カミラと戦術
「……もし仮に少佐の話が本当だとしてです、どうやってサラゴサ砦を守るのすか?」
「ん? んー……どうしようね」
突飛な話をして危機を声高に叫んだかと思えば、今度は無策であると公言するかのような態度をとるハーコート少佐。頭が良いのかバカなのか、理解に苦しみます。
「いやね、手段を選ばないのだとしたら、いくらでも方法はあるの」
「さっき言ってた塹壕ですか」
「そう」
塹壕、というのは古くからある防御陣地です。何せ穴を掘るだけで敵の銃砲火から逃れられるのですから。また敵の戦列を崩したり、攻勢意欲を削いだりするのにも多用されていますね。まぁこの場合は落とし穴と言った風ですが。
「でも、カミラがダメって言ってた」
「当たり前です。まだ戦争は起きていません。少佐の良くわからない根拠だけで塹壕を敷くなんてとても無理です」
「だよね……」
敵が侵入して来るであろう街道に塹壕を掘るのが一番楽でもっとも効率的な防衛方法ではあります。でも少佐の言葉が妄言である可能性がある以上、交易路の邪魔となる塹壕を掘ることはできません。
それに国境地帯に防御陣地を築いていること自体が戦争の引き金になってしまう可能性もあるため、塹壕を掘ることは諦めざるを得ないでしょう。
「だから、どうしようかなーって。砦に立て籠もるのが基本方針としても、やっぱり立て籠もる前にある程度は敵の戦力と士気を削っておきたいし」
「いっそ砦を放棄して、増援の見込みが立つ場所にまで後退しますか?」
「そうなると、王国軍がサラゴサの市街まで流れ込むことになるよ。彼の国の軍隊は良い噂聞かないから、出来ればそれは避けたいかな」
略奪や民間人暴行などの恐れがある、ということでしょう。
事前に市民を逃がすということができないですし、やはりサラゴサ砦で立て籠もるしかないようです。
「まぁ、川・山・森に囲まれた砦なら、地理的に迂回が難しいのが幸いかな。もし攻めてきたときの、市民が逃げるだけの最低限の時間は稼げる。上手く行けば増援が来るまでは持ちこたえられる」
「……」
少佐の話す作戦とも言えない防衛作戦を聞いて、少し違和感を覚えました。その正体は、すぐに判別します。今日の訓練が始まった時からずっと感じていたことなのですから。
「どうしたの?」
「いえ、少佐にしては物凄い面倒で根気のいる作戦を考えたものだな、と」
皆さんご存知の通り、少佐は面倒くさがりで根気なんてものはありません。ついでに婚期も逃しています。少佐って結婚できるんでしょうか。不安です。
「じゃ、面倒なことが好きで根気のあるカミラならどうする?」
「別に面倒なことが好きってわけじゃ……」
いやまぁ、料理とかお掃除とか洗濯とか、そう言うことをするのは好きですけれども。
私はサラゴサ砦周辺の国境地帯の地図をじっと眺めます。
砦があり、街道があり、川があり、そこに国境がある。川には当然橋がかかっています。街道は隘路で大軍の通行は困難を極めますから、そこで迎撃できれば数の不利をカバーできるので御の字でしょう。なにせ攻城戦では防衛側の3倍の兵力を集めるのがセオリー、となると王国軍は1000名程を用意してくると思います。数の差は絶対的ですから、隘路で迎撃するしかありません。しかし問題は、
「王国軍がバカ正直に街道を突っ切るでしょうか」
「お、カミラもわかってるね」
「少佐がわかるくらいなら、私にもわかります!」
「戦術論はわかない、だなんてさっき言ってたくせに。それにその程度の事もわからない人時々いるよ。気合と愛国心があれば何とかなるとか言ってる人」
「そんな冗談……冗談ですよね?」
その疑問に対して、少佐はそっぽを向いて明確に答えませんでした。これは本当だと思った方が良さそうです。
私みたいな一兵卒でもわかることを堂々と言う士官がいるのですか。信じられませんね。
「でも少佐。先ほど少佐は『王国からの旅行者は街道を使う』とかなんとか言ってませんでした?」
「言ったよ。でもさっきカミラが言ったように、たぶんそこまで王国の奴らはバカじゃないからね」
「ではどうするのですか。森の中は木々が邪魔だとは言え戦列を組むことが可能です。それに広いですから塹壕だけで防御するのは兵力の少ない我らでは……」
と、そこまで言った時、ハーコート少佐は目をパチクリさせました。な、なんですかその反応。
「わ、私何か変な事言いました?」
「……あー、いや、なんでもない。変なことは言ってないよ、うん」
なんでしょうか、気になります。でも何度か問い詰めても反応は同じだったため、やむなく追及はやめておきました。
「それはともかく、カミラの言う通りこのままだと私たちは王国軍に対抗するためには籠城しかなくなる。でも彼我の戦力差を考えると少しくらい敵の戦力を削ぎたい。だから敵を隘路で迎撃するの」
「いや、それは先程も言いましたが……」
私が反論しようとしたところを、ハーコート少佐は手で制しました。
「待って待って、まだ途中よ。これからが本番」
「本番?」
「うん。野戦で勝利するには隘路で迎撃するしか私たちに手はない。でも、森なんかを通られたらちょっとまずい。だからやることは、ひとつ」
そう言って、ドヤ顔でハーコート少佐は続けます。
「敵には意地でも街道を通ってもらう!」
…………。
「どうやって?」
「一緒に考えて!」
間髪入れずにそう答えるハーコート少佐を前にして、本当に上手く行くのかと不安になりました。