《地下世界:モンスター救出編》 第五話:腐った不死者とラービットの常識
放浪していたうさ耳三姉妹は行き場がないらしく、キアリーの計らいで、城の給仕係として雇われることになった。
末っ子のアーリィは、髪型がショートカットの内気なたれ耳。
次女のテネーは、ストレートで利発的な、長めの立ち耳。
長女のループトは、カールを巻いたおっとり系で、太めの耳は途中でおれている。
三つ子の姉妹らしい。
普通のうさぎなら三つ子はわかるけれど、ほぼ人間の容姿をしたうさぎ娘が三つ子だと出産が大変そうだ。
その辺りのモンスターの生態については、深く考えないほうがいいだろう。
色々と問題が発生する。俺は君子なので、危うきには近寄らないのだ。
うさ耳三姉妹は紺と白のオーソドックスなメイド服を着ているけれど、俺はノータッチ。キアリーの仕業だ。仕業というか、給仕係がメイド服を着るのは当り前らしい。
そんなわけで、うさ耳メイドが誕生したのだった。
ありがとう、キアリー。
「あ、あの…………お食事の用意ができました。キアリー様」
「アディ様、どうするでしか? 食べてから出かけるでしか?」
「せっかくだから、そうしよう」
「ああ、でもその前に、三人に渡したいものがあるでし。アーリィ、みんなを呼んで欲しいでし」
「わ、わかりました」
両手でスカートの端を持ちながら、アーリィはその場で軽くステップを踏んだ。すると何故か、声を出してもいないのにループトとテネーがやって来た。
「お呼びでしょうか、キアリー様」と、テネー。
「アンリアラ様から、三人へ贈り物でし」
キアリーは水晶玉のときと同じように、自分の影から小さな宝箱をとり出した。
「遠慮なく開けるでし」
「ストーーーーーーーッップッ!!!!」
「……なんでしか? アディ様」
「俺の耳が確かなら、今、贈り物という単語が聞こえたんだが…………」
「耳も腐ってるから、確かではないかも知れないでしよ?」
「確かだよ!! ちゃんと聞こえたよ!! アンリアラから贈り物って聞こえたっ!! 絶対聞こえたーっ!!」
「そう言ったでし」
「なに? 贈り物ってどういうこと? 俺のときはなかったよね? こんな宝箱なかったよね?」
「アディ様のときは皮の外套をもらったでし」
「武器をくれよっ!!!!」
「順番でしよ。三人はラービット族でし。ラービット族はか弱いでしから、最低限の自衛手段は持たしておくべきとアンリアラ様からの仰せでし」
「贔屓だよそれ!! 俺だってか弱いよ!! だってレベル3だもんっ!!」
「アディ様は、三人が襲われてもいいんでしか?」
「うっ……そ、それは……ダメだけど」
「今回は、アディ様は我慢でし」
微妙に納得はいかないけど、確かに最低限の自衛手段は持たしておいたほうがいいだろう。
種族としてか弱いってんなら、なおさらな。
この城も魔法で隠されているとはいっても、いつ攻め込まれるかわかったもんじゃないし……。
「さぁ、開けるでしよ」
「あ、あのぅ……いいんでしょうかぁ?」とループト。
「いいでしよ。これは獣人のラービット族には必須アイテムだと、アンリアラ様が言っていたでし」
「で、では、お言葉に甘えまして」とテネーが宝箱を開き、うさ耳三姉妹がそれぞれ中身を手にとった。
…………くっ。俺も宝箱を開ける心躍る瞬間ってのを体験してみたい。
「いいなぁー、いいなぁー。ねぇ、アーリィ? なにもらったの? 短剣とか?」
自衛手段というからには、武器の類だろう。
戦いを前提にしている俺が武器をもらえないのに……という嫉妬心が多少あるものの、可愛いうさ耳三姉妹には安全無事でいてもらいたい。
その為のアンリアラからの配慮なのだ。ここはじっと我慢の子だ。
「ねぇ、テネー? なにもらったの?」
「え? ……えぇっとですね」
「これですぅ」とループトが手にしたものを、俺に見せてくれた。
「キアリィーーッッッ!! 今すぐあのウシ科ヤギ属を連れて来いっ!! 連れて来て、ここで逆立ちさせろっ!! ドレスを着せたままでなっ!!」
ループトが持っていたのは、脱脂綿だった。
テネーが持っていたのも、脱脂綿だった。
───っていうか、三人が三人とも、脱脂綿を持っていた。
「最低限の自衛手段ってこれかっ!? 鼻栓で俺の腐臭から自衛させようってかっ!! もーうっ我慢ならねぇぇぇぇっ!!」
「仕方ないんでしよ」
「仕方ないわけあるかっ!! 俺は今、気を許したら涙が出るぞっ!! 俺が泣いてもいいのかっ!?」
「ラービット族は獣人でし。獣人は、あちしたちの何倍もの嗅覚を持ってるでし。本当はここにいるだけでもけっこう辛いハズでし」
「…………辛いって……それは、俺の腐臭のせい…………で?」
「そうでし。それをアディ様に気を使って、三人ともおくびにも出さずに、給仕に務めてくれてるでし」
「…………そ、そうか。……みんな…………ごめんよ」
…………俺の存在って、なんなんだろうな。
俺がいるだけで、みんな辛い思いをしてたんだ……。
俺はここにいるだけなのに、ただいるだけなのに、みんな辛い思いをするんだ……。
なんか、死にたくなってきたよ。
…………もう死んでるけど。
「ああ、うん。三人とも遠慮なく、鼻栓して。……それで少しでも楽になって下さい」
「な、なにを言ってるんですか、アディ様。私たちはなにも気にしていません」とテネー。
「いや、いいんですよ。大丈夫、俺は大丈夫です。こういうのホント慣れてますし」
「アディ様はぁ、私たちの命の恩人ですぅ。お気になさらずぅ」とループト。
「そう言ってもらえるだけで、心が救われます。俺のほうこそお礼を言わせて下さい」
「…………っ!!」
「…………………………」
一人フォローが入らない。
俺のフォロワーは二人だけのようだ。
「さっ、食事にするでし」
そして何故かキアリーが締めくくった。
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テーブルに料理が並べられた。
うさ耳三姉妹のお手製。
つまり、女の子の手料理だ。
可愛い三人の女の子が、俺の為に作ってくれた手料理だぜ?
「俺は勝ち組だーっ!!」
「いきなりなに言ってるんでしか?」
「キアリーこそなに言ってるんだ!? 見ろ、この手料理の数々を!!」
「数々を……って、三品じゃないでしか?」
「三品も、だっ!! 三品とも、うさ耳メイドが作ってくれた手料理だっ!!」
「さっきまで泣きそうだったのに、なに当り前のことを大袈裟に言ってるんでしか?」
「この感動がわからないのかっ!?」
「わからないでし」
「爆発しろっ!!」
「ではぁ、お料理のご説明を致しますぅ」とループトが肉球のある手のひらを広げる。
「こちらがぁ、キャロットグラッセー。
こちらがぁ、キャロットスープー。
こちらがぁ、キャロットパンですぅ」
「カロチンたっぷりすぎるっ!!」
いくらうさ耳娘でも、そこまでニンジン好きのキャラを立てなくてもいいだろ。馬娘が登場したときどうするんだ?
「ニンジンはお嫌いですか?」とテネー。
「愚問だな。ニンジンが嫌いな奴なんて、この世にはいない」
「普通にいると思うでしけど……」
「いいや、いない。一本でもニンジン。例えそれが大根であったとしても、一本だったらニンジンだ」
「意味がわからないでし」
「柔道を極めたかったらニンジンを食え……って、あれ? うさ耳三姉妹の分は?」
「うさ耳三姉妹……というのは、私たちのことですか?」とテネー。
「もちろん」
「私たちは、メイドとしてお仕えしているので」
「いるので……なに?」
「お仕えしているアディ様とキアリー様と同じものを食べるわけにも、同じテーブルに着くわけにもいきません」
「なんで?」
「なんで……と言われても、身分の違いとでもいいましょうか…………」
「キアリー。モンスターにも人間みたいに身分とかあるのか?」
「あちしは気にしないでしけど、あるにはあるでし。でも人間のような複雑な階級制度とはぜんぜん違うでし」
「じゃあ……ない!! 身分なんてものはない!! この城にはたった五人しかいないんだ! だからみんなで同じ食卓を囲む。みんなで食べる!! みんなで食べたほうが美味いに決まってる!! 全員分持ってきてくれっ!!」
「…………キアリー様?」
「あちしよりアディ様のほうが偉いでし。アディ様がそう決めたのならそうするでし」
「かしこまりました」
そんなわけで五人みんなで、食卓を囲んだ。
五人で全員だ。
もしかしたら、あと一人いるのかも知れないけれど、奴には紙でもやっときゃいい。
「メェ~メェ~」と鳴きながら、美味そうに頬張ることだろう。
「しかしアレだな! 食っても食ってもニンジンの味しかしないなっ!!」
「基本ニンジンでしからね」
「ニンジン美味しいですぅ」
「毎日ニンジン食ってると、俺もうさ耳三姉妹みたいに目が赤くなるかな?」
「ラービット族はニンジンばかり食べてるから目が赤いわけではないでし」
「アディ様は、ラービット族をご存じないのですか?」
「まったく知らん」
「ニンジン美味しいですぅ」
「ラービット族は、アルムヘイムじゃメジャーなのか?」
「獣人系モンスターの中では多数派ですが……」
「アディ様はアルムヘイムのことは、ほとんど知らないでし」
「そうなんですか」
「ニンジン美味しいですぅ」
「多数派か、いいなっ! うさ耳がいっぱいなわけだ!!」
「ラービット族はとても多産な種族ですから、いっぱいといえば、いっぱいですね」
「多産か……夢が広がるなっ! キアリー!!」
「同意を求めないで下さいでし。多分、アディ様が想像してる種族性とは違うでし」
「いいな、うさ耳…………」
「聞いてないでしね」
「あとで耳をもふもふさせてもらおう!!」
「──────っっ!?」
「──────っっ!?」
「ニンジン美味しいですぅ」
…………あれ? 場が凍ったぞ?
和やかな雰囲気だったのに。
「ニンジン美味しいですぅ」
一人を除いてだけど。
なにか変なこと言ってしまったか?
「アディ様、食事中にセクハラ発言は控えて下さいでし」
「セクハラ発言となっ!? なにが? どれが?」
「アディ様はラービット族のことをなにも知らないから、許して欲しいでし。悪気があって言ってるわけではないでし」
「い、いいえ」
「ええっ!? 俺……なにか、また悪いこと…………した?」
「あとで教えるでし」
「あとで……なの? ちょ……俺はなんかそういうのに弱いから今、教えてくれ。…………心が持たん」
「ニンジン美味しいですぅ」
「食事中に言うことではないでし。みんなの前で言うことでもないでし」
「俺はそんなとてつもないことを言ってしまったのかっ!?」
「し、知らなかったというのであれば、私は別に……」
「ニンジン美味しいですぅ」
「……………………」
「アーリィ? アディ様は本当に知らないようです。変な誤解をしてはダメですよ?」
「ニンジン美味しいですぅ」
「ルー姉さん。いい加減うるさいですよ?」
「ニンジン美味しいですぅ」
ループトが完食し、うさ耳三姉妹が食器を片づけ、食事が終わった。
うさ耳三姉妹が部屋を出る際、俺のフォロワーじゃない末っ子の目線が、とても冷たかった。
なにしたん? 俺。
いらんこと言ったんか? 俺。
キアリーと二人っきりの広間。
ジト目で俺を見詰めている。
「あー……もしかして、もふもふ?」
「そうでしよ」
「耳もふもふダメなの?」
「ダメでし」
「耳はむはむ……もダメ?」
「変態度が増したでし! ダメでし!!」
キアリー曰く───
ラービット族はとても臆病でストレスに弱く、とくに初対面の相手にはなかなか警戒心を解かないらしい。
本来は口数も少なく、同族のみで通じるステップの音や振動で多くのコミュニケーションを図り、故に他種族と交わることは少ないそうだ。
「…………しかも、耳は親しい相手にしか絶対、触らせないと?」
「そーでしっ!!」
「だって知らなかったんだもん!! 犬の頭をなでる感覚でもふもふさせてって言っただけだもん!!」
「犬だって知らない腐った不死者に頭なでられたら、噛みつくでし」
「ヒドイッ!! キアリーが今ヒドイこと言ったっ!!」
「あのでしね、人間だって初対面の異性に『耳さわらせて』って言ったら、嫌がられるでしよね?」
「そんな奴ぁ変態だよっっ!!」
「それがアディ様でし」
「俺のバカァァアアァァッッ!!!」
「しかも、ラービットの耳は人間とは比べられないほど敏感で、心理的な意味でも性的器官に等しいでし。
それを臆面もなく食事中に、もふもふさせて…………なんて、セクハラもいいとこでし」
「バカァァッッ!! バカァァッッ!! 俺のバカァァァッッッ!!!」
「命を助けた恩に託けて、いやらしいことをしようとする男のことを、なんというか知ってるでしか?」
「下衆野郎ですっ!!」
「アディ様は……」
「下衆野郎ですっ!!」
「はい、もう一回でし」
「俺は下衆野郎ですっ!!」
「では念の為、もう一回でし」
「俺は下衆野郎ですっっ!!!」
「わかればよろしいでし」
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
ああ、もうダメだ。
もう俺はうさ耳三姉妹とのフラグはない!! ぽっきり折れたっ!! 根元からぽっきり折れた!!
俺の心も折れた!!
ぽっきりとなっ!!!!
「あちしなら、耳くらい触らせてあげても…………いいでし」
……でも、治った。
その一言で───きれいに治った。
回復魔法のような一言だった。
「…………だから、頑張るでし」
「頑張るっ!!」
折れれば折れるほど、太くなって治る。
そして強くなるっ!!
「俺は頑張るっ!! 頑張る俺は……モンスター救出なんて、ちょちょいのちょいだっ!!」
「そうでし! ちょちょいのちょいでし!」
「まずは最寄りの街に行くぞ!! 救出作戦の第一歩だっ!!」
「了解でし!!」
「今月中には耳はむはむだっ!!」
「はむはむは許してないでし!」
俺たちは歩み出す。
人間によるアルムヘイム侵略後、二番目に造られた街『カナン』へ。