑顔の理由は主に2つ。1つ、国境にある橋が落とされておらず、合衆国領を侵犯するに際する渡河の手間が省けること。渡河には多くの手間と時間を要し、そして渡河の最中は無防備になりやすい。

 戦術上困難を極める渡河の心配をしなくて済むこの情報は、戦術的視野に乏しいことを自認せざるを得ないカルロスにとっては喜ばしい事である。


 そしてもう1つが、敵が弱兵であること。

 前述のように、渡河の最中は隙だらけである。そのため合衆国軍にとっての最善手であったはずである。にも拘らずそれをしなかったのは、時間的余裕がなかったことに加えて兵力的余裕もなかったことに起因するのではないか。


 それらの事情をディアス大佐より聞いていたカルロス王子にとって、合衆国軍の動きはまさに僥倖、いや天からの授かりものであると確信できた。


「忌々しき合衆国に対し、我ら正義の旗本に集う兵士諸君らによって彼らに鉄槌を下す!」


 カルロス王子は声を荒げ、そして麾下全隊に命令した。


「血旗を掲げよ!」


 血旗。

 文字通り、血のような深紅に塗り染められた旗。士気を鼓舞するための旗ではあるが、王国軍にとって血旗はそれ以上の価値と意味をもつ。


 血旗を掲げる意味、それは単純にして至極明快。

 即ち「容赦なく、全てを血祭りにあげる」という意味である。


 時に新暦1746年8月7日9時30分。

 王国第一王子カルロス・デ・イトゥルビデに率いられた1500名の王国軍が、整然と、そして得も言われぬ気を放ちながら、彼らは遂に国境を越えた。

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