カミラと戦列歩兵
戦列歩兵の訓練、というのは知らない人から見れば結構呑気に見えます。ですが軍隊の訓練は全てが生死にかかわる重要なことで、決して呑気なものではありません。
「諸君! 栄光ある合衆国陸軍正規兵である貴官らに、今更戦列歩兵のなんたるかを語るのは必要ないと思う。だが、全ての行動は基礎の上に成り立ち、それを疎かにすれば即ち死を意味する! 本日の訓練に置いては基礎的な戦闘技術を行う。良いな!」
「「「ハッ!」」」
マクナイト大尉の剛毅な声が、サラゴサ砦守備隊の鼓膜を震わせます。今日戦闘訓練に参加するのは砦の守備隊員300名のうちの100名です。
「戦列歩兵において、最も重要なのは士官の命令に対し絶対服従であること! なにも疑問を持たず、それが如何に愚かしいことに思えても決して刃向わずに従うこと! 1人でも命令に背けば、それは即ち戦列全体の崩壊に繋がる! もっとも重視すべきは個々人の能力ではない。敵に立ち向かう勇敢な心と、秩序である!」
戦列歩兵は、マスケット銃を持った兵士が複数列に亘る横隊を組み敵に向かい射撃する戦法。合衆国陸軍の場合は2列横隊です。
前列が射撃、後列が装填。前後を入れ替え、射撃と装填を繰り返して効率よく大量の銃弾を敵に与えるのです。
簡単そうに聞こえますが、克服すべき問題が2つあります。1つは……、
「よし、スミス一等兵!」
「ハッ!」
「銃の再装填作業を私に見せてくれ。君は今、敵に向かって銃を撃ったばかり。すぐさま再装填作業を行わなければならない」
マクナイト大尉の命令を受け、スミス一等兵と呼ばれた若い兵士がサラゴサ砦で使われている一世代前の主力銃M1694を地面に立てました。
M1694の装填作業は9動作あります。マクナイト大尉が、スミス一等兵の動作に合わせてそれを口で言います。
「1、弾盒から薬包を取り出す」
一等兵が右脇腹辺りにある盒から、紙と蝋で出来た薬包を取り出します。この紙薬包には1発分の銃弾と黒色火薬が詰められているのです。
「2、薬包を歯で噛み破る」
黒色火薬が湿気らないよう蝋で固めた紙薬包は、手で開けることは叶いません。早く装填するためには歯で無理矢理開けるのが普通です。
スミス一等兵は紙薬包を噛み破り、千切った部分をその辺に吐き捨てます。……最初見た時は下品だな、と思ったのは内緒です。
「3、薬包を広げ、4、火薬、銃弾の順に装填」
ここが一番の正念場です。
紙薬包は1回分の火薬量を計測しないで済むので装填時間が早くなるのですが、戦場という極限の場において薬包を広げて火薬を銃口に丁寧に入れて、銃弾を押し込むのは慣れないと手間取ります。スミス一等兵も苦戦してるようで、銃弾を1度地面に落としてしまいました。
「5、槊杖を取り出し、6、火薬と銃弾を銃身奥に押し込む。7、装填が完了したら槊杖を元に戻す」
槊杖は、銃弾の装填及び銃口の清掃のために使われる道具で、通常小銃に付属しています。
スミス一等兵の使っているM1694はライフリングがされていない滑腔銃であるため、球形銃弾は銃口の内径よりも小さく装填しやすいです。
これがライフリングされている特別モデルとなると、銃弾をライフリングに噛み合わせるために銃口内径よりも大きくなり、結果装填が難しくなります。ライフリングしてないものと比べて2倍程装填に時間がかかるほどに。
「8、撃鉄を起こし雷管を入れ替える」
M1694は雷管式と呼ばれる小銃です。引き金を引くとき撃鉄が雷管を打ち、雷管に仕込まれている火薬に火がつき、それが火種となって先ほど装填した黒色火薬を爆発させ、銃弾が発射される仕組みです。
雷管式は雨や湿気に強いという利点があるのですが、肝心の雷管が小さくて使いにくいという欠点もあり、慣れないと交換作業は手間取ります。
「9、担え銃!」
全ての動作を終えて、脇に銃を抱えて射撃準備完了となります。心の中で時間を測っていたのですが、スミス一等兵は全然ダメですね。全ての動作を終えるのに1分近くかかっています。
「遅い、それでは死ぬぞ。お前だけではなく、仲間全員がな」
これが問題その1。再装填に時間がかかりすぎると、前列が射撃を終えても後列の射撃準備が終わらず、時間当たりの銃弾投射量が少なくなる、という点です。
これを解決する方法は単純明快、ひたすら訓練して慣れるのです。
「ウィールドン上等兵!」
「ハッ!」
「スミス一等兵に手本を見せてやれ」
「はい!」
そう言われて、私は銃の装填をします。伊達に2年もハーコート少佐に仕えていません。ちゃんと料理洗濯の合間に訓練もしてます! 少佐と違って!
心の中で装填動作を呟きながら手を動かします。
全ての動作を終わらせ、最後にピシッと担え銃。完璧です。
「20秒強か。もう少し早くできるな」
マクナイト大尉がそう無茶ぶりをしてきました。いやいや、普通にやっても30秒近くかかるのですから、今の私相当頑張ったんですよ!
……と思ったら、今度はマクナイト大尉自身がお手本を見せてくれました。スミス一等兵や私にわかりやすく、装填動作を声に出しながら。
「9!」
ややドヤ顔でそう声を高らかに上げて装填完了。かかった時間は15秒でした。……は、はやい。
「これを無意識に出来るようになるまでになれ。良いな!」
「「「はい!」」」
上の上には、いくらでも上がいるのだと実感しました。




