プロローグ
ある大陸で、とある国が、その産声を上げたのは今から70年前の事。
海を隔てた向こう側にある旧大陸を支配する「帝国」から独立を果たし、自由と、自分たちの国を手に入れた。
開拓精神フロンティアスピリットに溢れる独立直後の国民は、当時単なる辺境でしかなかった新大陸を開墾し、鉄道を敷き、街を作り、鉱山を掘り、精錬所を作り、工場を作る。
労働力不足を補うために旧大陸から移民を大量に呼び込んで、そしてまた何度かの戦争を繰り返して。
誰にも負けない海軍を作り、誰が相手でも勇猛果敢に戦う陸軍を編成して、
いつしかその国は、わずか70年で「列強」と呼ばれるほどの超大国となっていた。
そんな国の南西の端、工業よりも農業が発達し、故に人口も少ない辺境とも言っても良い国境地帯に、「サラゴサ砦」と呼ばれる小さな基地がある。
中世的な煉瓦造りの建物と、近世的な稜堡式城郭を組み合わせた風光明媚な、あるいは古臭い要塞である。明らかに整備されていない見た目のこの砦は、知らない人が見れば遺跡にしか見えないだろう。
その遺跡、もといサラゴサ砦の中を慌ただしく駆ける者がいた。
普通の人間とは違う、狼のような特徴的な耳と尾を持ち、小柄で、子供らしさを少し残す若い女性。その女性が砦の中を走り、そしてある扉の前で立ち止まる。
1回、そして2回息を整え、扉を叩く。
だが、反応はない。もう1度叩いても、結果は同じ。
彼女はややウンザリした顔をして、深い溜め息を吐き、そして扉を開けた。
「――少佐!」
彼女の声が、砦の中に響く。
この声が彼女たちの人生と、そしてこの国の、「合衆国」と呼ばれる国の細やかな歴史の一章が、幕を開けた瞬間であった。