《地下世界:モンスター救出編》 第八話:腐った不死者とカナンの街(3)
カナンの街。石畳の大通りの真ん中を歩く。堂々と。誰憚ることなく。
何故なら俺は怪我人だからだ。俺は腐ってないからだ。怪我の傷が化膿してるかも知れないけれど、腐ってはいない。
だから歩ける。
堂々と。
文句をつける人間は誰もいない。
『もっと隅っこ歩くでし』
文句をつけるモンスターはいるようだけれど、気にしない。
『調子に乗ってると痛い目みるでしよ』
「せっかくのいい気分に水をさすなよ。俺はやっと武器を手に入れたんだ。城に帰ったらキアリーにも見せてあげよう」
『ちゃんと見てたでし』
「そのわりには口数少なかったな」
そういえば俺の影の中にずっといるのに、本当になにも喋ってなかったな。どうしたんだ? お風呂で寝ちゃったのか?
『あの黒い人間の言ったことを鵜呑みにしないほうがいいでしよ』
「パイン兄さんのことか? なにか変なこと言ってたか?」
『変なことを言ってはいないと思うでしけど、アディ様が変な誤解をすると思うでし』
「どんな誤解だよ?」
『アディ様はモンスターでし。その自覚はちゃんとしてたほうがいいでし』
「一応してるけどな」
『自覚してたら人間の街を闊歩はできないでし』
「それはただの性格だ。仕方ない」
『自分の性格を受け入れているでしなら、種族性も仕方のないことでし。受け入れるでし』
「種族性って、ラービット族みたいな?」
『そうでし。腐った不死者には種族はないでしが、種族性と同じ意味で特性はあるでし』
「なんだよ? 俺の特性って?」
『腐っていることでしとか、不死であることとかでし』
「そんなもん、もう充分すぎるほど受け入れているよ。受け入れざる得ないだろう」
『モンスターであることも受け入れるでし』
「受け入れてるっつの」
『自分の姿を見てから、周囲を見るでしよ』
自分の姿といってもな。腐ったところは包帯巻いてるし、外套を着てフード被ってるから自分の姿なんて見えないぞ。
大体が自分の姿を隠す為にこんな格好してるんだし。
なに言ってんだキアリーは?
周りを見渡す。大通りを進んでも、大して変わり映えしない街並み。木造建築の少ない石造りの街。
そして街人たちは───
俺を見ている。
不審な目で。
遠巻きに。
じっと見ている。
俺を避けて通る人々。
見ることすら、避ける人々。
モンスターに見えるハズのない俺が───モンスター扱いだ、これじゃあ……。
そりゃそうか。
全身に包帯を巻いて外套で身体を隠し、フードで顔も隠してりゃ……まともには見えないわな。
腐臭も相まって、疫病感染者にでも見えるのだろうか?
遠くから、かごに黄色い花をたくさん入れた花売りらしき小さな女の子が歩いてきた。
道行く人々に声をかけている。
買う人。
買わない人。
…………買わない人のほうが多いな。
それでも女の子は声をかけ続ける。
誰も見逃さず、一人一人丁寧に。
健気に、一生懸命に。
どんどん花売りの女の子との距離が、近くなっていく。
……わかってるさ、俺には声をかけないんだろう?
予想通り、女の子が横切る。
目線を地に落として。
「お花はいかがですか?」という可愛い声が、遠ざかる。
……わかってるさ。俺だって多分、そうする。
君子危うきに近寄らず、だ。
「気にするかそんなもん!! 見たけりゃ見ろ! イヤなら見るな!! 俺は俺だっ!!」
『涙を拭くでし』
「泣いてなんかないもんねーっ!!」
『声が涙声でし』
「なんだキアリー! 花が欲しかったのか!? だったら今から行って買ってきてやるぞ!?」
『哀しい結果に終わるだけでし』
「ちゃんと売ってくれるもんね!! 土下座してでも売ってもらうもんね!!」
『それはただの嫌がらせでし』
「3000Gもあるんだ!! 多分あの花、全部買えるぞっ!!」
『ちなみにでしね』
「はいはい、なんですかーっ?」
『こうしてあちしと喋ってるから、ぶつぶつ独り言を呟く不審者に見られるんでしよ?』
「それは先に言えよっ!!」
『だから、もっと隅っこ歩くと言ってるでし』
腐臭漂い、見た目怪しく、路上の真ん中でぶつぶつ独り言を呟く男。
絶対誰も近寄らねぇっ!!!!
前世だったら通報もんだよ。
よかったなー、異世界で。
よかった。
よかった。
ああ、よかった。
「あるぅ日ぃーー♪ 森の中ぁーー♪ くまさんにぃーー♪ 出会ったぁーー♪」
『急に歌い出したでし。狂ったでし』
ラララ♪ ラーラーラーラーラー♪ ラララ♪ ラーラーラ───
歌っていたら、ドンッ……と、人にぶつかった。
言うより早く胸ぐらを掴まれる。
「痛ぇなっ!! コラァッ!!」
「す、すいません」
「汚ぇ格好しやがって!! 俺の服が汚れたらどうすんだっ! アアッ? テメェッ!!」
吊り上った細い目に細身の顔。なのに随分と身体のデカい男。
「すいません。よそ見してました」
ちっ、厄介なのにぶつかってしまったようだ。
よく見ると、ヘビやらドクロやらの刺青を見せびらかすように、袖のない皮のジャケットを羽織った屈強な男たちが五人、道を遮るように言い争いをしていた。
その最中にぶつかってしまったらしい。
言い争いをしている相手は、一人の少女───
歳の頃は、十二、三歳くらいだろうか。
こんな子供相手に大の大人が五人もよってたかって……なにやってんだ?
「今は本当にムリなんです。立つこともできないんです」
「知るか! 契約は契約だ! さっさと呼んで来いっ!!」
「治ったら、治ったらちゃんと……ちゃんと働きますから」
「石運びくらいできるだろうがぁ! 気合いが足りねぇんだよっ!!」
「今動いたら……死んじゃいます」
「死んだら死んだで土の肥やしだっ!! さっさと呼んで来んかいっ!!」
「お願いします。病気が治ったら、ちゃんと働きますから」
「関係ねぇんだよ、そんなもんはぁ! 指定された期間はきっちり働けやぁ!!」
…………言い争いというか、一方的に怒鳴られてるな。
お願いします、お願いします、と頭を下げ続ける少女。
呼んで来い、呼んで来い、と怒鳴り続ける屈強な男たち五人。
話が見えてこない。キアリー先生に訊いてみよう。
『●●●●●●●、●●?』
『胸ぐら掴まれてるのに余裕でしね』
『●●●●●●●●●●●』
『多分、開拓民と開拓民を雇ってる人間でし』
『●●●●●●●?』
『あの子供じゃないでし。あの子供の親───多分、父親でし。病気で動けないそうでしね』
『●●●●●●?』
『契約上そうなってるのなら、働かなくちゃいけないでしね』
『●●●●、●●●●●●●?』
『警備兵は多分来ないでし。別に法を犯してるわけじゃないハズでし』
『●●●●●●●●●?』
『あの五人の人間たちは開拓民の管理を任されているんでしね、きっと』
……そういうもんなのか。
街のごろつきにしか見えないけどな。前世風に言えば、歓楽街のチンピラだろアレ。
「おいコラァッ!! ブルってんじゃネェぞっ!? なんとか言ってみろっ!!」
街人は見て見ぬフリ。公僕であろう警備兵はやって来ない。
一応ごろつきたちは合法らしいから、警備兵が来たとしても大したことはできないだろう。
でも仲裁くらいはしろよ。大人五人が子供一人に喰ってかかってるんだぞ?
「おいテメェ! 寝てんのかっ!! テメェに言ってんだぞコラァッ!!」
『アディ様、呼んでるでしよ?』
『●、●●●。●●●●●●、●●●●?』
『あちしじゃないでし。アディ様の胸ぐらを掴んでる目の前の人間でし』
「あ、呼んだ?」
「テメェ俺をナメてんのかっ! オウゥ!! どう落とし前つけてくれんだっツッてんだよっ!!」
「すいません! すいません!」
「テメェッ!! ナメてんのかっ! ブン殴られてぇのかゴラァッ!!」
「じゃあ、それで」
胸ぐらを手放したと同時に。
真正面から。岩のような拳が飛んできた。
ゴォッ!! と、イヤな音が響いて───身体が宙に浮くほど簡単に、ブッ飛ばされてしまった。
ズシャァアーッと、地面に叩きつけられる。
「───マジで殴られたっ!?」
『なんで殴られないと思ってたでしかね?』
「だってあいつら一応は合法なんだよねっ!? でも俺を殴ったら傷害だから警備兵やって来るんじゃないの!?」
『そこまで人間の法に詳しくはないから知らないでし』
「警備兵来たらあいつらだって困るよね? だったら普通、俺……殴られなくないっ!?」
『人間は野蛮でしからね。その中でも、あの人間たちはタチの悪い部類でしよ、きっと』
前屈みにポケットに手を入れながら、俺をブッ飛ばしたごろつきがやって来る。
「オウゥッ!! こんなもんで許されると思ってんじゃねぇぞっ!!」
『アディ様、またでしよ、どうするんでしか』
「仕方ない。俺もやるときはやるってところ、見せとかんとな!!」
すぅっと肺に息を溜める。そして───
「誰かぁぁあああああぁぁぁっっ!!!
助けてぇぇええええええぇぇぇぇっっ!!!
警ぇぇ備兵さぁぁあああぁぁぁっんっっ!!!」
力の限り、大声で叫んだ。もう一度───
「助けてぇぇええええええぇぇぇぇっっ!!!
警ぇぇ備兵さぁぁあああぁぁぁっんっっ!!!」
警ぇぇ備兵さぁぁあああぁぁぁっんっっ!!!」
叫んだ。
『どうしてこの場面で助けを呼べるんでしかね?』
「俺はこうしてトラブルを回避してきた。ごろつきの類は大体これで逃げていくもんだ」
「テメェーッ!! ミンチにされてぇのかゴラァーッ!!」
ごろつきが激怒して走ってきた。
「なんであいつ逃げないのっ!?」
『あちしはこれで逃げると考えるアディ様がわからないでし』
ごろつきは怒りに任せ走り様に、ガッ!! ───と、俺の腹を蹴り上げた。
「げはッァ......ッ!!」
「オウゥッ!! ゴラァーッ!! 死ねぇっ死ねぇっ!! 死んじまえぇぇッッ!!」
横ばいに丸くなってる俺を、ごろつきは容赦なく蹴り続ける。つま先で主に腹部を。ねじ込むように。
ズドッ!!
ドスッ!!
ガズッ!!
腹の中に血が溜まっていく感覚。
鉄の匂いのする嘔吐感。
こ、こいつ……本気で俺を殺す気か……?
「オォッ! タゴヤァァッッ!! そんな奴にかまってんじゃねぇっ!! こっち手伝えっ!!」
「わかりやしたぁーっっ!!」
タゴヤと呼ばれたごろつきは最後に一発、ズガンッ!! と踵で力いっぱい腹を踏みつけていった。
「ごばァッ!! ……ぁァ……ゲホォッ!!」
『大丈夫でしか? アディ様?』
「だ ビじょ ぉぶ ジャ……な びィィ……」
『では、あちしはあの人間殺してくるでし』
「な、なび 言っ デん だ……。ダベ び 決まっ……デ るだ ぼ」
『あちしは、あんな人間にアディ様がやられて黙ってはいられないでし』
「……ダベ だ」
『あの人間を殺さない義理はあちしにはないでし。あの人間の影に影内限定移動魔法でサッと入って呪い殺すでし』
「……げぼォハァ……ぶはァアァ」
胃に溜まった血を吐き出した。
でも、腹の奥が疼くように痛い。内臓が一個一個───絞られているようだ。
「……はぁ、ま、魔力は……ふぅ、影内限定移動魔法一回分しか、残ってないん……だろ?」
『忘れてましたでし。じゃあ路地に隠れて影内限定移動魔法を唱えるでし。アンリアラパレスに帰るでし』
「そうも……いかん」
立ち上がり、ごろつきたちを眺めると、どうやら少女はどこかに連れて行かれるようだった。髪の毛を掴み、イヤがる少女をムリやり引っ張っている。
『どうするんでしか? あとに三発くらい殴られたらアディ様……死ぬでしよ?』
「弱すぎだろ俺…………いや、俺死なないちゃうん?」
『死にはしないでしが、気を失うでし。その間に包帯をとられてモンスターだとバレるでし。
この街にも昇天系魔法を使える街人くらいいるハズでしから、そしたらもう光の彼方に消え去るだけでし』
「どうしようもないな」
『だから早くアンリアラパレスに帰るでし!!』
「やることやったらな」
『なにする気でしか!?』
「ごろつきに、あの子供は連れて行かせん」
『人間の子供なんてあちしたちには関係ないでし!!』
「関係ないけどな」
『じゃあほっとくでし!!』
「俺は、人間じゃなくてもいい」
『アディ様はとっくに人間じゃないでしっ!!』
「モンスターじゃなくてもいい」
『……アディ様?』
「でも、俺が俺じゃなくなるはイヤだ」
二人のごろつきが少女の両腕を掴んでいる。もう二人のごろつきは、少女の後ろに。残る一人は少女の手前。
「おい、そこのごろつきぃぃぃっ!!」
「またテメェかっ!?」
「タコに用はねぇっ!!」
「タゴヤだっ!!」
「なんだぁ? テメェはぁ……?」
「下っ端にも用はねぇ!! 頭を出せ!! 金の話だっ!!」
少女の手前にいた男が、スッと俺の目の前に立った。
長袖の白いシャツに真っ黒なズボン。首には紫色のマフラーのようなものを巻いている。見上げるくらいに背が高かく、長髪のオールバック。切れ目で、眼光は鋭い。
立ち姿だけで狂気を漂わせるその威圧感は、ただのごろつきではないことを物語っている。
やたら低く、不吉を孕むような声で男は言った。
「なんの用だ?」
「俺の名前はアディ。その子の父親の知り合いだ」
「知り合いか。だったらラカンを呼んで来い。仕事だ」
「ラカンは寝込んでるんだ。働けない。病人なんてジャマなだけだろ。俺のほうが役に立つ。俺を連れてけ」
「お前も怪我人だろう」
「病人よりはマシだ」
「……日当は50G。ラカンには前金で三十日分、支払ってる。お前は三十日間ただ働きだ。いいな?」
「ラカンに1500G前金で支払ってるなら今ここで、その前金を返す。これで俺は働かなくていいな」
「ダメだ。人手が足りてない。前金1500Gに違約金500G、合計2000Gだ。その上でお前にも働いてもらう」
「違約金を支払うなら俺が働く理由はなくなる。俺は別にあんたと契約を交わしたわけじゃないからな」
「……ラカンはアルスレイから逃げた。俺たちは手間をかけて、やっとカナンにいることを突き止めた。
若いもんを動かすにも、必要なものがある。……俺の言いたいことがわかるか?」
「道の真ん中でぐだぐだ言うな。きっぱりいくらと言え」
「5000Gだ」
「じゃあ、まず3000G───ここで支払おう。残りは、あとで払う」
「いつだ」
「一週間くれ」
「ダメだ。今日中に持って来い。それまでラカンの娘は預かる」
「……まずは、こいつだ」
懐から3000Gの入った皮袋を、長髪の男に手渡した。
「ぴったり3000Gだ。確認してくれ」
「このくらい重さでわかる。確かに3000Gだ」
「じゃあ、確かに3000G支払ったぞ。ラカンからは手を引くと約束してくれ」
「ああ、いいだろう」
「残り2000Gだが───ラカンから手を引くと約束したあんたが、ラカンの娘を人質にする根拠を教えてくれ」
「…………」
「ラカンの娘を解放しろ。一週間後、必ずあんたに2000Gを支払う」
「俺たちは一週間後には、もうアルスレイに到着している」
「アルスレイまで直接、俺が届ける」
長髪の男の鋭い視線が射抜く。眼のくれ合い。逸らしたら負け。弱みを見せたら、つけ込まれるのは必至。喰われるのを待つだけの獲物になる。
「…………アディだったな」
「そうだ」
「アルムヘイムに逃げ場はないと思え。ムーンレイクからも逃げられない」
「余計な心配はしなくていい。どのみち俺はアルスレイまで行く用事があるんだ」
長髪の男は肩越しに振り向き、他のごろつきに「ラカンの娘を放せ」と命令した。
「あんた名前は? 名前を聞いてないぞ」
「ローで通っている。アルスレイでローと言えば、知らない奴はいない」
「わかった。ローだな」
「……待ってるぞ」
ごろつきを連れて、ローは去って行った。
街道から見えなくなるまで、その姿を目で追う。
───いなくなったか。……ふぅ。
「…………ブァアアアアァァァァカッッ!!!!
ブァアアアアァァァァカッッ!!!!
誰が2000Gも持ってくかっつーの! その前に契約書の一枚でも持って来いや!!
ブァアアアアァァァァカッッ!!!!」
アルスレイに行くのはさらわれたモンスターたちの救出の為だ、ボケがっ!!
「おっと、失礼」
解放された、ラカンという知らないおっさんの娘が俺を見上げていた。
薄茶色のワンピースに、花柄のついたオレンジのエプロン。お下げの三つ編みを両肩にたらした、いかにも街の子供といった感じだ。
「あ、ありがとうございました。お父さんの知り合いなんですか?」
「う、うん。まぁ……そうね」
その場の流れで色々と嘘を吐いてしまった気がする。ボロが出る前に、ここは早めに退散しよう。
「じゃあ俺は帰るから、お嬢さんも早くお家に帰りなさい」
「あの! お、お金は……3000Gも……」
「いやぁ、この前ラカンにポーカーで負けてね、3000G借りてたから……これでチャラってことで」
「お、お父さん、まだ賭け事やってるんですかっ!?」
オゥッ!? なにその愕然とした驚き!
「お父さん……もう、お酒と賭け事……やめるって言ってたのに……」
「いや! 間違えた! あれは違う奴だった。パカランだった。そうだった。ラカンは───そう、恩人だ」
「恩人?」
「ああ、昔々、俺が浜辺で三人の子供にイジメられてたのを、偶然釣りにきてたラカンに助けてもらったんだ」
「……釣り?」
娘さんの表情が固まってしまっている。なんで? 釣りダメなの?
「お父さん……昔住んでたところ、禁漁区なのに……釣りを? それ、重罪……」
「いや! 間違えた! あれは違う奴だった。ポカランだった。そうだった。ラカンは───そう、愛人だ」
「愛人?」
「ああ、愛人と書いて、『ラ・マン』と読んでくれ。ラカンは情熱的に俺を愛してくれたんだ」
「……情熱的に?」
ハッ! 子供相手になに言ってんだ俺はっ!?
「お父さん……もう、浮気は……やめるって、お母さんと約束したのに。それが復縁の条件だったのに……」
重い重い重いっ!! なんだよ復縁って!? 異世界に来てまでそんな話聞きたかねぇよ!!
「いやーっ! また間違えた! あれは違う奴だった。ピカランだった。そうだった。ラカンは───そう、怪人だ」
「怪人?」
「ああ、二人で一緒にバッタの格好した珍走団を倒そうとしけたんだけど、バッタキーック!! とか言って、よく蹴り飛ばされてたな」
「……蹴り飛ばされてた?」
まだなにかあるのっ!?
「お父さん……もう落ちつくって言ってたのに……昔はワルだったけど、子供ができちゃったから、落ちつくって……」
デキ婚かよっ!? 子供になんて話聞かせてんだ!! ってか何者だラカン!! 今は病床に伏せっているようだけど、ろくでもねぇ奴だなっ!!
「お姉ちゃん……?」
そこに現れたのは、小さな黄色い花をかごいっぱいにした花売りの少女だった。
「リリ。お外でお花摘んできたの?」
「うん。……どうしたの? お姉ちゃん?」
「お父さんね、もう逃げなくてもいいんだよ? この人がローさんにお金を払ってくれたの。3000Gも……だよ?」
「もう、お引越ししなくても……いいの?」
「そうだよ。じっとしてれば、お父さんの病気もきっと治るよ。もう大丈夫……」
妹らしきリリという名前の女の子が、純真無垢な瞳で俺を見詰める。
……うぅ。さっき避けられてしまっただけに、気まずい……。そんな目で俺を見ないでくれ……。
顔をそむけるその先が、黄色に染まる。リリが俺の目の前に花かごを抱え上げていた。
「お花はいかがですか?」
「リリ、失礼だよ?」
「……いや、欲しい」
「え?」
「リリ……お花三つくれないか?」
「ありがとうございます」
リリは花を三つ、手渡してくれた。
包帯が巻かれた……俺の手のひらに……手渡してくれた。
「一つ1000Gで、三つ買った。これで貸し借りなしだと、ラカンに伝えてくれ」
何故かとても心苦しいので、俺はその場をあとにした。
まるで、逃げるように。
これでいい。
これでいいんだ。
自分に言いわけをするように、思う。
別に悪いことはしてないハズだ。
別に善いこともしてないハズだ。
でもなんだ、この気分? 哀しいのかも嬉しいのかもわからない───ただ遣る瀬無い、居心地が悪い、自分はここにいちゃいけない、そんな気分だ。
「……まぁ、いいかっ!! お花三つ手に入ったもんね!! ちょうど三つだから、うさ耳三姉妹のお土産にするか!? キアリー!!」
…………返事がない。
城に帰らなかったことを怒ってるのか?
それとも、お花をもらえないことに怒ってるのか?
「じゃあキアリーに一つ、俺に一つ。……あと一つは、どうしようか?」
……返事がない。
「キアリー?」
……返事がない。
『●●●●?』
……脳内会話でも返事なし。
もしかして一人で、先に城に帰っちゃったか?
「なにぶつぶつ言ってんのよ? あんた」
後ろからかけられたその声に、聞き覚えがある。
やや甲高く、ぶっきらぼうな口調。
まさか、こんなにも早くエンカウントするとは思いもよらなかった。
振り向いて、答える。
金髪に碧眼。
白銀の装備を身の纏い、純白のマントをたなびかせる彼女───
「……やぁ、シャムたま」
勇者シャムシエル・フォンデュエル・ノイエシュタインの登場だった。