《地下世界:モンスター救出編》 第九話:腐った不死者とカナンの街(4)
見知らぬおっさんの娘姉妹とは離れたものの、先ほどのロー率いるごろつき軍団との一悶着で注目が集まってしまった俺に、今度は勇者シャムシエルが現れた。
余計に観衆が増えてしまう。街人たちは距離をおきつつも、しかし大通りは随分とざわついてしまっていた。
見世物のようで気分が悪いな。
それ以上に鼻をつまんでる奴らが多くてムカつくな。
俺はHPが残り少ない。
心のHPも、赤く点滅していることだろう。
早いとこ城に帰って、うさ耳三姉妹と優雅にお茶とかして癒されたいのに………。
「やぁ、シャムたま。偶然だな。こんなとことでなにしてる?」
「……わ、私が、どこでなにしてようと……勝手じゃない」
僅かに口を尖らせて、シャムが答える。
どこでなにしてようと勝手か。確かにな。それは俺にとっても大変都合がよろしい。
「そうか。じゃあ俺は帰るよ。ごきげんよう、さようなら」
にこやかな笑顔を向けてシュタッと手を上げ帰ろうとすると、すぐさまシャムが外套の端を掴んだ。
「ま、待ちなさいよっ!!」
引き止めるな!!
お前が目の前にいるとキアリーが機能不全を起こして、影内限定移動魔法が使えないんだよ!
「なんだよ?」
「……あ、あの」
「言いたいことがあるならハッキリ言え」
「その、ね……」
シャムがなにやらもじもじしている。
勇者といえど所詮は推定15歳のパツキン少女……つまり子供だ。背伸びしたい盛りのただの子供にすぎない。
「我慢は身体に毒だぞ?」
「……が、我慢はしてないわ」
そう言いながらも、もじもじする。
……仕方ないな。
こういうのは大人な男である俺の役目。聞かずとも黙って一肌脱ぐべきだろう。それがダンディズムというものだ。
「ちょっと待ってろ。俺が借りてきてやるよ」
「……借りてくる?」
俺はその家の持ち主らしい杖をついたお爺さんに声をかけた。
「すいません、トイレ貸してもらえますか?」
「……ふぇ? トイレかい? どうぞぉどうぞぉ」
「───ちょっ!? なに言ってんのっ!? あんたっ!!」
腕を掴まれ、シャムにズルズルと引きずられる。
力強ぇなぁ、こいつ。体重なんて俺と倍以上の差があるだろうに。
「あんた、なに言ってんのよっ!?」
「我慢は身体に毒だ」
「別にトイレ我慢してないわよっ!!」
そうなの? 紛らわしいな。
じゃあなにをもじもじしてんだよ。
「……見てたわよ。あんたが街のごろつきと騒いでるところ」
「ほう、どの辺りから?」
「あんたがごろつきに胸ぐら掴まれてるところぐらいから…………かしらね」
「そうか。……見てたのか?」
胸ぐら掴まれてるとこって、めちゃくちゃ最初からやんけ。
「見てたわ」
表情も変えずにあっけらかんと、そう言って退ける。片手を腰に当てるシャムの態度は、それがなにか? と言わんばかりだった。
「………………」
「………………なによ?」
「───いや助けろよっ!!!!」
「な、なんでよっ!?」
「俺はごろつきの一人にボコボコに蹴られまくって血反吐吐いてただろうがっ!!」
「そうね」
「そうね、じゃねぇよっ!! 助けろよ見てないで!! 罪なき一般市民であるこの俺が血反吐吐いてんだぞ!!」
「あんた、この街の住民なの?」
「そんなことはどうでもいいんだよ! お前一応勇者だろ傍観すんなや! 俺を助けろ!!」
「ふっ、一応じゃなくて、私は勇者よ」
「そんな胸張って勇者だってんなら助けろ! 危うく死ぬところだったじゃねぇかっ!!」
「回復魔法でも使えばいいじゃないの」
「使えるかそんなもん!! 魔法が使えたら両手上げて泣いて喜ぶわっ!!」
「やっぱりあんた……回復魔法使えないのね……」
「やっぱりって言うなや! どうせ俺は魔法も使えないレベル3のザコだよ!」
「3っ!? あ、あんた……レベル3なのっ!?」
「そうだよ文句あるかっ!? なんだここはレベル社会なのかっ!? レベル3を差別するんじゃねぇっ!!」
「私はレベル99よ」
「キュージューキューッ!? 極めてるじゃねぇか廃人かお前は!? そこまでやり込むんじゃねぇ働けっ!!」
「……? なに言ってんの?」
「今の発言は俺もどうかな? と思ったけど、いいんだよ俺はこれから身体鍛えてレベル上げるんだからなっ!!」
「ごろつき相手でもレベル3のあんたがあそこまでやられたら、死ぬことだってあるのよ?」
「だから言ってんだろ危うく死ぬところだったって! 早く帰って休みたいんだ! 俺は帰るぞっ!!」
「帰る必要はないわ。
それよりレベル3だなんて……よく、私の……攻撃を喰らって、死ななかった……わね」
…………それもそうだな。なんで死ななかったんだ俺? シャムがレベル99なら、素手だろうと本当に一撃で余裕で死ぬぞ。
まぁ、俺は死んでるけど……。
あぁっ! あそこで俺は死んでるのか。あの一撃を喰らって、俺は死んだんだ。完全に気ぃ失ったもんな。
腐った不死者怖ぇな。自分が死んだことにすら気づかないほど、すでに死んでるのか。しかも召喚初日で1ラウンドKOとは。
……………………泣きたくなってきた。
「帰るっ!!!!」
「なんでよっ!?」
「心のHPがレッドなんだよ! 赤は危険だ! 帰ってお茶して寝る!!」
「帰る必要ないって言ってるでしょ!」
「お前も帰れっ!! お前が近くにいると風呂上りの少女がガクブル震えて俺は帰れないんだ!!」
「……は?」
「とにかく俺は帰るっ!!」
俺は外套をひるがえしながら背を向け、歩き出し───
「───って、何故目の前にいるシャムたまっ!? あれ? 俺、今……逆方向に……」
「私の本気のスピード……ナメないでよね!」
キュピーンと碧眼を光らせて、不敵に笑うシャムがいた。
「本気出して回り込むなっ!! ビックリするわっ!!」
「待ちなさいよ」
「待ちなさいよって、そんなことされたらイヤでも待たざる得んだろ……」
どんなとうせん坊なんだ、お前は。それは勇者じゃなくてガキ大将の行動だぞ。大体なんでここにいるんだお前は? 偶然か?
「用件があるなら早く言えっ!!」
「……あ、だから……その、ね」
またもじもじし始めやがった。
なんなんだ? もしかして俺に告白する気か?
シャムくらいの年頃の少女が男の前でもじもじするのは、トイレか告白だと俺の中で相場が決まっている。
……………………え? マジで? 俺の心の中の相場は一体どうなってるんだ? トイレか告白の二択しかないのか? 人間関係と人生経験の乏しさがにじみ出すぎだろ。
俺のレートでは解答は見出せないようだ。本人に訊いたほうが早い。
「ハッキリ言えっ!! 勇者は勇気ある者なんだろう!?」
「───っ!!」
ザッときれいな姿勢で立ち直り、シャムが90度に腰を折り曲げた。
「ごめんなさいっ!!」
……ん? なんかあやまられたぞ?
勇気ある者にあやまられた。
何故に急にあやまれた?
まぁ、いいや。俺は早く帰りたい。
「許すっ!!!!」
「……ゆ、許して……くれるの」
「俺の心は海よりも広くて大きいんだ! パツキンなんぞ存在ごと丸呑みできるくらいな!! さぁ、用は済んだハズだ!! 立ち去れっ!!」
「……ほ、本当に? そんな……大怪我させちゃったに」
「大怪我?」
……おおっ! そういえば俺は今、包帯ぐるぐる巻きの怪我人だった。シャムは自分が怪我させたと思ってるのか。確かにクレーターができるほど吹っ飛ばされたからな。勘違いするものムリはない。
「許すっ!! そして俺は帰るっ!! さらばだっ!!」
俺は外套をひるがえしながら背を向け、歩き出し───
「───って、無音で回り込むな!! 心臓に悪いだろっ!!」
正面にも後ろを向いてもシャムがいた。
大魔王からは逃げられないように、勇者からも逃げられない仕様のようだ。
「ちょっと待ってて。すぐに全快させるから」
シャムは俺の胸に、そっと手を当てようとした。
俺は身をよじってそれを避ける。
......全快?
させるから?
すぐに?
「な、なにする気?」
「全快回復魔法を唱えるのよ。怪我なんてあっという間に治るわ」
「それって、回復魔法のこと?」
「ええ、そうよ」
……俺は腐った不死者。
回復魔法をかけられても、腐ったまま……。
『全快回復魔法を唱えたわ。怪我治ったでしょ? 見せて』
『イヤです』
『イヤよイヤよも好きの内よ! 見せなさいっ! すべてをさらけ出しなさいっ!!』
『きゃぁああああぁぁぁっっ!!』
悪代官が女の着物を剥ぎとるように、包帯でくるくる回され裸になる俺。
『傷が治ってない! っていうかめっちゃ腐ってる! あんたモンスターね! 覚悟!!』
白亜の剣でスパンッと首をちょん切られる。
『誰か! 昇天系魔法を唱えて!』
ラーラーラー♪
ラーラーラー♪
羽の生えた赤ん坊の天使がやって来て、俺とパトラッシュを光の彼方へ導く。
哀しげな音楽が流れ、エンディングロールが始まる。
「パトラーーーーッシュッ!!!!」
「な、なにっ!?」
「お前こそなにをする気だっ!? シャムたまっ!!」
「だから全快回復魔法を唱えるって……」
「…………やだ」
「な、なんでよ? 痛むでしょ、その怪我。治さなきゃずっと痛いままよ?」
「それでもいい」
「あぁ? なんでよっ!!」
……くっ!
今、回復魔法をかけられるのは不味い……。
どうにかしないと多分シャムの性格上、問答無用で回復魔法をかけてきそうだ。
俺がモンスターであることがバレてしまう。早くなにか言いわけを。この場をしのげる上手い逃げ口上を。
あ、いや───
「……シャムたま。モンスター退治はやめたのか?」
その言葉に、シャムの目つきががらりと変わった。
気配と共に剣呑なものとなる。
「……やめるわけないじゃない」
「俺を殴ったことは許す。てかどうでもいいそんなもん。でもモンスター退治は許さない」
「モンスター退治はやめないわ」
「俺は弱いものイジメをする勇者にかけてもらう回復魔法などないっ!!」
「なによそれ!? それとこれとは関係ないじゃないっ!!」
「弱いものイジメはやめろ! そしたら俺はお前に回復魔法をかけてもらう!」
「モンスター退治は弱いものイジメとは違うわよ!!」
「一緒だ!! お前はさっきのごろつきと同じように力にものいわせて、弱いものをねじ伏せてるだけだ!!」
「モンスターは弱くないわよ!!」
「レベル99がなに言ってんだ!! お前から見れば誰だって弱いものだろうがっ!!」
「───っ!!」
一瞬たじろいだシャムだが、また絞り上げるように叫んだ。
「……わ、私は、弱いものの為に戦ってるのよ!! なにがいけないのよ!!」
「弱いものって誰だ!? 言ってみろ!!」
「街の人たちよ!」
「街人を怖がってるか弱いモンスターだっているんだよ! 俺が言うんだから間違いねぇっ!!」
「そんなモンスターいないわよ!!」
「いるっつってんだよ!! 人間を怖がってビクビクしておびえて暮らしてるモンスターだっているんだよ!!」
「モンスターは人を襲うわ!!」
「モンスターが人を襲うのなら小さな女の子が一人で街の外に花を摘みになんていけないだろうがっ!!」
「実際、年間何万もの人間がモンスターに襲われて死んでるのよ!!」
「その統計に信憑性はあるのか!!」
「国が出してる統計なんだから当たり前じゃない、バカ!!」
「国が出してるってだけで信じてるお前のほうがバカだ!! このバカ!!」
「だったらなにを信じればいいのよ!! バカ!!」
「そんなこともわからないからバカだって言われるんだよ!! バカ!! 統計よりもまず自分の目に見えてるものを信じろ、このバカがっ!!」
「───っ!!」
シャムは後ずさるように再びたじろいだ。上目遣いで恐る恐る次の言葉を紡ぐ。
「あ、あんた……本当に、アマリアの知り合いじゃないでしょうね……?」
「知らん人の名前を出すなバカがっ!! 世界はお前を中心に回ってるわけじゃねぇーんだよ! このバカがっ!!」
「バ、バカバカ言うんじゃないわよ! バカ!!」
「バーカ!! お前が先にバカって言ったんじゃねぇーか!! このバカ!! モンスター退治やめろ! このバカがっ!!」
「やめないわよっ!! バカ!!」
「大体お前がやってんのはモンスター退治じゃなくてモンスターさらいじゃねぇか!! このバカ!!」
「同じことよ!! バカ!!」
「同じじゃねぇよバカ!! そんなこともわからないのかバカ!! 本当にわからなのかバカ!! 極めつけのバカだな!! バカはバカなりにちゃんと考えて答えろ! このバカがっ!!」
「……ぇ……結局、おな……バッ……ぇ?」
「はいブーッ時間切れ!! 遅いっ!! バカ証明されたぞバカッ!! やっぱりバカだ!! 今考えてる時点で遅ぇんだよバカ!! さっさと帰って考えて来いバカ!! 頭使えバカ!! 頭鍛えろバカ!! お前の頭はレベル3だこのバカがっ!!」
「レベッ……さ……ぁ……うぅ…………」
「はいはい終わりだバカ!! バカに付き合ってられっかバカ!! バカが感染るだろバカ!! バカは消えろバカ!! 消え失せろこのバカがっ!!」
「……うぅぁ、わた……せっ……かく、治っぉ、それなの、にぃぃぃぃぃ……」
そんなもん知るかっ!! お前がバカなのが悪いん───
と、言いきらぬ内に、ぶわっと一陣の風が吹き、瞬間世界が暗転した。
……あれ? 顔が焼けるように熱くて背中が痛い……と、かすれていく意識の中でぼんやりと思った。しかも何故か一瞬にして、ここは街の外───荒野。仰向きになって薄暗い空を見上げている。
速すぎて目では捉えきれないシャムの拳が顔面にヒット。俺はまた吹っ飛ばされ街の外壁を貫き、地面に転がったようだった。
遠くに見えるカナンの街の外壁には、やはりポッカリと穴が開いている。
どこまで吹っ飛ばされてんだ俺。よく生きてるな。ああ、今から死ぬのか。いや、死んでるけども……。
そう思ったら、一気に全身の力が抜けた。
今わの際らしい。
「あびつ ば、会うたびび、俺ぼ 殺ざ なビど、気が ずばん のガぁ……?」
二連ちゃんの死にオチに、言い知れぬ戦慄を覚えつつ。
それ以上思考が働かなくなった俺は、冷たい風の吹く荒野の真ん中で、ガクリと力尽きた。