喧嘩の後
さすがに拳銃発砲はダメでした。
近くを警邏していた警察の人が発砲音を聞きつけ、すぐに店に飛び込んできてしまった。強盗が入ったのかと思ったらしく、手には小銃が。しかもサラゴサ砦に配備されているものより最新のものでした。
……羨ましいです。
って、そんなことはどうでもいいですね。
警察官が入店した時、元中尉さんが足の甲を撃たれ血を流し、そこにあからさまに怒気を振り撒いて立っているサラゴサ砦司令官ハーコート少佐がいました。警察官は果たしてどちらを犯人だと思ったのか、気になります。
まぁ結論から申し上げれば、犯人は元中尉さんになりました。
この店の店主が、
「男性客が暴言を振るい、それを諌めようとした軍人さんに銃を向けた。軍人さんはその男を制圧しただけ」
と証言したからです。
大局から言えばそれは正しい証言です。細かい部分を端折っているせいで完全に事実とねじ曲がっているんですが。
店主がそれをした理由を後日になって聞くと、
「かわいい娘さんを侮辱する奴の味方にはなれんからな」
らしいです。
ともあれ、ハーコート少佐は御咎めなしでした。店主さんが正直者だったら、まぁ逮捕はされなくてもなんらかの懲戒処分があったでしょう。
そしてハーコート少佐と言えば、
「いやー。ついカッとなってやったわー」
言ってることが完全に犯罪者です。
「今回は店主さんが優しくてしかも料金まで払わなくても良いと言ってくれたから大事なかったですが、今後もそんな奇跡は起きないんですからね。わかってますか?」
「わかってるわかってる。今度は警察が来ないうちに制圧するわ」
「全然わかってないじゃないですか!」
ハーコート少佐は意外と脳筋です。しかも先ほどのように頭に血がのぼると見境なしの喧嘩をします。普段から軽口ばかり言っている人ですが、少佐の白兵戦術は合衆国でも指折りだと思います。
「それよりも私はカミラの方が気になるわー、大丈夫?」
「大丈夫も何も、私は喧嘩には参加してませんし怪我なんて……」
「違う違う、心の方よ」
「…………別に、慣れてますし」
人狼族差別は合衆国でも根強い問題で、私1人でどうにかできる話でもありません。慣れることが1番早く確実なんです。
「じー……」
「な、なんですか少佐」
「もう、無理しちゃダメよー」
そう言って、少佐がいきなり抱きついてくるのです。
なんですかもう、心が不安定なの実は少佐なんじゃないでしょうか。急に怒って喧嘩して、可と思ったら人の心配して抱き着いてくるんですから。
「別に大丈夫ですって! ですから離れてください!」
「そう強がるのがカミラの良い所だけど、たまには弱みを見せてもいいのよー」
「いやいやここ街中ですから無理です!」
「え、つまり砦の中なら……」
「砦の中でも見せません! 少佐に見られるくらいなら死んだ方がマシです!」
「ひどい!」
少佐に弱みを見せたら確実に握られます。後々になってからこれをネタにして私をいじるつもりなんでしょう。その手は乗りませんから!
「ともかく、さっさと帰りますよ少佐!」
「はいはい」
そう軽い返事をして少佐はやっと私を開放してくれました。微妙にまだ体中に少佐の臭いと体温が残っています。人狼族は鼻が利きますから、ちょっとの臭いでも気になるんです。
「にしても」
「なんです?」
「カミラ、ちょっと元気になったわね」
「…………」
こういうことを平気で言うから、少佐のことは苦手なんです。なんですかなんですか、いつも軽口ばっかり言って私に迷惑かけてるのに、こんな時は普通に保護者として接してきて……でも。
「少佐」
「なーに?」
「えっと、その……ありがとうございました」
ちょっと気まずくなって、目を逸らしながらそう言いました。普段はあまり言わない言葉ですから、久々に言うと結構恥ずかしいです。
そして少佐と言えば
「か……」
「か?」
「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
叫びと共に、また私に思いきり抱き着いてくるのです。
「ち、ちょっと何やってるんですか! はーなーれーてーくーだーさーいーーー!」
「嫌よ! 死んでも離さないんだから!」
「いや街中はダメですってどこ触って……ひゃぅっ!」
やっぱり、らしくないことは言うもんじゃないです。