カミラの作戦
私とハーコート少佐は、サラゴサ砦東門から先日王国軍が侵略することを想定して掘った塹壕を使って最前線へと向かいます。
……うん、色々おかしいですよね?
「少佐、なんでこんなところに塹壕が?」
「塹壕に後方連絡線は必須でしょ?」
「いやそうですけど……」
塹壕と言うと、前線で横に伸び敵の砲撃から身を隠しつつ射撃を行うための壕を思い浮かべます。ですが、本来はこのように、司令部であるサラゴサ砦から最前線までの連絡通路も掘るのです。穴から出れば良い的になる恐れがありますから。
数日間しか訓練をしなかったのにここまでの塹壕を掘ることができるなんて……少佐はいつも墓穴ばかり掘ってますから、お手の物なのでしょう。
「あ、女性用トイレはそこね。男性用トイレは別にあるから間違わないように」
「やけに豪華な塹壕ですね……」
いやまぁ、本格的に作ろうとしたら確かに塹壕用トイレは必要なのですが。
そんなこんなで最前線、つまりサラゴサ砦から最も遠い塹壕「第一防衛線」に到着です。街道に塹壕が掘れないため、街道の両脇にある森林地帯にしかありません。ですがまぁないよりマシでしょう。
既に第一防衛線には第一・第三・第五小隊員、総数180名程が詰めていました。
「敵の詳細はわかった?」
少佐が戦時下であるにもかかわらず部下にフランクに聞くと、隊員たちは少し戸惑いながらも少佐に子細を報告します。
「北上してくるのは王国軍であることは間違いありません。また先程斥候が発見され発砲を受けたため、友好親善使節である可能性も0です。敵が国境を越えるのはおよそ10分後、我々が敵の先鋒と接触するのはその10分後と推定」
「なるほど。で、数は?」
斥候の人は口を噤みました。言いたくない、そんな表情が見て取れますが、少佐からの命令である以上言わないわけにはいかず、苦虫を潰したような顔で答えます。
「…………王国軍総数、1300ないし1500。歩兵が中心ですが、若干の騎兵が確認されております」
「彼我の戦力差は5:1ってことですか……」
あまりの兵力差に、つい私はそう口にしてしまいました。
多くても1000名程だろうと、少佐は予測していました。でも王国はその1.5倍の戦力を叩きつけたのです。
「あー……もう、面倒ねー……」
にも関わらずハーコート少佐は相変わらず呑気です。
「少佐! そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「だって実際面倒なんだもの」
面倒が嫌いな人はこんな手の込んだ塹壕なんて掘らな……って、まさか。あぁもういいです。これは突っ込むのはやめましょう。そんな時間はないですから。
私と少佐のコントをよそ目に、私の隣に立った下士官の1人が口を開きました。
「司令官。時間がありません、橋を落として敵の侵攻を食い止めましょう」
「却下」
若干食い気味で少佐は下士官の提案を拒絶しました。こういうときだけは仕事が早いです。
「なぜですか!? 橋を落とさなければ敵が国境を越えてしまいます!」
「橋がなければ国境を越えるのをやめよう、だなんて考える人が指揮してるなら最初から戦争なんてしようとは思わないよ」
飄々と、抜け抜けと少佐は答えました。
「無論、それ以外の理由もあるよ。さっき君が言った通り、私たちには時間がないの。橋を落とす時間さえもね」
「…………」
交易に使われている街道の橋と言うこともあって、ちょっとやそっとじゃ橋は簡単に落とせません。そんな簡単に落ちる橋を掛けたら橋の前に交易商人の馬車が落ちます。
「だからこの塹壕を利用して精一杯の防衛戦を展開してできるだけ敵の戦力を削ぐ……ことにしたかった」
「はい?」
なぜか少佐の言葉の終わりが自信無さげなものになっています。いつもの無駄な自身の塊はどこに言ったのですか。
「いやね、彼我の戦力差が5:1って言ったじゃない? さすがにそこまで戦力差があると以下に塹壕があっても平押しで負けそうなのだわさ」
なんですかその語尾。
「じゃあ、どうなさるんです? 手を挙げて降参するんですか?」
「手を挙げ続けるのって疲れるから嫌だ」
「理由が適当すぎます!」
「まぁまぁ。だからプランBに移行する!」
プランB? 初めて聞きました。プランAというのは先程の少佐の提案なのでしょうが、それは早くも廃案になったようで。
「それはいったい何なのですか?」
「うん。それはね……」
少佐は敵が近くまで来ているというのになぜか溜めます。そしてもっと不思議なことに小隊各員まで息を呑んで少佐の答えを待ち続けるのです。
いいから早くしてください。
「プランB……、それはカミラの考えた作戦よ! 私はよくわからないわ!」
…………。
「はい?」
「『はい?』じゃないわよカミラ! この間の演習の時に一緒に考えたじゃない!」
確かに考えましたけど。
……え、待ってください。採用されるはずないし王国軍が来ることも半信半疑だったから適当に考えた作戦とも言えない作戦ですよあれ!
「あのー、少佐。あれは余りにも……」
「余りにも完璧すぎて下等生物たる私たちには理解できない?」
「なんでそうなるんですか! むしろ逆です!」
余りにも幼稚で拙いその場凌ぎの作戦ではないかと思ったんです!
「大丈夫よカミラ」
「……何がです?」
「カミラのこと、私信じてるから!」
そう言う問題じゃないです!!




