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異世界クエスチョン ~モン娘は俺の花嫁~  作者: 阿由知香るブラック
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《地下世界:モンスター救出編》 第二話:腐った不死者と影に潜む魔

 そこは石造りの大きな広間だった。床に至るまで剥き出しの石。絨毯さえ敷かれていない。

 多種多様なレリーフが飾られてはいるけれど、

テーブルと長椅子───それ以外に大した調度品はない、極めて質素な広間だ。


 ガラスのない窓から外を眺めると、広い森に囲われていた。奇妙な違和感を覚えたが、そこでアンリアラの言葉が思考を遮った。


「キアリー、お願いします」

「了解でし」


 アンリアラの影からバサッと飛び出したのは、やや耳の尖った見た目が小学生くらいの少女だった。コウモリのような翼に、先端がハート型の尻尾。頭には二本の触角が生えている。全身タイツのような格好をして、あろうことか宙に浮いている。


 全体的に黒いけれど、リアルドキンちゃんのようだ。



「私が信頼をおいている部下の一人です」

「『影に潜むもの』キアリー・マスクエルでし。よろしくお願いするでし」

「……よ、よろしく」



 今頃になってようやく、というか今更ながらと言うべきだろう、ここが異世界であることを痛感し始めた。影から出没したのだ。このキアリーという少女は。


 夢を観ているようだ───が、夢だったら悪夢に違いない。

 きっと猿夢系だ。


「キアリー。あとのことはお願いします。もしものときの為に、これだけは渡しておきます」

「お任せ下さいでし」


 神妙な面持ちで向かい合う二人。目がなにかを語り合っていた。

 もしものときってなんだ? 無闇に不安になるようなこと言うなよ。


「詳しいことは、キアリーからお聞き下さい。では、私はこれにて───」


 アンリアラは、瞬間キラリと光を発すると、最初からそこにいなかったかのように姿を消した。


 勢いに任せ、ここが異世界であると思い込もうとした自分が滑稽に思える。俺が知っている現実をなにもかも塗り替えていくようだ。


 広間には俺と、キアリーと呼ばれる少女だけが残った。



「話はアンリアラ様の影の中で聞いてましたでし。改めて、よろしくお願いしますでし、アンディ様」

「…………ん、誰だ? アンディって」


 キアリーが尻尾で、クイクイと俺を指さす。


「腐った不死者アンデッドでしから」


…………そこは冒頭で言っとけよ。


「そんな安易な理由で勝手に名づけるな。俺を調理するのに特殊な免許は必要ないぞ」

「でしたら、なんとお呼びすればいいでしか?」


 生まれ変わったからには、新しい名前が欲しいところだ。できれば格好いい名前を。

 でも俺は所詮、腐った不死者。名前とギャップがあると後ろ指さされることだろう。


「じゃあ略して、アディで」

「…………安易じゃないでしか」


「まぁ、名前なんてどうでもいい。望むのは格好いい二つ名だ」

「どんな二つ名にするでしか?」


「二つ名を自分で決めるほど恥ずかしいものはないだろ。これから俺が成し遂げる偉業によって、自然に語られるものじゃないのか」


「二つ名を自分で考えてた経験があるんでしね?」


 うるさいよ。

 それは思春期の頃に誰もが歩む道なんだよ。

 当時の妄想ノートとか書き殴りの文章とか、実家で見つけたとき、悶絶すること請け合いなんだよ。



「……んで、俺はとりあえず、なにしたらいいんだ?」


「それはむしろ、あちしに指示して欲しいでし。指揮官はアディ様なんでしから」

「おおっ!! 俺はそんな偉い立場だったのか!! 部下は何人くらいいるんだ?」


「あちしだけでし」

「お前だけかよ!? え? ってことは俺たち二人だけでモンスター救出作戦すんの?」


「その通りでし」

「ムリだよ! 無茶ぶりすぎるだろ? たった二人でなにができるんだよ!?」


「それを考えるのがアディ様の役目でし。あちしは解説役みたいなもんでし」

「解説役って言うな」


 ……くっ。実質一人でなんとかしろって言うのか、アンリアラ。なんだよそのすごい投げやり感は?

 せめて攻撃力が999になる武器くらい用意しとけよ。


「そういえばキアリー。お前、もしものときの為にってアンリアラからいいものもらってなかったか?」


「もらったでしよ。これでし」


 それは小指の先くらいの脱脂綿だった。


「……ん? なんだ、これ? 魔力が付加されてるアイテムとかか?」

「マジックアイテムじゃないでし。ただの鼻栓でし」

「ぶっ殺すぞ!! これはなんだ、あれか? 俺の腐臭対策ってことか!?」

「さすがアディ様。そのとおりでし」

「もしもってなんだ!? 俺の腐臭でもしものことが起きるのかっ!?」

「あちしの鼻が曲がったら大変でし」

「その前に俺の心が大変だよっ!!」


 俺は床に手をついた。

 ダメだ、こいつら。役に立たないどころか俺に心理的ダメージを加えていく。

 早く囚われのモンスターたちを救出して、ちやほやされて癒されたい。

 身体よりも、心に回復魔法を唱えてもらいたい。


 そう! 恋という名の回復魔法を唱えてもらいたいっ!!

 できれば耳元でっ!!


「敵情視察だ!! ブタ勇者の面、拝みに行くぞっ!!」

「えぇーっ!?」

「今は地下世界にいるんだろ?」

「いるにはいるでしけど、危険でしよ?」


「遠くから眺めるだけだ。敵がハッキリしないと気持ちが追いつかん!! 俺の装備はっ!?」


「フードつきの皮の外套が用意してあるでし!」


「武器はっ!?」

「ないでし!」


「………………聞こえなかったっ!! もう一度……武器はっ!?」

「ないでし!!」


「俺の武器はっ!?」

「何度訊かれてもないものはないでし!!」


「……………………」

「アディ様、どうしたんでしか? 急にこめかみを押さえて」


 …………武器ないの?

 あるのは皮の外套だけ? 鎧じゃなくて、外套だけ? 兜も、盾すらないの?

なんで?


「ちなみにその皮の外套ってのは、物理攻撃や魔法攻撃を完全無効化とかできるの?」

「できるわけないでしよ。ただの羊の皮で作った外套でし」


「それは装備じゃなくて、街の人とかが普通に着るものじゃないの?」

「もう少し質はいいでし。防水加工してあるでしから」


「俺が弾き返したいのは雨粒じゃねぇーんだよっ!!

剣とか魔法とか弾き返してぇーんだよっ!!」


「そんな希少な装備は、アルムヘイムが侵略されたときに、みんな人間に奪われたでし」


「最低だな人間って!!」

「そうでし、人間は最低でし!」


「お前たちも最低だ!! 武器くらい用意しろよっ!! 俺に素手でモンスター救出させようってか!?」


「腐った不使者アンデッドは基本、素手でし」


「知るかそんなもん!! 

そんな既成概念に囚われてちゃ偉業は達成できねぇーんだよっ!!」


 ダメだ。なにもかもがダメだ。

 リアルドキン合わせて二人でも実質一人で、しかも素手。剣の一本どころか盾もない。

 いったいなにができるっつーんだ?


 ……ああ、そうだ。

 期待はしない。

 期待はしないけど、一応訊いてみよう。


「ねぇ、キアリー。…………俺、魔法…………使える?」

「『甘い吐息』が使えるでし」


 それは魔法じゃねぇっ!!


「…………他には?」

「相手に毒を与えることができるでし」


 それも魔法じゃねぇーよっ!!


 吐息とか毒とか、そんなしょぼい特技しかないのに、地下世界奪還なんて大それたことやらそうとしてたのか、あのヤギ女っ!!

 くそぉおおっ!! 騙された! 見事に騙されたっ!!

 このままじゃ第二の人生が無駄死にで終わってしまう。始まった途端に終わってしまう!!


 なんなんだ、どうしたらいいんだ? 装備も特技も俺の身体も腐ってやがる。


 いや、待て。

 もしかして……もしかしたら。

 わざわざ俺を召喚してまで地下世界奪還を企ててるんだ。まったく無力の俺を

コマとして使うわけがない。


 装備も特技も必要ないんだ。

 何故なら俺には……地力があるっ!! つまり、レベルが相当高いハズ!!

 素手の一撃でも、敵を一蹴できるだけのレベルがあるに違いない!!


「キアリー!!」

「なんでしか!」

「俺のレベルを言ってみろっ!!」

「3でし!」


「キアリー!!」

「なんでしか!」

「俺のレベルを言ってみろっ!!」

「だから3でし!」


「……………………ああ! 3桁ってことか!?」

「違うでし、1、2、3の3でし。アディ様はレベル3の腐った不死者でし!」


「キアリィーッッ!! 今すぐあのヤギを連れて来いっ!! 連れて来てここに正座させろっ!!」


 武器もなく魔法も使えずしかもレベル3でなにろっつーんだ!!

 これはあれか新手の詐欺か!? それともイヤがらせか!?

 異世界召喚放置プレイか!?


 あのヤギ女! 凸型の鍋にモヤシ・タマネギ・ピーマン・ニンジンを広げて焼いて喰ってやる!

 北海道に行くまでもねぇっ!!


「ちょ、ちょっと待って下さいでし。アンリアラ様はとっても偉い方でし。そんな簡単にお呼び立てできる方ではないでし」


「知ったことかっ!! どんなに偉かろうとやっていいことと悪いことがあるんだよ!! さっさと呼べっ!!」

「アンリアラ様は忙しい方でし。もうこの近くにはいないでしよ」

「連絡もとれないのか!?」

「とれないこともないでしけど」

「じゃあ呼べっ!! 責任は俺がとる!!」

「で、では、念話で……」


 念話? テレパシーってやつか? そんな便利なもんがあるんだな。

 今や俺も立派なモンスターだ。俺にもできるのか?

 もしかして、魔法の類じゃないだろうな。だったら俺はできないことになる。

 せっかく異世界に召喚され転生したのに、魔法一つ使えず、ただ腐っているだけ……。


 ちっ、心まで腐りそうだ。


「ただいま念波の届かないところにおられるか、電源が入っていない為、かかりません……だそうでし」

「そんな携帯電話みたいなっ!?」


「地下にでも入ってるのかも知れないでしね」

「いやここ地下世界だろっ!?」


「とにかく今は念波が届かないそうでし」

「百歩譲って念波が届かないのは仕方ないとしても、電源ってなんだ? おかしいだろっ!?」


「あちしにはアディ様の言ってることがわからないでし」

「俺もキアリーの言ってることがわからねぇよ…………」


 モンスターって電気仕掛けで動いてんのか?

 電源は絶対おかしいだろ。

 世界観狂うだろ。


「そこはもう、電源の上に『まりょく』ってルビを振っといて下さいでし」

「これ以上狂わせるな」


 くだらない会話のおかげで、少し落ち着いてきた。装備はある程度は買えばいいし、レベルもその内に上がるだろう。こつこつ行くことにしよう。

 千里の道も一歩から、だ。


 それから、アンリアラに期待するのはやめよう。余計な心労を重ねるだけだ。


「よし、予定どおりブタ勇者見学に行くぞ」

「本気で行くんでしか」

「将来の俺の嫁さんが連れ去られてるんだ。ブタ勇者の顔は拝んとかんとな。

チャンスがあればブン殴る」


 キアリーが両手を組み、瞳をキラキラ輝かせている。


「アディ様、格好いいでし」

「惚れるなよ。俺の守備範囲は16歳からだ。16歳未満は……ペッティングのみだ」


「それでも犯罪でし」


 皮の外套を身に纏いフードで顔を隠しながら、

俺とキアリーは養豚場へ向かった。

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