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異世界クエスチョン ~モン娘は俺の花嫁~  作者: 阿由知香るブラック
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《地下世界:モンスター救出編》 第七話:腐った不死者とカナンの街(2)

 武具屋の扉を開くと───


 道具屋とは打って変わって店内は至ってシンプルだった。三分もあればすべて数えられる程度の品数。申し訳程度に防具があり、武器の類は壁に飾られていた。

 飾られているとはいっても、取っ手に横になってかけられているだけで、『お買い得商品!!』などの販促物もなにもない。商品と値段、それだけだ。


 目を惹きつけられるものが一つだけあった。

 正確には、一人だけいた。 


 程よく日焼けした小麦色の肌。それ、太もも? と見間違う腕の太さ。白い腰布を巻き紺のタンプトックを着たマッチョが、そこにいた。


「急に開けんなよ。ビックリしたー」


 そのマッチョが、本当にビックリしたかのように大袈裟に手のひらを向けて言う。


「ビックリしたのは俺のほうだ。……店主はどこだ?」

「俺だよ」

「……店主を出せ」

「俺だって」


 信用ならん。マッチョはいいとしても、髪型がパイナップルヘッドだ。しかもご丁寧に黄色に染めてやがる。

 こんなファンキーな店主は見たことない。っていうか、客商売なんかできるハズがない。だって見た目怖いもの。扉を開けた瞬間、お客は回れ右をすることだろう。


「お前どうした、その怪我?」

「あんたこそどうした? その日焼け。太陽のない地下世界でどうやったらそんなに焼けるんだ?」


「見てわからないのか?」

「わかるわけないだろ。……見てわかるものなのか?」


 パインがきょとんとした顔で不思議そうに俺を眺めている。むしろ不思議なのはこっちだ。


「俺はチャンドラだ。見てわかれよ」

「俺の傍らにいるのは死神じゃなくて入浴中の少女だ。見ただけじゃ相手の名前はわからん」


「お前、頭大丈夫か?」

「少なくてもパイナップルじゃないから大丈夫だ」


「怪我もちゃんと治療したほうがいいぞ? 膿んでる臭いがする」

「膿んでる?」


「ああ、傷口が化膿してる臭いがする。下手したら手足を切り落とすことになるぞ」


 ……す、すごい。包帯のおかげで、俺の腐臭に新しい解釈が生まれた。そう、化膿してるんだ。俺は化膿してるんだ! 俺は腐ってない! 俺は腐ってないことになった!!


『腐ってるでしよ』

「黙れ」


「……ん? なにか言ったか?」

「ありがとうと言ったんだ。あんたの一言で新しい道が開けた。パイン兄さんと呼ばせてもらおう」


「パインってなんだよ?」

「あんたの愛称だ。あんた見た目が怖いから名前だけでも可愛くいこうと思ってな。チャンドラよりパインのほうがいい」


「チャンドラは名前じゃなくて、チャンドラ人ってことだよ。俺はチャンドラ王国出身だ」

「国の名前とかはもういい。覚えきれん。それよりパイン兄さん、店主を出してくれ」


「だから俺だって。俺がこの武具屋の店主だ」

「パイン兄さんはどう見ても武器を売る側じゃなくて買う側だ。今日も鉄の棒かなにか買いに来たんだろう?」


「なんで鉄の棒なんだよ?」

「その筋肉があれば鉄の棒で充分だ」


 ムキムキ筋肉に浅黒い肌の色がマッチして、かなり強そうに見える。

 鉄の棒があれば鬼に金棒だろう。つまり、マッチョに鉄棒だ。


「お前はなにを買いに来たんだ?」

「もちろん剣だ。金はある……うなるほどな。この店で一番攻撃力の高い剣が目当てだ」

「本当かよ? うちの店で一番っつったら、あれだぜ?」


 パイン兄さんが壁に飾られた青白い剣を指さす。飾りっ気のないシンプルなデザインだけど、諸刃で剣幅が広く、確かに攻撃力重視を窺える迫力があった。


「ブルーソードだ。『海割りの剣』とも呼ばれている。希少な金属を加工して作った一級品だ」

「ほほう」


 しかし、ちょっとシンプルすぎるな。派手なのは好みじゃないけど、さりげないところでお洒落を演出したい。そんなハイソな剣が欲しい。


「他に、目玉商品は?」

「あれなんかも人気だな」


 次にパイン兄さんが指さしたのは細身の長剣。これもまた飾りっ気のないシンプルなデザイン。柄の部分にアーガイルチェックのような模様があるものの、刀身に沿って溝が穿たれているだけだ。


「リーン・シャープエッジ。切れ味は他の剣の群を抜く。急所狙いで先手必勝。玄人好みの剣だ」

「ほほう!」


 先手必勝はいいな。

 こちとらレベル3だ。相手の一撃でやられ兼ねない。

 やられる前にやる先手必勝は実にいい。響きもいい。


「パイン兄さんは武器に詳しいな。ここの店主と知り合いか?」

「お前はホント、俺を店主にしたくないんだな」

「パイン兄さんは客商売に向いてないだろう。商人って面構えでもない」


「俺は元々チャンドラ王国の兵士だからな。今はもう引退して、こうして武具屋をやってる。

元兵士だから武器に詳しい。世の中にゃ、見栄えだけのへっぽこな武器も多いからな。その点、俺は実用的な剣を取り扱ってる。それこそ攻撃力重視の剣もな」


「おお! そういうことか!! 納得した。パイン兄さんがこの店の店主であることを認めよう」

「お前に認められなくても、俺はここの店主だ」

「じゃあ、兄さん。色々と見させてもらうぞ」

「ああ、見るだけなら好きにしてくれ」


 壁に飾られている剣を一本一本見ていく。見てもよくわからないけれど、とりあえず深く頷き、「いい仕事だ」と言いながら見ていく。

 好みで選べ───と言われたら、決めることはできるんだがな。実用性を考えると、なにを基準にしていいものか……。


 ふむ、やっぱり単純に攻撃力が高いのがいいな。お洒落はあとにしよう。命ないけど命懸けの任務するんだし。


 とにもかくにも攻撃力! これで決定!!

 レベル3を補うにはこれしかないっ!!


 しかし、だ。


「店主とはいえど、パイン兄さんはパイン兄さんだな。南国産であることには変わりないようだ」

「どうした?」


「価格が間違ってる」

「本当か? どれだよ?」


「例えば、これだ」

「……いや、合ってるぞ?」


「これは?」

「ん? ……合ってる」


「じゃあ、これは?」

「合ってるな」


「俺の視力がおかしいのか? 0がブレて見える」


 目をこすり確認するが、近視みたいに0がぼやけ、残像が残る。まるで0が反復横跳びをしているようだ。


「本当に大丈夫か、お前? その怪我、先に治したほうがいいんじゃないか?」

「なぁ、パイン兄さん。俺には、どうしても価格が6桁に見えるんだが……」

「合ってるじゃないか」



 一、十、百、千、万、十万……。


 1 2 3 4 5 6……。



「兄さん?」

「なんだ?」

「ブルーソード、いくら?」

「見ての通り、560000Gだ」


「…………五十六万っっ!? 通貨単位はっ!?」


「Gだよ」

「ペソじゃなくてっ!?」


「ペソってなんだよ? 

ここにある剣の一振り一振りは、名のある鍛冶職人が、名のある希少な金属を使って、何年もかけて鍛え上げられて造られたものだ。値が張って当然だ。

……お前さては、金……持ってねぇーな?」


「バカにするな南国産っ!! 金はうなるほどあるって言っただろう!!」


 カウンターの上にドッシャッと、重たい皮袋をおく。中身は大金のハズだ!!


「いくら入ってるんだ?」

「6000Gだっ!!」


「はした金じゃねぇか」

「それさっき誰かも言ってた! 6000Gだぞ!? ペソじゃないんだぞ!?」


「あのなぁ、そりゃ生活費としてはな、デカい金だが、装備を揃えるにゃ全然足りねぇよ」

「そうなのっ!?」


「金をケチってハンパな装備揃えて、いい気になってる奴は三流だ。……すぐ死ぬ。

装備ってもんは身を守るもんだぞ? それをケチるなんざ、命をケチるのと一緒だ」


 た、確かに……。

 俺はケチってるつもりはないんだけど、兄さんの言っていることは正論のように思える。


 兄さんの言葉は真に迫っている。これが兵士の道を歩んできた強者もののふの重みなのだろうか。


「でも、街の門兵は鋼の装備をしてたぞ? 長槍も持ってたし……。鋼の装備はハンパじゃないだろう?

鋼の剣とかないの? お手頃価格なのでは?」


「ハンパだよ、鋼なんてもんはな。ハンパ物だから安いが、だからこそ俺の店ではとり揃えてない」

「鋼の装備はハンパなの? 鋼なのに? ……その心は?」


「まず、槍なんて武器の内に入らねぇよ。威嚇用だ。槍なんて近接に持ち込まれたら役に立たないからな。

槍を持っている門兵も、腰にはちゃんと剣を穿いている。でも、鋼の剣なんてもんも百人も斬ったら使いものにならなくなる。百人斬る前に、折れるか、ひん曲がるか、斬れなくなるほど刃こぼれを起こす。

全然ダメだ。

だからこそ安くで量産してるんだ。量で質をごまかしてるだけ。

量で質をごまかしてるってのは、アルムヘイムにいるそこいらの兵士にも同じことが言える。ただ人数がいるだけで、いざ戦いになれば大して役には立たない」


 な、何者だ、このパイナップルは?元兵士とはいえ、一介の武具屋のセリフじゃない───気がする。


「……パイン兄さんはもしかして、名のある戦士か?」


 そんな考え方ができるのは、実戦経験が豊富な証拠だろう。後半、重要キャラとして再登場するんではなかろうな、パイン兄さん。


「は? 俺が? 俺は元チャンドラ王国の兵士で戦士じゃあないな」

「でも兄さんは強者の……血の臭いがする。百人も斬ったら、とか言ってるし」


「ははっ……なに言ってる? だから俺はチャンドラの元兵士だって言ってるだろ? 百人なんざ余裕で斬ってきたぞ」

「怖いこと言うな!! チャンドラって国は戦争でもしてんのかっ!?」


「お前、本当になんにも知らんのな? チャンドラは戦争なんかしてねぇよ」

「じゃあなんで兄さんはそんな斬りまくってんだ? 戦争でもしてなきゃ普通、百人も斬らんだろう!?」


「チャンドラってのは、ばかっ広い砂漠の国でな。戦争はしてないが、貧困の差が激しくて荒れてんだ。

……んで、盗賊の輩がたくさんいる。

とくに『サソリ』って名の厄介な盗賊団がいてな、行商人を襲えば人さらいもするし、殺しも日常茶飯事だ。

俺がチャンドラの兵士になったのも、その辺が理由だな」


 パイン兄さんは、その盗賊団に家族でも殺されたのか……。

 ぼかしてるし……訊かないでおこう。


「チャンドラ怖ぇな。俺は君子だ。そんな怖い国には絶対行かん」

「俺は不思議だぜ。こんなもん誰もが知ってる常識なのに、なんで説明してんだろうな?」


「偉業を成し遂げるこの俺には、常識など通用せん」


「必要最低限の常識は知っとけよ。知らないより知ってたほうが長生きする。だから武具屋の店主として、武器に関して必要最低限の常識を教えてやるよ」


「装備品は装備しなくちゃダメで、持ってるだけじゃ意味がない───ってことくらいは知ってるぞ?」


「それは常識以前の問題だ。そうじゃなくて、お前が剣を手に入れても宝の持ち腐れってこった」

「なにぃ? 俺は『腐る』という言葉には敏感なんだっ!! いくら兄さんでもことと次第によっちゃカレーの器にするぞ!!」


「本当なら、だ。金のない客には触らせないんだが……特別だ」


 パイン兄さんは壁にかけられていたブルーソードを片手で手にとり、目の前で、ブンッッ!! と振った。

 剣風で、前髪とフードがかすかに揺れる。


「わかるか?」

「……それ欲しい」


「わかってねぇな。

いいか? 持たせてやるから両手でしっかりと柄を握れ。しっかりと……だぞ?」


 パイン兄さんは自分でブルーソードを持ちながら、柄の部分を向けた。

 俺は言われたとおり、しっかりと柄を握った。


 生まれて初めて剣というものを、手に持った。伝わってくる重厚な質感。これが武器なのだという意識に否応なく身体が反応する。


 ……な、なんだ、この高揚感は!? ……ち、血が騒ぐっ!!強くなった気がするっ!! もしかして今、俺の攻撃力は999かっ!?

 俺強ぇ!! やっぱりこれだ!! 武器だ!! 攻撃力のある剣だっ!!


「放すぞ?」

「おうっ!!」


 パイン兄さんの支えがなくなった瞬間───


「うぉおおおおぉい重い重い! ちょちょっ重い落とす! 落とすぞっ!!」


「落とすな落とすな」


 パイン兄さんがブルーソードを、俺の手からひょいっと受けとった。


「な?」


「な? ……ってなんだ? ……なんだ今の重さはっ!? バーベルか!? それはバーベルなのか!?」


 ビリビリと手のひらが痺れている。腕なんて骨まで軋んで痛い。


「お前、全然鍛えてないだろ? 剣を持てないんじゃ話にならないんじゃないか?」

「……き、鍛える……だと? なんだその聞き慣れない言葉は……?」


「お前、全体的に細いんだよ。そんなへっぴり腰じゃ剣は扱えないな」

「そ、そんなバカなっ!? 俺が剣を扱えないだと!? 意味がわからん!!」


「意味がわからんのは俺のほうだ。訓練もしないでどうして剣を扱えると思うんだ? 身体を鍛えろ、まずはそれからだ」


「断るっ!! そんな遠回りしてるヒマはねぇ!!

俺はこれまで、どちらかといえば机にしがみついてきたタイプだっ!! いまさら筋トレとかできねぇ!!」


「じゃあ、諦めろ」


 ど、どゆこと?

 剣を持てないって、どゆこと?

 みんな、あんな重さの剣を振り回してるのか?

 みんな週末ジム通いなのか?


「こ、この店で一番軽い剣は?」

「これだよ。このルーンセイバーだ」


 パイン兄さんが手にした剣は、やや湾曲した細身の剣だ。その名の如く、三日月を思わせる輝きを持っていた。


「持ってみろ。両手で……だぞ?」


 パイン兄さんは宙でくるりと剣を回転させ、ピタッと指先だけで刀身をつまみ、柄を向けた。


 ───す、すげぇ技だ。ってか、危なくない? 一歩間違えば、指が落ちる芸当ですぜ?


 兄さんの曲芸に奮えながら、俺はルーンセイバーを手にした。


「……くっ! これも、けっこう重い」


 でも、持てないこともない。持つだけなら、できないこともないが───


「このルーンセイバーは片手剣だ。すばやく振り回してなんぼ……だからな」

「ムリだ! 振り回すなんてムリだ!! ムチャ言うな!! 手が痛い! 持ってくれっ!!」

「ほらな。鍛えてなけりゃそんなもんだ」


 ダンッ!! と、両の拳をカウンターにぶつける。


「思ってた感じと違うっ!! こんなのなんか違うっ!! 攻撃力の高い武器を持てば、強くなれるんじゃないのかっ!!」


「そりゃガキの考え方だ。大体まともに剣を持つことすらできてないだろ。鍛えろ。訓練するんだ。努力しなけりゃ強くはなれない」


「努力はしてきたつもりだ。勉強なら、そこそこできるっ!!」

「剣を持ちたきゃ、頭じゃなくて身体を鍛えろ。そういう努力をしろ」


「……くっ! ……ぐ、具体的には……?」

「んー、そうだなぁ。俺はガキの頃は毎日、素振り千回してたな。朝夕で二千回だ」


 千回? 桁がおかしくないか? 剣の値段と同じくらい桁がおかしくないか?


「百回の間違いじゃないのか? ガキの頃なんだろ? ガキに千回も素振りなんてさせちゃダメだ。身体が壊れるぞ」


「いいや、千回だ。朝飯の前にな。俺はガキの頃からチャンドラの兵士になるつもりだったから、そのくらいは当然だ」


「……夢だったってことか? 夢だから、そんなに頑張れたのか?」

「夢というより目的であって、兵士になったのは手段だ。俺はサソリに恨みがあったから兵士になっただけだ」


 恨みか……。

 やっぱり、家族か誰か……殺されたんだろうな。


「どうして兵士を辞めたんだ? 兄さんはサソリって盗賊団をどうにかしたかったんだろう?」


「サソリは壊滅した。

残念ながら、サソリを壊滅させたのは国軍でもなければ俺でもなかったが、それでも目的は果たされた。

だから俺は兵士を辞めて、商人になって武具屋を始めたんだ」


「もったいないな。ガキの頃から訓練して、さぞかし兄さんは強いだろうに。その強さは活かすべきだ」

「目的は果たされたんだ。……あとは気楽にやらせてもらうさ」


「毎日素振り千回したら、兄さんみたいにムキムキになれるのか?」

「別にムキムキになる必要はないぞ? 筋肉なんて訓練してれば自然とついてくるからな」


「どのくらい訓練すれば強くなれる?」

「それはお前次第だが、俺が一端と認められるようになったのは……二十歳くらいか。ガキの頃からずっと剣を振り続けてな」


「俺は今年で十九だっ!!」

「じゃあムリだな。諦めろ」


「諦めんっ!! 俺には兄さんのようにやるべきことがある。剣を手にする目的がある!!」

「お前……そんなんじゃすぐにおっ死んじまうぞ?」

「命なんかいらんっ!!」


 だってもう死んでるんだもの!!

 死なないことだけが俺のアドバンテージだっ!!


 だから───


「盾や鎧はともかく! どうしても武器だけは必要なんだっ!!」


「……女か?」

「───っ!? 何故わかった?」

「男が命をかけるって言えば、女だろ?」


 ふっ、パイン兄さんは勘がいいな。


「そうだ、女だ。女が俺の助けを待ってる」

「理由は知らんが……死ぬぞ?」


「くどいっ!! 命はとうに捨てたっ!!

訓練はする! 努力はする! でも悠長に構えてる時間はねぇ!!」


 しかし元兵士とはいえ、兄さんは商人。つまり、街人。俺は街人にすら及ばないのか......。


 剣がこんなに重いものとは知らなかった。


 持つことさえできないのなら、どうしようもない。

 武器を買う金もないなら、どうしようもない。


「───帰るっ!! 邪魔したな、パイン兄さん!!」

「……ちょっと待ってろ」


 そう言ってパイン兄さんは店の奥に入って行き、しばらくして短い皮のベルトを持ってきた。その皮のベルトには、30センチほどの微妙な長さの鞘がついていた。


「こいつならなんとか扱えるだろ」

「……ナイフ?」


 いや、違うか。ナイフにしてはちょっとデカいし、刃の部分が厚い。短剣とも違う。俗にいう『ドス』に近い形だ。


「こいつに名前はない。武器としても分類されない」

「……ん? ……じゃあなんだ?」


「ブルーソードを造った鍛冶職人は、とある爺さんなんだが、もう引退しててな。こいつはその爺さんが、自分が使いやすいように仕事道具として造ったものだ。爺さんが一線を退く際に、俺が譲り受けた」


 鍛冶屋が仕事道具として自分の為に造ったとなれば、確かに武器には分類されないな。


「……で、これがどうした?」

「やる」

「なにっ!?」


「使われている金属はブルーソードと同じ。使い難くはあるが、剣を持てないお前にはこれが精々だろう。

ただのナイフじゃ、どうにもならんしな。

切れ味と耐久性だけは保障できるぞ? 鋼の鎧も、ぶっすりつき刺せる」


「ブルーソードと同じ金属ってだけで、相当高いだろう? ……それを……やるって」

「こいつは譲り受けたもんだ。俺は爺さんとは懇意だからな。譲り受けたもんは、また誰かに譲り渡すもんだ」


「どうして俺なんかに譲るんだ? 今日会ったばかりの、客と店主ってだけの関係だろ?」

「女の為に命を捨てるって言ってんだ。……餞別だ」


「……パ、パイン兄さん」

「ほら、持ってけ」

「……いや、ダメだ」

「持ってけ。変な意地張るな」

「いや、兄さんは商人だ。譲り受けたものとはいえ、ただで人にものをやるのはいかん」


 それに、ただでもらうのは俺の心に負い目が残る。俺はカウンターの上においていた皮袋をパイン兄さんの前につき出した。


「はした金だけど受けとってくれ!! 俺の全財産だ!!」


「全財産って……明日からどうやって生きてくんだよ?」

「そこまでは考えてないっ!!」


 パイン兄さんは、笑ってため息を吐いた。


「じゃあ、こうしよう。前金として、こいつの半分……3000Gをもらう。残りは後払いだ」


「いくら持って来ればいい?」

「金はいい。朗報を持って来い」

「朗報?」


「そうだ。女を助けた……って、朗報をな。必ずお前が自分で持って来い」


 生き残れ……ということか。俺の命は本当にもうないんだよ。ファンキーな見た目に反して心優しい人だな。


「わかったっ!! 必ず持ってくるっ!!」


 これからは酢ブタにパイナップルが入っていてもケチをつけないと心に誓い、俺は武具屋を出た。

 短剣ではないけれど、他に言いようが思いつかなかったので、腰に巻きつけたそれを、『パインの短剣』と名づけることにした。


 俺はやっと、自分の武器を手に入れたのだった。


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